死んでこの世界に転生したんだ
「死んでる……?」言葉の意味が分からない。「生きてますけど」
「そ、そうじゃなくて、日本にある本体のこと。ト、トラックに轢かれたり高いところから落ちたりしなかった?」
「どういうこと?」
「そ、某はね、死んだんだよ」なんだかニヤッと笑った。「し、死んでこの世界に転生したんだ」
死んだ?
死んで、転生してここにいる?
何を言っているか分からないが、話の内容からこの人が日本の出身であることは疑いようがなかった。
ということは? 私も本当は死んでいる? 日本に帰っても肉体がない? そうなのか?
では私は、私という存在は一体何なのだ?
足元が地震のようにグラグラして、王宮の廊下が三倍伸びたように遠く感じた。
あまりの驚きと脳の処理が追いつかず、そんなつもりはなかったのにポロポロと涙がこぼれてしまった。ルゥバが仰天する。
「わっ!? な、なんで泣いて……!?」
なんでって!
「何をしている!?」そのタイミングで廊下の向こうからイラールが走ってきて、私の涙を見て仰天した。「ルゥバ魔法士! 貴様一体何をした!?」
即座にシャラン! と音を立てて剣を抜く。
「な、何も……!」
「何もなくてこんな状況が出来上がるか!」
仲裁してあげたいが涙でしゃくりあげてしまってしゃべれない。
「そ、某はただ……こ、この人と同郷で……」
「サクラコを”この人”などと失礼な言い方をするな! きちんと名前で呼べ!」
「ひぃっ!? さ、さくらこ氏……? 貝二つの方の櫻?」
「いえ……一般的な方」
「さ、桜子氏」
「こんなくだらないことを年も階級も下の私に注意させるな! 自分で気づけ! 脳みそを持っているならば自分のことを必死に考えろ!」
「ひ、ひぃっ……!」
「大体にして同郷とはなんだ!? サクラコは異世界から来ているのだぞ!?」
「そ、某は転生なんだ。し、死んでこの世界に生まれ変わってリスタートしてるんだ」
「生まれ変わり……だと……!?」イラールは怪訝な顔をし、私に振り返った。「……サクラコはどう思う?」
「は……話の辻褄は合うと思います……」
「辻褄というと?」
「『一度でいいから見てみたい』」
「にょ、『女房がへそくり隠すとこ』」
「これは間違いないです」
「そ、そうなんだ! だ、だから桜子氏も死んだんじゃないかって言って……そ、そしたら突然泣き出して……」
しかしイラールはまだ剣に手をかけたままだ。
「貴殿のその人を見下したものの言い方が、以前から気に食わなかったのだ」
「んなっ……」ルゥバの方もそろそろカチンと来たようだ。「お、お前なんかに何がわかる!」
「他人の事などわからん! お前も私のことは分からないだろう!」
「わ、分かるぞ! そ、その年で騎士で長身でいつも人を見下ろして怖いものなんかなくて……」
「貴殿は上級魔法士でありながらいつもそうやって他人の人生を軽んじているから、他人も貴殿を軽んじるのだ」
「さ、最初から貴族で女なんて人生イージーモードなんだろ! そ、某の前世なんてチビ・デブ・ハゲ・ブスの四重苦だぞ! お、女共がもっと某の内面を見てくれれば……!!」
「ということはもちろん貴殿も内面を磨く努力をしたんだよな? 生まれつき魔法力が高いようだが、その才能をさらに高める努力や持っていない能力を得るための勉強をしたんだよな?」
「だ、だって……た、確かに転生してスペックは良くなった……でも、自分で自分の手入れをしたことがないから小綺麗を維持できない! い、陰気な内面に引きずられて貧相になっていくから結局女にモテないし、そもそも他人とうまく会話ができない!」
「恥をかくのを恐れて何も行動しないからだろう」
「だ、だいたい本当は神官になりたかったんだ! だ、だけど試験が難しすぎてチート能力だけじゃ上級魔法士が精一杯だったんだ! い、いや、本当は冒険者希望だったけど、他の人に話しかけれないからパーティーメンバーを作れないし……」
「内面を見ろなんて他力本願な言葉が出る時点で十分程度が知れるし、外見を取り繕えない社会性の無さがもう常識はずれなんだ」
「し、失敗ルートしか知らないから、成功ルートがわからないんだ!! じ、実力はあっても誰からも好かれないし誰からも頼られない! 力とか地位とか家柄とか、前世で欲しいものは全て手に入ったのに、ちっとも幸せじゃない……これさえあれば人生は上手く回ると思ったのに、某は今でも誰にも相手にしてもらえない……!」
なんか……年上の人だよなぁ? ずっと年下の子としゃべってる気になっちゃうなぁ……自分の言い訳ばかりずっとペラペラと。イラールも口論する気力が失せたのか呆れて見ている。
「貴殿は随分と他人に威張りたいようだが、他人への影響というのは実績よりも人柄が大きい。貴殿の生き様を尊敬したいという人がいない限り何をやっても影響力はでないだろう」こちらを向いてニコッと笑う。「安心しろサクラコ、お前は転移だ。死んでなんかいない。証拠は着物だ。転生だったら所持品は持ってこれないだろう」
「あ……」
言われてみればその通りだ。私にはこの着物があったんだ……!
「ゼラン様は国で一番賢い方だ。必ず帰る方法を探してくれる」
そうか……。確証はなにもないものの理屈は通っているので少しだけホッとする。
「サクラコ、糸の件はどうなった?」
そうだ、私はここで仕事をしているのだ。
「全て絹糸です」
「うん」想定していたようでうなずく。「ルゥバ魔法士、街に行って絹糸を探してこられよ」
「い、糸!? 某は上級魔法士だぞ!? お、王宮の警護が仕事で……!」
「サクラコにちょっかいかけるくらい平和があるなら大丈夫だ」
「し、しかし買い出しなんて上級魔法士の仕事では……」
「そうやって他人だけではなく他人の仕事も見下すな。貴殿は口より先に体を動かしたほうがいい」
「そ、某にもプライドが……」
「貴殿のは誇りではなく、自信のなさからくる虚勢だろ」
「な、なんだよ……クッコロ系騎士のくせに……」
「今、私の知らない言葉で私を侮辱したな? 分かるんだぞ!?」
「ヒィ! お、親父にも殴られたこと無いのに……!」
「殴ってないだろ」
イラールに睨みつけられてルゥバはその場にへたり込んだ。




