不安
思い出すのに時間がかかった。
それも道理で、すっかり髪は整えられ無精髭もなくなっているが、以前噴水の広場で行き倒れを助けたトレジャーハンターのグリーであった。
「うわぁ、お久しぶりです! なんでここに!?」
「リエッテ国の使節団の一員として献上品を届けに来たんだ。俺たちも今日の午前中についたところさ」
「あなたが使節団に!?」
「うちの筆頭神官に是非にとさそわれて復帰したんだよ。新しい使節団員のお目付け役も兼ねてな」
まさか再会するとは思わなかった。前回と違って今日は血色もいい。
「さっきの『やっぱり』って、なんですか?」
「うちは三人パーティーで来たが、俺以外の二人はお前さんが来ると予想していたぞ」
「えっなんで……!? 私、別に有名人でもないのに」
「有名さ、婚儀の時の服がな」
「あぁ……!」
どうやら着物のインパクトは国を超えて噂になっているらしい。
「今のヤルストといえば目下婚儀の時の斬新なドレスさ。ヤルストが珍しい品を献上すると噂が届いたから、きっとキモノ関係だろうと予想していたが当たったようだな」
「よっ予想!?」
「だから今回はこちらも知恵と手間をつぎ込んだぜ」ニヤリと笑い、ゼランに向き直った。「あんたがゼラン神官?」
「そうだが」
「うちの神官はあんたが来ることも予想していたぞ」
「……」
その言葉にゼランが苦虫を噛み潰したような顔をした次の瞬間、
「ふっふっふ! 待ちかねたぞゼラン!」派手にマントをひるがえし若い男性が我々の前に立ちはだかった。「来るのが遅いから、この俺に恐れをなして逃げたかと思ったぞ」
大げさな立ち居振る舞い、まるで歌舞伎の赤面だ。
切れ長の目が印象的で身なりからしてもかなり階級は上の存在なのだろうが、一発で分かるこのウザさ。
「やはりタースか……」
ゼランはすいっと目をそらす。はぁーん、この人が『お知り合い』か。
年の頃はゼランと同じくらいと見たが、とにかく野心爛々の強いパワーを感じる。長身と、鍛えられたアクション俳優のように引き締まった体肉体。
その胸元にはゼランの杖ほどではないが大きな宝石のついた豪華なネックレスがきらびやかに輝いていた。
「お前の行動など俺にはお見通しだ! どうせお前たちの献上品など想像の域を出まい。これで俺の勝利は決まりだからな!」
彼は猛プッシュだったが、肝心のゼランは塩対応で、反応も言葉も返さない。だがそれにもめげずゼランをジロジロとなめるように見ては
「我々の献上品の美しさに、お前のその傲慢に満ちた顔が歪むのが楽しみだ! ふはははは! ……げっ! エホッ! ゴホッ!」高笑いしすぎでむせてんじゃん……。「ところでリプはどこへ行った?」
とグリーに対しては急に緊張が溶けた顔になった。
「昼寝している」
「昼寝? まったく……仕方ないな」
どうもゼランに対してだけ虚勢を張っているようだ。それにしても昼寝とはもう一人の同行者は随分とマイペースだな。
イラールにそっと
「あの人は神官?」
と耳打ちすると、小さく頷いた。
「リエッテ国筆頭神官タース様だ」
「神官ってのは性格悪くないとなれないの?」
「そんなことはない! が……人は絶大な権力を持つと性格が歪むということは往々にしてあるからな」
ひそひそ話をしている私達に一瞥すると、フンと鼻で笑った。
「その格好……お前が婚儀の衣装の発案者だな」げ、知られている!「名前はサクラコか?」
「はい、そうですけど……」
「ふふ、噂通り小娘だな。浅い知識で何を提案したかは知らんが、程度が計れる」
どんな噂だ。
小娘なのも知識が浅いのも事実なので言葉もない。もとより言い返す気はなかったが、
「サクラコ、来い」と、急にゼランが私を背後へと追いやった。「サクラコは私が呼び寄せた客人だ。彼女に対する無礼は私への無礼と受け取るぞ」
「……っ!」
ゼランの迫力に言葉を飲む。
場をどう収集したものかというタイミングで
「ヤルスト国ご一行、部屋までご案内を」
ラザ国の使用人が我々を宮殿の内部に招き入れた。
「俺が史上最年少八歳で神官になった記録をたった一週間で破りやがって!」
とタースの叫びを尻目に案内してもらう。なーるほど、この私怨は根が深そうだ。
宮殿は基本的に壁がない。彫刻の施された列柱廊がもうすでに宮殿の内部。要するに『冬になったら寒い』という発想がないのだ。全て開放的に風を通し、日陰を作って涼を取る。
「お部屋は三部屋ご用意しております」
ということで、今回は男女と、ゼランの個室で分かれた。
通された部屋は憧れのアルコーヴベッド! 決して広くはないけれど異国情緒たっぷりで胸がときめく。
しかし、
「私はここには寝れないな……」
ドワーフが基本のこの国はなんでもサイズが小さい。客人を迎えるこの部屋はいくらか余裕を持って作られているとはいえ、ハーフジャイアントのイラールはどうにも丈が足りずに断念。お願いして床でも寝れるようにカーペットとクッションを追加してもらった。
荷物を降ろして一息付くが、私にはどうも胸につかえてるものがあった。
「なんだか怖くなってきた……」
「先程のタース神官の言葉か?」
あの彼の余裕のある態度……あれだけ自信たっぷりに言い切ってきたのだから、何か根拠があるに違いない。羽織では足りなかったのではないか。
ゼランの部屋まで行き直接訴えたが、
「どうせハッタリだ。あいつがあぁやって私につっかかってくるのはいつものことなんだ」
と全く動じていない。
「でも、あれだけ強気ということは、よほど自信のあるものだと思います」
「虚勢を張れるのは人前だからだ。一人になったとき本人ですら想像以上の後悔と自己嫌悪に襲われてるに違いない」
他人に興味のないこの人にしては随分と彼を腐す。今の私にはその姿すらゼランの見栄と感じとれた。
「私の国にこんな言葉があります、『人事を尽くして天命を待つ』。逆に言うと天命を待つには人事を尽くさなければならならないんです。本当に尽くしたでしょうか? まだやれることがあるんじゃないでしょうか?」
私自身取り越し苦労であってくれと願う。だがここでなにかしていないと不安で謁見に望めそうもない。
「ふむ……まぁタースはともかく、献上品においては確かに最後までやれることはやったほうがいいかもしれん。上辺だけでももう少し綺麗にするか」
「でも、今から手直しなんて逆に危険じゃないか? 時間もないし」
と懸念するイラールに対して、
「手を入れるのは羽織じゃなければいいんじゃないかな」
と私は返した。




