あれから
交番で保護されていた私を迎えに、両親が職場から飛んできた。
知らせを聞いても半信半疑だったのだろう、パイプ椅子に座ってお茶を飲んでいる姿の私を見るや両親はやっとその場で仰天し、その様子を見て今度は警察官たちが仰天した。
異世界に行っていたきっちり一年間、私は行方不明だったようだ。
すぐさま病院に送り込まれ、精密検査を受けさせられた。特に脇腹の大きな傷に関しては徹底的に調べられたのだが、ゼランの白魔法が強力に作用してくれたおかげで内蔵には全く損傷はなく、傷の塞ぎ方について医者は皆で首を傾げた。
久しぶりに見た両親は共にとてもやつれていて、特に母は心労のため一緒に入院することになった。
ただ、救急車に担ぎ込まれる直前に私の姿をまじまじと見て、
「こんな着物持ってたかしら……?」
と呟いていたのにはいささか肝が冷えた。
行方意不明だった女子高生の突然の無事の帰還に、巷では諸説飛び交い、超常現象を扱う雑誌が取材の申し込みをしてきたが、丁重にお断りした。
両親にも警察にもひたすら記憶喪失のふりを貫いた。
説明などできるわけがない。体の中央に輝くスルーフとおそろいの帯留めがなければ自分でも夢だったのではと疑うところだ。
私以外には分からないだろうし、分かって欲しいとも思わなかった。
入院中、窓から空を見ながら計算していた。
現在の日本人女性の寿命はおよそ八十七歳、そのあとすぐ転生できたとして、スルーフは二百十七歳か……エルフにとってはまだまだ働き盛りの年齢だろう。転生さえできれば、今度はずっと長く二人の時間を取れるはずだ。
本当に生まれ変われる保証も、生まれ変わったとしても同じ世界で再び会える保証も何もなかったけれど、私達には確かに帯留めがあった。目に見える絆としての帯留めを入院中も眺めながら、遠く彼女を思った。
現状の私は、また会えるつもりのスルーフよりも、私のために死んでくれたゼランを思い出すことがどうしても多かった。
ゼランが死んだ瞬間の衝撃や、彼の死顔が突然フラッシュバックして夜中に飛び起きる事が何度もあった。そしてそのまま嘔吐すると、黄色い胃液だけが吐き出された。
死んだ方がましだというPTSDに合いながらもそれでも生きてこれたのは着物をもっと勉強したいという気持ちと、もしかして自殺したら転生できないかもしれないという不安が大きかった。
転生できなければスルーフには会えない。
そしてまた、早世したゼランを思う。彼の命に恥じない人生を送りたい。せめて悪魔に囚われている彼の魂が安らかであることを願わない日はない。
一週間ほどの入院の後、懐かしの我が家に帰宅した。
私がいないことでなんだか陰鬱な雰囲気に変わっていたが、家族が揃ったことによってまた家の空気が動き出したのを感じていた。
両親が仕事出ているスキに庭の物置をあさると、リプの証言どおりゲーミングマウスとパッドとキーボードとヘッドセットが入った行李が出てきた。それを他の人に見つからないよう、私の部屋に移動させる。
その行李の中に各所のIDを書いたメモがあり、聞いていたとおりパスワードはnishizinoriで開いた。少し躊躇もしたが、本人が死亡している以上は仕方がないと諦め、アカウントは次々と削除していった。
さらに、祖母の部屋の桐ダンスからは手紙に書いてあったとおり大島紬の反物も発見された。着物を仕立てるとなるとかなりの金銭が必要なので、こちらの約束を果たすのはまだまだ先になりそう。当面は虫干しのみだ。
こうしていると、やはり異世界で会ったリプは間違いなく祖母の転生した姿であったと確認できる。
祖母の墓参りは俄然どうでもよくなった。墓にあるのは祖母の遺骨のみで、本人は憧れの剣と魔法の世界で今日もはつらつと過ごしているだろう。彼女は新たな肉体で新しい人生をめいいっぱい楽しんでいて、それはもう私達の知る祖母ではない。
私は私で着物を収納しているメタルラックを眺める。
おばあちゃんからおさがりのかわいい着物たち。まだ着ていないのもたくさんある。さぁ、どんなコーデにしようか。
あれから五年、私は二十三歳になっていた。




