着物のサイズ
「意見を否定するということは当然代案がおありで?」
若造の生意気な意見にルビルの頬がひくついている。当たり前か。
「宝石はグレードが下がっていいし他人とかぶってもいいので、値段が手軽で服や気分に合わせて気軽に取り替えられるアクセサリーの方が需要があると思うんですけど」
「……ふぅむ」ルビルは唸りながらストラを伺う。「御主人様はどう思いますか?」
「実入りが減る以上は革命的な案とは申せませんが、一計を案じる価値はあると思いますの。街の皆様にも安値のアクセサリーがあったら使いたいかどうかご意見をお伺いしたいですの」
「量産するとなると現在の手だけでは不足です。経験不足でもいいので職人を増やす手筈をしても?」
「もちろんですの。金の件はラザ国に輸入量を増やせないか交渉の検討をしてみましょう」
「よろしく頼みます」
宝石かぁ縁がないな……。仮に安いものが生産できても借金のある身では贅沢品は買えないよなぁ。
事実、私がここで自分のお金でアクセサリーを買うのはもっとずっと先である。
さて、本題。メジャーを借りてストラの採寸である。
着物は横幅は融通がきくが、長さを変えるのはちょっと大変。普段着ならイラールの時のようにマキシスカートを履いて対応すればいいが、正装の場となるとそうもいかない。
聞けば、おばあ様こと前バドール男爵も、亡くなったストラのお母様も比較的小柄な方だったようで、彼女自身もそこまで長身にはならないだろうと予測し、成長後のストラをわずかに見越しての丈にしておいた。
市販品を購入する場合は身長よりプラス十センチ程度がちょうどよい。もちろんおはしょりの長さに決まりはないし、イラールにしたように対丈という着方もあるのであくまでも目安。どうしても着たい着物がサイズアウトだったなら、私なら着たい気持ちを優先する。
白無垢の時に作った型紙は貰っていたので(二度と作らないという)(そりゃそうだ)、先日買ったばかりの絹地をバドール家お抱えのお針子に裁断してもらう。いくらか縫い分を支持を出し、自分でも持ち帰る。まだまだ不安は多いけど、不安を相殺できるくらい時間も労力もつぎ込もう。
バドール家を出たところで
「やぁ偶然だね」
声をかけられて振り向くと、先日荷物を持ってくれた爽やかな男性がいた。
「あ……! この前はありがとうございました!」
「バドール家にご用事かな?」
「は、はい……」
「もしかしてこの前の絹で作るドレスはバドール家の?」
「はい」
……あれ? もしかして今のって情報漏えい?
「君の名前を聞いてもいいかな?」
「あ、桜子です」
「私はアニーだ。また会えて嬉しいよサクラコ」
「あ、わ、私もです」
……なーに言ってんだ私は。まるで気を持たせるようなセリフではないか。
でも会えて嬉しいのは本当だし……気を持たせるわけでは……いや気を持たせても別に構わないのか? いやいや、そもそも何を好かれる前提で考えてんだ。あーもー訳わかんない!!
ちらりと顔を上げると目が合うやにこっと微笑んでくる。ヤバい刺さった…!
「いよぅ! 今日はデートかい!?」
そのタイミングで園芸店の美少年が、土が詰まってるであろう大きな麻袋を四つも担ぎながらこっちを見ていた。おそらく庭仕事を依頼されていたのだろう。
「違いますよ」
残念ながら。
すると左隣のアニーは急にそわそわと落ち着かない印象になった。
「私は急用を思い出したのでこれで失礼する!」
「えっ……あの……!?」
家まで送ると言ってくれていたのに……。なんだかバタついた。急用だから急にできるのは当然だがそれにしても……
「邪魔したかねぇ?」
美少年が首を傾げた。
「いやだからデートとかじゃないから邪魔とかでは……」
「あの人、どこの人?」
「え? さぁ……」
私も知りたい。
「俺……どこかで会った気がするなぁ」
「え?」思わず目を見開いた。「どこで?」
デジャブを感じたのは私だけではなかった!? それとも有名人なのだろうか?
美少年は可愛らしく小首をかしげるが
「店の近くだったと思ったけどぉ……最近じゃない気もするしぃ……うーん、なんかわかんねぇや」
とすぐに思考を投げ出して、どさどさと麻袋を積み上げる。まったく、容姿とはうらはらに実にたくましい。
バドール家のお針子は白無垢の時より圧倒的に人数が少ないが、とはいえ手のかかる刺繍などもないので製作は順調だった。
スルーフは裁縫は得意じゃないと言いつつも元々器用なようで、すぐに手早く作業をこなせるようになった。
「裁縫っていいわね。何も考えずに手を動かしてていいし、それで仕上がっていくのは楽しいわ」
「結構夢中になるよね」
物作りの醍醐味だ。結果が形になるから達成感が大きい。
「それに絹地って手触りが良くて触ってると気持ちいいわね」
「わかる!」
「こんな楽しみ、今まで知らなかったわ」
純粋に人手が足りなくて頼んだのだが、気落ちしていた彼女にとって非常にいい気分転換だったようだ。とりあえず窓から通行人を数えて一日が終わるよりは健全だ。
「助かるけど根を詰めすぎないでね。肩がこるよ」
「肩がこるって何?」
「肩の筋肉がこわばって痛くなったりして吐き気がしたりするんだよ」
「じゃあここでお昼休憩にしましょうか」
ここ数日は作りかけの着物を汚さないように端に追いやって、さらに自分たちも対局側に縮こまってパンをかじっていたのだが、今日はスルーフがすくっと立ち上がった。
「お昼は私の部屋に来て」
「作ってくれたの?」
「違うわよ。私は料理は裁縫よりできないの。そうじゃなくて、ちょっと部屋を見てほしいのよ」




