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【完結】着物は異世界でも素晴らしい  作者: メリアリリー
三枚目 浴衣
61/181

豊か

 ミシンがないし、当然ロックミシンもない。なので、端布の始末は縫い代を多めに取って中に織り込む。昔の人はこうやって各家庭で着物を仕立てていた。


 襦袢も作り直す。襟芯だけは流用。といっても、これは元々ゼランのベルトだが。


 腰の補正タオルも作り直し。私の場合はウエストにぐるりと巻くだけではなくお尻の凹凸も減らすために丁字状にタオルをセットして、腰紐を縫い付ける。自分専用の補正下着、これがあると着付けがぐっと楽になるし、着崩れもしにくくなる。


 私がせこせこ作っているのを見かねて結局スルーフも手伝ってくれた。

「これは自分用の着物だから、仕事じゃないよ?」

「私が練習したいの。お給金は要らないから手伝わせて」

 素直にありがたい。


 和裁のコツといえば運針(うんしん)である。

 小学校の家庭科でやった人も多いだろう、右手で針を押し、左手では布を上下させるようリズミカルに動かす。針ではなくて布の方を動かすのがポイントだ。これが慣れると実に楽しい作業になる。人によっては精神統一やストレス解消にも用いられるほどだ。

「早く縫うという気持ちじゃなくて、手の動きを覚えると合わせると効率いいよ」

「まるで楽器みたいね」

 二人で黙々と、時には長いこと一言も喋らずに布を押し進める。はたから見るとものすごく仲が悪いような二人に見えただろうが、私達の中にはこの作業時間がゆったりとそして何も考えずに手だけを動かす安楽があった。



 おかげで私の浴衣は予定よりもぐっと早めに完成したし、スルーフはどんどん和裁が上達していった。

 人様にお金と交換する絹の素材と、自分が趣味で着るだけの綿素材では気持ちの有りようが雲泥の差だったというのも早期完成の理由の一端だ。衿もバチ衿ではなく見える部分だけでいいし、裏地もない。

 そのため作業はあっという間に進んでいった。



「あぁ~着物の包まれてるって幸せ!」

 完成ホヤホヤの浴衣を羽織って、思わず口から出た言葉がこれだった。

 着てて心が豊かになるし、たまらなくキュンとする。ちょうど振り袖の端切れで半幅帯も作ってて良かった―。


 やむおえず洋服で出歩く時は、ものすごく無防備な気がして背筋が凍る。実際センスがないので生き馬ノ目を抜く世の中では戦闘値ゼロである。


 私は元々、買い物も諸用も散歩も着物だ。


 ちなみに絶対に着物で行けない場所は、病院や美容院のたぐい、試着が必要なショッピング、そしてビュッフェ。帯を緩めに着付けたり、事前にハンカチを挟んで帯を締めておいて食べるときに抜く……などたくさん食べたい時の小技は色々あるが、やっぱりお腹パンパンまで食べ放題を堪能したいときはワンピースに限る。逆手をとって食べ過ぎ防止にはいいかもしれない。


 今まで活躍してくれていたウールの着物だが、こんなにボロボロの状態となっても処分となるとどうにも決心がつかず、結局は畳んで保留してある。

 お腹の部分は大穴が空いているが袖や下半身部分は布として広い面積が残っているし、何かに使えるのではないか、と考えてしまう。何かが何なのかは今のところ不明だが。貧乏性というか、きっちり貧乏なのだ。



 今日はまだそれほど暑くないので襦袢を合わせて着物風の着付け。

 やっぱり着付けをしてると気持ちが豊かになる。自分で自分のご機嫌取りは大成功だ。


 欲を言えば下駄(げた)が欲しい。


 草履(ぞうり)と下駄の違いは、草履は底がぺたんこで合皮やビニール、ウレタンのように少しクッションが入ったような質感、下駄は底に歯があったり、木製で歩くとカランコロンと音がする…とまぁ色々言い方はあるけれど、一番簡単に覚えれるのは

『草履=パンプス』

『下駄=サンダル』

だ。鬼太郎がはいてるのが下駄だ。

 パンプスだと高級感があっておしゃれなコーディネートやTPOにぴったり、サンダルだとカジュアルで裸足のままでもオーケーという点は全く一緒だ。

 ちなみに寅さんが履いているのは雪駄(せった)でまた別物である。


 浴衣に下駄でカラコロ鳴らすと夏の風物詩という気がして好きなのだ。だか、浴衣=下駄と決まっているわけではもちろんない。

 浴衣に草履でもいいし着物に下駄でもいい。絣の着物に下駄で町歩きなんて素敵だし、有松絞りなど高級浴衣には草履の方が似合いそうだ。



 グランマのところへパンを買いに行こうとアパートを出たところで、

「ミゲル君?」

うろうろと落ち着かない様子でこちらを伺っているミゲルがそこにいた。

「あ……」

「わぁ、うちに遊びに来てくれたの?」

「あぁ……いや、その……」

 もともと栄養不足のために血色の悪い子だが、いつもに増して顔面が蒼白に近い。

「どうかしたの?」

「僕……サクラコにお別れを言いに来たんだ」

「え!? どうして!? 実家に帰るの!?」

 すわ、あの優しいご両親に何かあったのではと思ってしまったが、彼は目に涙をためてこう言った。

「違うよ……園芸店で聞いたんだ、結婚するって。だから……もう僕みたいな独り身がつきまとってはいけないと思って……」

「結婚?」

「うん」

「園芸店って……美少年の?」

「そう」

「ミゲル君、あの美少年と結婚するの?」

「僕なわけないだろ! サクラコがするんだろ!」

「私が?」

「そう」

「何を?」

「結婚を」

「え? 誰と?」

「……園芸店の美少年と?」

「え? なんで?」

「なんでって……サクラコの方から好きだと申し込んできたと聞いたよ。彼も憎からず思ってたから結婚してもいいなって言ってて……」

「え? 誰が?」

「……園芸店の彼が?」

 会話に疑問符が多すぎて情報が全くない。

「え? 私、結婚するの?」

 このあたりでやっとミゲルも眉をひそませた。

「……違うの?」

「違うというか、理解できる単語が一個もないんだけど」

「……」


 ここで二人で話していても埒があかない。私達は園芸店へ直接出向くことにした。

 あんの異世界坂46、一体何をしてくれてんだ!?

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