私の国の民族衣装です
朝日が差すと周囲の様子がやっと分かった。森を隣接した草原である。少なくとも私の知っている場所ではない。場所はわかったが、理屈は全くわからない。結局どこなの、ここ。
そして隣の少年は予想以上に幼い顔をしていた。
「あなた……何歳?」
「十三歳だけど」
おぉう中学生。そりゃ辛くて泣き出すわけだ。
少年は少年でこちらの姿を上から下までじっくりと見ては、首をひねった。
「夕べは暗くて分からなかったけど、変わった服だね」
「私の国の民族衣装です」
「知らないなぁ、そんな服の国」
この言葉にはかなり心を折られた。
『KIMONO』といえば国際的にもかなり有名だからそれを知らないとなると……いや、今は私の頭で考えても分かることはないだろう。
私は半幅帯の下から伊達締めを抜いた。
伊達締めとは着物を着付けた後安定させるために帯より先に結ぶ紐である。
帯をしっかりと結んでいれば伊達締めだけ引き抜いても着物は案外崩れたりしない。夏の暑いときや食べ過ぎでお腹が苦しいときなど一枚抜きたいと思った場合よく使う裏技だ。
その伊達締めを抜いて両肩にまわしかけて、たすぎがけを作る。これで袂と呼ばれる着物独特の長い袖部分は押さえつけられた。
そして少年の腕を肩に回して足の負担を軽減させる。男の子とこんなに接近したのは生まれて初めてだ。
「私に体重を預けていいから」
「ごめん……重いだろ……」
「あなたは自分の怪我の心配と道案内を」他人の匂いプラス野宿五日間の体臭を感じる。「私は桜子。あなたは?」
「ミゲル」
「ミゲル君ね」
「サクラコか……変わった名前だね」
森を沿うように下って行ったが、途中で少し横道に入ろうと言われた。
「この先に沢があるはずだ。水を飲みたい」
大賛成だ。昨晩から何も食べていないし、せめて水くらいは飲みたい。地理に詳しい面から行ってもこの辺りは本当に家に近いんだなと分かる。
少しというほど少しでもなかったが、細い沢にたどり着くと私達は貪るように水を飲んだ。両手ですくって飲んだ私と違い彼は顔を沢に直接つけて飲んでいる。
水を飲むとトイレに行きたくなる。
協議の結果、左右に別れて用を足してまだ沢に集合することにした。この時私は無防備な状態でミゲルに襲われることよりも、はぐれて一人になってしまうことの方に不安を感じていた。
実際待たされている間はとても長く感じたが、彼が野生の梨を四つ持って戻ってきたときは涙が出そうなほど安心した。
あまり甘さを感じない青臭い梨だったが、それでも糖分といくらかの満腹感は補給できたし、味覚を感じること自体がもう幸せに思えた。
わずかばかりの体力回復をしてからまた山を出て草原を下る。
登った日が再び陰り始め、草の背丈がかなり縮んできた頃、
「あれだよ」
と指差された時、私はやっと着いたという安堵よりも絶望感に襲われていた。
申し訳ないが掘っ立て小屋だと思ってしまった。平屋、というよりもやっと一階部分だけ建築しましたというような家屋で、全体が薄茶色の壁は一部剥がれ落ちているし、藁葺き屋根は一部苔が生えていて雨をしのげているのかさえ疑問に思えてしまう。
だがその薄汚れた窓からミゲルの姿が見えたのだろう、私達の到着よりも先に老夫婦が飛び出してきた。
「ミゲル!」
「お母さん、お父さん……」
「怪我してるのによく帰ってこれたね!」
十三歳のミゲルのご両親なのだから実年齢は割と若いのかもしれないが、どちらも生活感が強くかなり老けているように感じた。
なんにせよ怪我をしたミゲルが丁重に抱えられて文字通り肩の荷が降りる。すぐに私の応急処置よりもマシな傷口の手当がされる。
「彼女が助けてくれたんだ」
「まぁ、ありがとうございます」
「サクラコ、今夜はうちに泊まって」
ミゲルの誘いに行くところもないのでありがたくお邪魔すると、中は外見の想像通りの質素な暮らしぶりだった。
パソコンも電話も見当たらない。誰もスマホを持っていない。とてもネットを見せてくれと言い出せる雰囲気ではない。
とはいえその点は家に入る前からすでに諦めていたので、ミゲルのお母さんに交渉し一晩の食事もいただけることになった。
「恩人ですから泊まっていただくのは構わないんですが、部屋がなくて……納屋でもいいですか?」
「かまいません」
なんと言っても昨晩は野宿だったのだ。納屋が贅沢にすら感じられる。