着物で旅
「いやだぁー!!」店先にも関わらず、ユカタは先程のルゥバ以上の声を張り上げた。「モデルって言うから男らしさを買われたと思ったのに! 女装なんて絶対に嫌だぁ!!」
「決して女装というわけでは……羽織は男女兼用のデザインにするし」
「じゃあ男らしい柄なのかぃ!?」
「それは……清楚で上品な風合いにしようかと」
「強そうに見える柄じゃなきゃ俺は着たくねぇよぉ!!」
盛大に駄々をこねるのでゼランでさえ見かねたようだった。
「少年」
満を持して神官様の登場だが、堂々と美少年はむくれたままだ。
「少年とはなんだ! 俺はぁ十八歳だ!」
ぬぉ、美少年図鑑が私より歳上だったとは。
「報酬は向こう十年の王宮庭師専属契約だ」
「そんなの、この界隈じゃうちより技術が高い庭師はいないんだから当然だろぉ!」
「契約金を増額しよう」
「え!? そっそれは……」
一瞬のゆらぎ。たたみかけるように私からも丁重に頼む。
「献上品を作るために草花の知識も必要なんだ、お願い」
「そういう注文は別口でやるからさぁ!」
「私、この前さんざん迷惑被ったじゃない。そのお詫びだと思って」
「迷惑?」
ゼランの眉がピクリと動く。先日の顛末は話していない。
「くっ、だけどぉ……っ!!」
この辺で心の天秤は釣り合っている様子。もうひと押しというところをゼランは嗅ぎ取ったようだった。
「ラザ国の歓楽街は大変栄えているという」
「……歓楽街?」
今度はユカタの眉がピクリと動く。
「報酬とは別に私の私財から一晩分のおこづかいをやろう」
「国益のためだから仕方ないなぁ、喜んで一肌脱ぎましょう」
数秒前の険しい顔が一転、清々しい笑顔になった。こいつ……ほんとにゲスいなぁ。
とはいえこれでモデル並びに紫根染の協力者ができたわけだ。
「改めてよろしくユカタ君。私は桜子です」
「サクラコ、よろしくなぁ!」
彼とはこの国に来てからすぐに会話を交わしていたのに、この時初めて私達は名乗り合い握手を交わした。
今までは着物を仕立ててから刺繍や絵を入れていたが、今回は染め物なので逆、まずは先に絹を染め上げる。
日本古来の染めの柄には色々と意味があって有名どころでは市松模様は子孫繁栄、千鳥格子は勝負運、私が着ているこの羽織は分銅つなぎ文様で縁起物などなどだが、今回は素人作品ゆえにあまり凝った模様は作れない。
そこでたどり着いたのは麻の葉文様だ。二等辺三角形で六芒星を描いたような幾何学模様は魔除けの意味があるとされてきた。先日見たアニメで、主人公の妹が麻の葉模様の着物を着ていて可愛いなと思っていたところだ。
「こういう色に染めたいんだけど」
と南部紫根染の羽織をユカタに見せたところ
「染料に使われる草や花は色々あるけど、こんな発色のいい紫色なんて見たことないぞぉ」
と言われてしまった。まぁそうだろう、だからこその伝統工芸だ。
「もう少し紺色寄りだけど、アダクの根は綺麗に染まるぞぉ」
と渡されたのは木の根であった。この世界の人も同じくこの根を染料にするそうだ。
絹布を細長く畳んだ後に二等辺三角形になるように屏風畳みし、上下を同じ大きさの木の板で挟む。そして麻糸できつく縛る。
その状態のまま全ての辺、並びに鋭角を少しだけ木の根を煮出して作った液に浸す。広げればもう液をつけた部分に染料が綺麗に染み込み美しい麻の葉模様が浮かびでている。
着物と羽織の大きな違いは衽がないことである。前で交差させないからね。丈は私のものと同じく短い丈にした。短いと言っても私のもお尻が隠れるくらいなわけだから、ドワーフならば膝丈くらいにはなるだろう。
国王様とその妻、つまり王妃様のペアルックになるように全く同じものを二着仕立てた。それでも着物よりはずっと手間が軽くすんだ。スルーフの運針も日毎に早く美しくなっている。
羽織紐はバドール家からの献上品で、ルビルさんが一ヶ月かけて作り上げたという銀細工の台座に色とりどりの小さな宝石が直列に並んでいる美しいものだった。
普通に考えればかなり派手だが、相手は王族だし献上品だからこのくらい主張が強くてもいいだろう。
羽織紐の端は釣り針のうんと細かいような引っ掛けるタイプの金具にしてもらっていて、これを乳という胸の下あたりにある紐に引っ掛ける。昨今はマグネット羽織紐といって中心で磁石により開閉できるものもあるが、先に説明した宝石タイプはだいたい引っ掛けて使う。
そして同時に旅の支度もある。国費で買い物だぜヤッホー!
着物で旅をするとなると、品物だけでなくちょっとしたアイディアも必要になる。
「旅にまで着物じゃなくてもいいじゃないの」
と呆れるスルーフに例によってきっぱりと返答した。
「着物を着ないと『私』が死ぬんだってば!!」
まずは中に着るもの。襦袢ではなくてワンピースにする。ラザ国は暑いと聞いているので今まで使っていたものではなく少し薄手のものを新調(中古品だが)した。
これは着替え兼ラフな服装なのだ。着ていけば手荷物が減るし、どちらかが汚れてもやり過ごせる。日本における旅行でもおすすめの技だ。
さらに追加で、バッグと靴。
バッグは巾着と風呂敷しか持っていないので当然足りない。旅行かばんとして少し大きめのショルダーバッグを買った。
着物にショルダーバッグの組み合わせは元々よくやる。洋風で小さめのサイズなら普段のショッピングでもちゃんとおしゃれになるし、大きいものなら絣の着物などで合わせると下町風で風流だ。
和装バッグというものも世の中には存在するが、『一体何が入るんだよ!?』というくらい小さい。スマホとハンカチを入れたら終了になる。昔の人はスマホは持っていないし支払いは男性持ちだったから財布もなくても良かったのかもしれないが、現代女性はそうもいかない。
なので私は和装バッグはひとつも持っておらず、洋服と兼用できるもののみを使っている。
靴は編み上げのブーツにした。乗馬用だという比較的軽い物だ。さすがに草履は旅路に向かない。途中鼻緒が切れたりしても事だ。
この着物にブーツという組み合わせもよくやる。雨や雪の日にはうってつけで、言葉にすると『着物にブーツ!?』と言われるが、履いてみるとまるで大正ロマン。実にしっくりくる組み合わせだ。
一方で、ゼランから届いた簡易書状には警護騎士としてイラールの参加が決まったとあった。もしかしてそうなるんじゃないかなと期待はしていたが、改めて嬉しい! この旅の数少ない楽しみと言えよう。
裏話になるが、イラールより高位で腕の立つ騎士は他にも数名いたが、パーティーメンバーに女性が私一人では心もとないであろうという配慮からイラールが直訴してくれたという。
ここだけ聞けば私が厚待遇を受けているようだが、そういうことではなくて、国側でも男女比率が極端に片寄っていると男女平等の概念が薄い国であるという後進的印象になりかねないため、願ったり叶ったりだったとも聞いた。
着々と進む準備と比例して、ある気持ちがずしりと重くなる。
あの人には、出発前に一度会っておかなければならないよなぁ……。




