予想外すぎる質問
先方の身元が証明されているのでほいほいと馬車に乗ってしまったが、これってまずかっただろうか……? 何が起こっているのかさっぱり分からない。
事実、この後ストラから聞かされた言葉には目が点になった。仮に恋バナでもされたほうがまだすんなり理解しただろう。
男爵家に着いた時、正門からは別な馬車が出てくるところだった。馬車同士がすれ違う瞬間、座席に乗っていた人と目が合った。
「ん?」
どこかで会った気がして、すぐに思い当たった。以前ゼランの部屋の前で座り込みをしてあしらわれていた年配の男性だ。向こうも私の顔をしっかりと見ていたが、認識したかどうかまでは分からない。彼にとって私はゼランの周囲のモブだろうし。
葬儀の時に待たされていたあの応接間に再び通されると、先日よりはいくらか簡素なカジュアルドレス姿のストラが出迎えてくれた。
「急にお呼び立てしてごめんなさい」
「いえ、それは別に……」
「お伺いしたいことがありますの……あら、昨日とベルトが違いますね! 大きなリボンが素敵ですの!」
私の帯を見て、ストラが手をたたく。
「これは実は同じものなんです。結び方を変えてるだけで」
「そうなんですの!?」
「このベルト、帯と言いますが、これ自体も私が作ったんです」
「そうでしたの。お姉様はやはり洋裁をおやりになるのですね」正確には和裁だが。「さぁお座りになって」
スルーフを差し置いてこの場にいることになんだか後ろめたさを感じる。理由も検討つかないし。促されるままソファーに座ると、ストラは対面ではなくて隣に腰掛けた。
「どうか率直なご意見を聞かせて欲しいんですの」
「はぁ」
「私……痩せた方がいいでしょうか?」
「はっ?」豆鉄砲を打たれたようになった。「えっ? なんで?」
「痩せたら綺麗になるのかなと」
「えぇ? 『綺麗』って、そんな短絡的なことではないでしょう」
「短絡的ですか」
「痩せてる人を綺麗だと思う人は多数派かもしれないけど、痩せてる人がみんな綺麗な人な訳じゃないし、太ってて美しい人はたくさんいるから」
「そう……なんですの」
「あっでもストラさんが痩せたいと思っているとか、今の自分を変えたいと思ってるなら話は別だけど」
「いいえ、思っておりませんわ」彼女はこの点にははっきりと言う。「確かに私はスルーフさんのように誰もが振り向く特別な美貌を持っている訳ではございませんが、私は私に不満はありません。そもそも私は自分が太っていると思ったことがありませんの」
「じゃあこのままでいいじゃない」
「そうなんですが……この度、祖母の逝去を機に我が男爵家を継ぐことになりまして」話の流れが全く読めない。「お祖母様はご高齢で長いことベッドで生活しておりましたから、私も随分前からその準備と覚悟はしておりました。高齢の祖母にいつまでも重荷を背負わせるのも心苦しかったこともあります」
「昨日の今日でもう……」
「領主の座が空席だと領民が不安になります。肉親の喪失にくれるのは責務が終わってからですわ」
間違いなく彼女は年下なんだけど、帝王学とでもいうのか、先日の王女さまといい考え方がしっかりしすぎてて思わずひれ伏したくなる。見た目がふんわりしているのでそのギャップがまた胸をときめかせるときた。
「爵位を継ぐときはお披露目のパーティーを開くのが習わしでして」
「わぁ、セレブの社交界デビューの世界だぁ」
「その際に着用するドレスについて相談していたのですが、懇意にしている仕立て屋に厳しく注意されてしまいましたの……胸囲はともかく、胴回りは十センチは細くするようにと言われました。体重を十キロは落とすようにとも」
「なっ何それ!?」
私は露骨に苛立った。
自分をよく見せるための努力というのは誰しもがするものだと思う。
だけどこの意見はその仕立て屋とやらが思う感性に寄せさせようという圧迫ではないか! 他人に注意をするのは善意の押し付けだ。
「私も不快です。そういうスタイルを多くの紳士が好むのは分かっています。でも私は見知らぬ紳士のために痩せるのではなく、私自身のためにこのままでいたい。この体も両親が不足なく食事をさせてくれたおかげだし、肌も祖母を思い出すので気に入っているんです」
私自身は標準体型だが、メディアの『太っている人は皆痩せたいと思っている』という思い込みにはかねてから首をかしげていた。個人的にはガリガリに痩せたモデルさんの方が見ていて不安になる。
事実ストラはぽっちゃりしているからこその愛らしい笑顔と、丁寧な心遣いでまだ三度しか会っていないのに私はすっかりメロメロだ。バドール夫人の遺言からも皆に寵愛されているのがよく分かる。
「婚儀のときも思いましたけど、お姉様のドレスは体のラインに沿ったものではありませんよね」
「それどころか痩せ型の人よりもしっくり着れるよ!」
スルーフもそうなのだが、欧米人は骨盤が前傾している体型でヒップが上向きだが、日本人は太ももの裏側の筋肉があまり発達しておらず骨盤が後傾でヒップが下がり気味、全体的に寸胴体型な印象になるという。そこをカバーしているのが着物である。
逆に言うと私のように肉付きの悪い人間はタオルでドラム缶型に補正までしなければいけないのだ。
「このデザインでパーティードレスは作れますか?」
「それはもちろん!」
これは……もしかして……!
「では、正式にご依頼したく存じます」
「やります! 是非やらせて下さい!」
すると彼女はすっと立ち上がると、たっぷりとしたスカートのドレープを両手で少し持ち上げ片足を引き、片足の膝を曲げて丁寧なお辞儀をした。
「改めまして、ストラ・イ・バドールと申します。私の晴れ舞台のためにご尽力よろしくお願い致しますの。当家には専属のお針子が三名ほどおりますので是非お申し付けを」
カーテシーというやつだろうか。美しい所作だ。
「私は桜子です。こちらこそよろしくお願い致します!」
つられて私も四十五度の最敬礼をした。