異種族間恋愛
やっと分かった。
バドール男爵って女性だったのか……!
そうだった、この国では性別に関わらず第一子が家督を継ぐのだった。
結婚後も娼婦を手元に置きたいという性豪だから勝手に男性だと思い込んでしまっていた。
私は慌てて寝ていたスルーフを叩き起こした。彼女がガウンを羽織っている間に、私は老紳士を部屋に通した。
「妻のことはお聞き及びと存じます。是非とも葬儀に参列いただきたくお迎えに上がりました」老紳士の態度は非常に敬意に満ちていた。「子どもたちも孫たちもあなたには可愛がってもらったから是非にと言っております。妻のためにも、私達のためにも、そしてあなたのためにも葬儀に出席していただけないでしょうか」
葬儀に呼んでくれるんだ……。
だがスルーフは泣きはらした目をしながらもツンとした態度だった。
「私は娼婦よ。行けるわけがないでしょう」
男爵夫は年配の上に杖をついていたので私は椅子を運んできた。
「お気遣い、いたみいります」初対面の私にも丁寧にお辞儀をして腰掛ける。「スルーフ殿、あなたとこうして向かい合ってお話するのは十数年ぶりですな」
「あの子がなるべく私たちがかち合わないように配慮していたんでしょう」
「私達のどちらにも負い目があったのようです」
「あの子も亡くなったんだし、もう遠慮なんかすることないわ。堂々と責めればいいでしょう」
「あなたは私に責められたいのですか?」
「……そうかもしれないわ。私さえいなければもっと普通の家族として暮らせた。あなたも蔑ろにされたと思っているんでしょう? 彼女の時間のほとんどを私と二人きりですごしたのだから」
そうか、スルーフの負い目はこれだったのか……。
しかし、老紳士の態度は柔和のまま変わらなかった。
「確かに若い頃はあなたに嫉妬した日もありました。もっと妻との時間ももちたいと思ったことも何度もあります」
「知っていたわ。知っていて、あなたの存在を気にしないふりをしていたの」
「私も知っています。あなたが私より愛されている確信がありましたから、邪魔者だという自覚はしておりました」
「バドール家の家名と血筋のためにどうしても結婚しなければならないって」
「それも大きな理由でしょうが、それだけで夫婦はできません」
「……どういうこと?」
「私は婿入りの前にすでに彼女からこう申し伝えられています、『あなたとスルーフが同時に弱った時、女性であるという理由一点で私はスルーフの元へ駆けつけます』と。また『三人で寝室に入るということは生涯あり得ないから男性性の身勝手な欲望を一切抱かないように』とも。そして私は承諾した」
「知らなかった……よくそんなことに同意したわね……!」
「私はあなたを愛する妻のことを愛していたのです。あなたはご存知でないかと思いますが、私と妻もきちんと愛し合っていました。事実、妻は男性では一番私を大切にしてくれました。バドール家が安泰なのはあなたが妻の心の平穏を保ってくれたからに他なりません。勝負預かりということで私達は精算しませんか」
スルーフの手が震えたので私は思わず握った。そして、ふいに私を見る。
「この子も連れて行っていいかしら」
「えっ!?」仰天したのは私の方だ。「でも私、完全に部外者だし……服もこれしかないし……!」
「服なんてなんでもいいの。私の付添として私のために来てちょうだい」
確かに彼女の今の精神状態を考えると一人で外出させるのには不安があった。
バドール男爵夫も私に優しく声をかけてくれる。
「弔いは親しいもののみで行いますゆえ葬儀中は屋敷でお待ちいただくことになりますが、是非いらしてください」
「だけど……」
「サクラコ、お願い」スルーフは言い、老紳士に向き直った。「喪服を探すのに手間取りそうなの。喪主のあなたが長時間不在にしてはいけないわ。先に帰ってて」
「ありがとうございます! 迎えの馬車をやりますから!」
バドール家の迎えの馬車には宝石とフラッグが描かれたアイロン型の家紋が記されていた。
スルーフは古い映画で見るような真っ黒なドレスと黒いチュールのついた帽子で乗り込んだ。かくいう私は結局いつものウールの着物である。これしかないんだってば。
「知ってたの?」
馬車に揺られながらスルーフが言った。
「バドール男爵のこと? 全然」
「そのわりにはあまり驚かないのね」
「えっ、驚いてるよ」
同性であったことは、勘違いに驚いただけで、渋谷では結婚もできるわけだし事実婚の同性カップルも多いだろう。
私が驚いたのは主に異種族間恋愛にだ。
「寿命が違うのは分かってたんだよね……?」
「もちろん」少し窓の外を見る。「彼女が結婚して男爵家を継がなければいけないことも先に死ぬことも分かってて、それでも私は故郷を捨て、家族と別れ、娼婦に身を落とし、見知らぬ土地で生活を送ってきた」
「そうだったんだ……」
イラールから異種族婚の話は聞いてなんとなく認識していたし、スルーフが長寿であることも理解していたけど、こういう末路までは考えが及ばなかった。掛ける言葉がないので黙っているしかなかった。
「後悔はしてないけれど、彼女に人生の全て捧げてしまった私は、これからどう生きたらいいのかしらね……?」
バドール男爵家はその名にふさわしい素敵なお屋敷だった。
先日まで王宮で暮らしていたから幾分慣れてしまったが、以前の私なら歓声を上げて写真を撮りたがったところだ。
狩り整えられた庭木からも生活水準は庶民生活とはランク違いであることが伺える。……あり? もしかしてここも美少年の園芸店が管理をやってるのかな? そうかもしれないなぁ。
スルーフに続いて馬車を降りたとき、
「あっ」
小さな歓声にふと顔を上げると、そこにはかわいらしいお嬢様がいた。
それは先日の婚儀で人酔いして具合を悪くしていたあの誰もを魅了する愛らしい女の子だった。
「あなた……!」
「結婚式でお会いした優しいお姉様ではありませんの!?」
「お姉様?」
「小間使いの服を着ていたからてっきり王宮の方かと思っていたんですの」
「こっちが本来の私です」
「王女様の婚礼衣装と同じデザインですのね。もしかしてあなたのご提案ですの?」
「はい。アドバイザー……いや、口出し係でした」
彼女はスルーフよりも幾分レースの多い喪服のスカートの両裾を持って優雅にお辞儀をした。
「孫のストラです。本日は祖母の葬儀へのご列席、いたみいります」
「祖母!?」
「あなたたち知り合いだったの?」
スルーフに聞かれて彼女の方も頷く。
「王宮での婚礼の義に祖母の名代で参りまして、そのときにお会いしましたの」
「そう。さすが次期当主ね」
「えっ次期当主!?」
驚くと控えめに笑った。
「私の両親は早世しておりまして私が継承権一位ですの」
「ほへー……」
なるほどしっかりしてらっしゃる。




