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【完結】着物は異世界でも素晴らしい  作者: メリアリリー
着物女子のプロローグ
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こんな日になるなんて

 ミゲルは帰宅してホッとしたのか、とたんに高熱が出てしまいそのまま寝込んでしまい、ミゲルのご両親と三人で食事をいただく事になった。

「ミゲル君にお姉さんがいると聞きましたけど……?」

「娘は職を持って独立しまして、今はあの子だけなんです」

 なるほど。やたら家業で役に立たないことを気にしていたのはそういうことか。


 食事の前にご両親が両手を合わせて目を閉じなにかのお祈りをする。

 私自身は大多数の日本人と同じく無宗教で、初詣は神社に行き、お盆はお墓参りをし、クリスマスはパーティーするタイプなので、肯定でも否定でもない気持ちでその場に合わせてお祈り(するふり)をした。

 テーブルの上にはパンがそれぞれ二切れと野菜がわずかに入ったスープである。

 空腹に耐えきれずパンを頬張ろうとしたが、硬い! まったく千切れない。どうしたものかと思っていたらご両親は当たり前のようにスープに浸して食べていた。なるほどね。お祈りのときと同様に真似をしてスープを染み込ませたパンをスプーンですくい口に運ぶと、温かい……。薄味で簡素だが、二日ぶりの温かい食べ物が胃の中に落ち熱が体の中を駆け巡る感覚が分かる。


 あっという間に平らげてしまうと、本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいになった。こんな気持になるのなら食前のお祈りをもっときちんとしておけばよかった。



 納屋には牧草が積んであってその上で寝ればいいと言われた。

 農機具の溢れた納屋は狭く暗く土の匂いでいっぱいだったが、何度も(自分に対して)言うが昨夜は野宿だったのだ。吹きさらしでないだけありがたい。


 寝る直前にミゲルの母親がブランケットと、手ぬぐいがかかったお湯入りの桶を持ってきてくれた。ブランケットはともかくこの桶はなんだ? 明日の朝の顔洗う用?? と考えを巡らせ、風呂であると気付くまでに時間がかかった。そうか、お風呂もないのかぁ……。


 お湯が冷めないうちに若干無防備で心配ではあったけど裸になって手ぬぐいで全身を拭く。

 このくらいじゃお風呂の代わりにはならないよと思いつつも、泥と汗が拭き取れると段違いにさっぱりした。夜はいくらか冷えたので髪を洗うのは諦めた。


 私は元から和装用下着を持っていない。見えないところにかけるお金はまだなかったしユニクロのブラトップとGUの十枚セットのショーツで十分だった。

 着物の下に着る襦袢(じゅばん)も今着ているものはアンティークショップで新古品を千円で買えてからで、それまではブラウスやハイネックシャツ、下はレギンスでしのいでいたが何の問題もなかった。


 下着の上にパジャマ代わりに襦袢を軽く着てから長着(ながぎ)をかけてブランケットをかける。

 長着とは一般的に”着物”と言われるもので、女性用は特に腰で丈やサイズを調節するためのおはしょりを作るからとても長く作られている。普段はおはしょりを綺麗に出すのはちょっと手間だけど今は足まですっぽりと覆ってくれる長さなので安心する。


 そしてその晩ひっそり泣いた。

 あんなに明日が来るのが楽しみだったのに、こんな日になるなんて。

 誰とも繋がりがなく、誰にも頼れず、また逆に誰も私を求めていない。両親は心配しているだろう。

 私は今、人生で一番孤独だ。



 心が孤独に打ちひしがれていても歩き通しで疲れていたので、気づけば朝日が納屋の壁の隙間からもれていた。体は少し楽になったかもしれない。


 こんな時こそ丁寧に着付けをした。

 襦袢を丁寧にあわせ、襟足に拳一つ分の空きを作り、長着を羽織って形を整えると気持ちが落ち着く。鏡がないので綺麗ではないと思うが現状はそれどころではない。

 帯は変わり風船結び。私の半幅帯はリバーシブルでこの結び方だと表と裏の柄が両方出て割と色んな人がびっくりしてくれるから好きなのだ。


「もう少し泊まっていったら?」

と気を使って言ってくれるミゲルの母親にお礼を言い、町のある方向を教えてもらってひとり歩き出した。

 本音を言えばこの家に置いてほしかった。

 なんでもしますからという言葉を飲み込んだのは、私のような小娘ひとりですら居候できるような経済状態ではなさそうだということがひしひしと感じたからである。一泊分の食事と寝床をもらい、これ以上甘えるのは気が引ける。


 ミゲルの容態も気にはなったが今朝も熱でベッドから起き上がれないというし、仕方なく別れの挨拶もなしに旅立つことにした。

「落ち着いたら様子を見に来ます」

と一応言ったものの、一体何がどうなったら落ち着くのか自分自身でもまるで想定できていなかった。

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