ぽっちゃり体型への着付け
帯はまだ完成していないが、振袖だけでもサイズ感を確かめたくてスルーフとバドール家を訪れた。
スルーフを連れてきたのは手塩にかけた振袖が形になった達成感を味わわせるためもあったが、それ以上に着付けを教えるためだった。
いつか、私が元の世界に帰る日が来てもストラが振袖を着ることができるように。
「サクラコの着付けは見てきたけど、人に着せるとなると複雑怪奇だわ……」
「大丈夫。着付けっていうのは本来、正しいものは一つもないんだ。『こうしたら綺麗に見える』というものはあっても、『これが正解』ではないんだよ。応用はいくらでもできるし、着る人に無理をさせないことが大切だよ」
ストラは肉付きがいいから下着はしっかりさせたいが、この世界のブラジャーは元々ワイヤーが入っていないので流用できる。その上にキャミソールドレスで十分だ。
日本でのおすすめはブラトップやスポーツブラ。一番むいていないのは寄せてあげる下着のようにボディにメリハリが出てしまうもの。そもそも世の中には寄せてあげるものがない人もいるのだということも合わせて伝えたい。
「他装で気をつけたいのは『逆合わせ』。左側が上ではなくて右側が上になってしまうことだよ。まぁスルーフは自分で着ないから大丈夫だと思うけど、人にばかり着せていると左右が逆でも違和感がなくなってしまうから注意だよ」
「逆だとそんなに注意しなければいけないこと?」
「そんなにってことではないけど、文化としては逆合わせは亡くなった人に着せるやり方だね」
「死装束ってこと!? まずいじゃない!」
「でもこれは理由がはっきりしていない謎文化なんだよ」
諸説あるが、着物の始まりの頃はどちらでも好きに着ていたようだ。たんに亡くなった人との違いを表しただけではないかと私個人は解釈している。
「それに、今回は絵羽模様だから分かりやすいよ」
「どういうこと?」
「私の着てる小紋は全面同じがらだけど、ストラの振袖はほとんどが左前が派手に作られてるから」
今回もルゥバがきちんと左前は華々しく、右前は簡素にデザインしてくれている。逆合わせにしたら絵柄が成立しない。
「あら、ほんとね! これなら間違わないわ」
成長過程のストラはまだ身長が低めだ。
こういう体型の人に舞妓さんのようなセクシーな着こなしをすると返って寸胴のような印象になってしまう。衣紋の抜き方は通常は拳一つ分と以前に記したが、今回はあえて指三本分程度にしておく。
「袖が少し長いですの」
「今後の成長を考えて長めに作ったからねぇ」
「では仕方ありませんわね……」
「どうしても気になるようだったら片手にグラス、片手にハンカチでも持ってればバレないよ」
現代人なら片手にスマホ、片手にハンドバッグ。これは袖丈が短いときの超奥の手。
「着崩れしないようにちょっとはきつくするけど、着てる人が着物を楽しめないのもよくないからあんまりにも苦しかったら言ってね」
「この程度、コルセットに比べればなんてことありませんの」
裾は広がるといよいよ寸胴体型に見えるので、下に行くにつれて細くなる”裾つぼまり”に。ぎゅっと腰紐を締めるので立ち姿は足を肩幅くらいに開いてもらったほうがやりやすい。
「腰紐の結び目がみぞおちに来ると痛いからわざと中心から外して結ぶといいよ」
「わかったわ」スルーフからはきちんと学ぼうという意志が感じられた。「この紐は結ばないの?」
「そう。伊達締めの紐はね、交差させて反対方向にしたあと胴に巻いてる紐にくるくるねじるだけでいいよ。これでも意外と解けないんだから」
「結び目が無いのはいいわね。仕上がりがもこもこしないし」
「そうなんだよ!」
スルーフは私の手元を見ながらサラサラとメモも取っていた。
ルゥバが書いてくれたのは薄い水色地にピンクや黄色や紫など色とりどりのパステルカラーで散りばめた辻が花。
「かわいいっ! ヤバいくらいかわいいっ!」
「素敵な花柄ですわね」
左肩から右裾かけて斜めに流れるように見応えのある絵羽模様。肌の色が濃いストラにはこういった大胆な柄のほうがよく映えるのだ。小紋だったら大柄の縞模様や、大きな花が所々に描かれている飛び小紋なんかを進めたいところだ。ルゥバの色彩感覚はそこまで想定していたのかもしれない。
「とても素晴らしいわ」
スルーフも言った。ストラは実に嬉しそうに微笑む。やはり美しさとは体型ではない。自分が好きで自分を大切にできてる人の笑顔が素晴らしい。
「お二人も是非パーティーに要らしてくださいませ! 私の門出を見守って頂きたいんですの」
「そう、パーティーに招待されたんだ。それはいいね」
アニーは言った。今日もまた街を歩いているとなんとなく遭遇したのだ。
今日は会えてよかった。最近、彼に会えない日は『つまらなかった日』と要約している自分がいて、そんなことはないよと言い聞かせなければならなかった。
「でもパーティーに着ていけるようなドレスがなくて。友達が貸してくれることになったんですけどサイズが合わなくて編み上げで調節したりして。あはは」
ヤバ、なんか照れくさくて早口になっている。これは客観的に気持ち悪いやつだ。
と、急にアニーが立ち止まったので少し振り返った。
「どうしたんですか?」
「君のパートナーとして僕もパーティーに出席したいなと思ってね」
「え?」
「君を愛している。今の恋人とは別れて欲しい」
「えっ……」急激に口の中がカラカラになっていく。「あの、前も言いましたけど、恋人なんていません」
「隠さなくていい」
「本当にいません」
そこじゃない、追及したい言葉は。
この人は私を愛していると言った? それなのになぜ架空の人物にこうも執着するのはなぜ?
「私では不足だろうか?」
急に強く腕を掴まれたので、
「いやっ!」
瞬発的に大きめの声が出て腕を払い除けた。彼は驚いた後に悲しそうな目をする。
とてもその場にいたたまれなくなって私はアパートまで走ってもどった。三階まで一気に駆け上ったので息が切れる。勢いよくドア開けて飛び込んだので作業中だったスルーフが仰天して飛び上がった。
「おかえり!? びっくりした! ……糸は?」
「いと……?」
「買い足しに行ったやつ」
「あ……買うの忘れた……」
「え!? 何しに行ったの!?」
「……」
分からない。考えなければいけないことがたくさんあるのに。頭が全く働かない。
彼は私を……? では私は……? 彼は何を誤解しているのだろう? 分からない、分からない……
場を逃げ出してしまったことを思い出し震えるほど後悔をしていた。どうしよう、彼に嫌われてしまったかもしれない。




