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【完結】着物は異世界でも素晴らしい  作者: メリアリリー
八枚目 レース着物
177/181

ちょっと待ったぁ!!

 起きてもゼランは就寝前とほぼ同じ状況のままだった。

「……一晩中、書類仕事やってたんですか」

「時間が惜しいと言ったろう」

 こんな状況下にしては、私はよく眠っていた。

 初めて男性と一晩同じ部屋で過ごした(先だってタースとも過ごしたが、あれは監禁されていたのでノーカンとする)。なんか修学旅行の朝のような、不慣れな環境だけど淡々としている。案外こんなものなのかな。……いや、絶対違うよな。まぁいいか。

 ゼランには背を向けて着物を着付け直す。今日は決戦の日だ。ギュッとお文庫できつく縛った。

 スルーフとお揃いの帯留めもさっそく着けた。小さな宝石が朝日にキラリと輝く。

「サクラコ、朝食はどうする?」

「あったら食べたいです」

「仕方ないな、用意させる。食べ終わったら広間に行くぞ。客人が来ている」

「広間って、白無垢を作った場所?」

「そうだ」

「私に客人? こんな時に?」



 よくわからないままゼランに連れ立って広間に向かっているとその途中で

「あ!」知った顔にあった。「ユカタ君!」

「よぉ!」

 久しぶりだが変わらずの美少年。手には小さなブーケを持っていて、見ているだけならとても絵面がいい。

「わざわざ来てくれたの!?」

「君が故郷に帰るって聞いてさぁ」

「ありがとう、でも……花束は持って帰れないかも……」

 花って次元を通り抜けれるのかな?

 だが、ユカタはちょっと困った顔をする。

「違うんだ、これは」

「へ?」

「君が帰ることでイラールが落ち込んでるから、慰めに来たんだぁ」

 なるほどね。

 無駄な赤っ恥をかかされたが、これもまた微笑ましいので悪くない。この宝石のような花束をイラールが頬を染めながら受け取る姿は容易に想像できた。

「俺はぁ、サクラコがいたからイラールと会えたんだよぉ!」

「これからもイラールと仲良くね」

「もちろんさぁ!」ユカタは頼もしく即答した。「もっともーっと仲良くなっちゃうぜぇ、うっひっひ」

 これは……安心していいのかなー!?



 広間に行くと、

「サクラコ!」予想はしていたが、イラールが飛びついてきた。「あぁ! ついにこの日が来てしまった……!」

 早くも涙声である

「イラール、あなたが私を気にかけてくれてたから、なんとかやってこれたよ」

「私はサクラコと話して自分の出世を誇れるようになったんだ……! 人生を変えてくれてありがとう……!」

 イラールとは固く手を握りあった。


 その様子を後ろで見ながら、なんとか会話に入ろうとオロオロするのが一人。

「ま、まだあわてるような時間じゃない……」

 挙動不審は変わらないルゥバだが、以前よりビクビク感はなくなっている気がする。

「ルゥバさんも来てくれたんですね」

「さ、最後に会えてよかった……」

「今日はマダムヴェルは一緒じゃないの?」

 最後だからつい大胆に聞いてしまった。

「そ、そのことでして……」ルゥバがいつになくモジモジと挙動不審になる。「そ、某、国を出ることになりまして」

「えっ!? 国を出るってどういうこと!?」

「マ、マダムヴェルの旅巡業に同伴することにしたんです」

「一緒に旅に!?」

「ほ、他国を回って各地の風景をスケッチしてみたいと思いまして……」

「四コマ漫画の連載は?」

「つ、続けます。ま、魔法陣で書面を送って……」

「なるほど」

 いいかもしれないな、各地をスケッチして歩くなんて。引きこもりぎみだった彼の人生は、文字通り開けるだろう。

 そしてマダムヴェルとの関係も。人間関係に慣れていない彼にとって、年上のマダムヴェルはきっとうまく引っ張っていってくれることだろう。

「さ、桜子氏のおかげで本当にやりたいことをできるようになったから……!」

「でも、決心したのはルゥバさんなんですよ! よく決めましたね!」

 豆腐メンタルの彼にとって、外界で待ち構えている事案は辛いことの方が多いだろう。だが、彼はきっともう心の拠り所があるのだ。

「も、元の世界でも達者で暮らしてくだされ……!」

 その言葉にイラールも続けた。

「私の親友が異世界に住んでいるのでなければ、結婚式に出席してほしかったのに!」

 その言葉に、ユカタが声を上げた。

「えぇ!? サクラコって異世界から来てたのぉ!?」



「私もいいかしら」

 そこへ入ってきたのはスルーフだった。

「わぁ! もう来てくれたの!」

「えぇ、早起きがんばったのよ」

 スルーフは昨日と同じく浴衣を来ていた。もちろんお揃いの帯留めも。以心伝心だ。

「かわいく着付けできてるよ!」

「えぇ。でも……」いまいち浮かない顔をしている。「サクラコがいないと、この腰で長さを調節している部分が」

「おはしょり?」

「えぇ、それがうまくできなくて」

「慣れだよ。私も鏡の前で何度も何度も着る練習をしたよ」

「そう……」

「だからそんな浮かない顔をしているの」

「いえ、これは」

「正直に僕のせいだと言えばいいさ」

 スルーフの背後からひょいっと顔を出したのは、

「エッエイバイさん!?」相変わらず輝くほど美しいエルフのエイバイだった。「わざわざ私の見送りに!?」

「僕は別に君がどこに所在していようと興味はない」

「ですよね……」

「私が招待したのだ」後ろからゼランが言った。「悪魔召喚を行った後、アスタロトの魔導書の所有権は宙に浮くことになる。それをエイバイ氏に管理してもらおうと思ってな」

 なるほど。そういう魔導書管理の仕事をしていたな。

 エイバイもさすがに鼻を鳴らす。

「苦労して魔導書を集めたりはしないが、譲り受けれるものならば収集はしてしまいたい。ましてアスタロトの魔導書は貴重であり、野放しにはしておけないからな」

 おそらく、ゼランが最初に言った『客人』とは彼のことだったのだ。

 しかも。

「アロハシャツ、着てくれてるんですね!」

 つーかまだ着てるのかい。

「あぁ。着心地がいいし楽だからな」

 そらあんなヒラヒラなチロリアン服よりは絶対的にラフだろう。

「流石にそろそろ寒くないですか?」

「僕たちの国はもっと寒い。ここらへんは春のようだ」

 白鳥か。

「では、始めるとするか」

 ゼランの一声で、空気がぴしっと張り詰めた。



 ゼランは一枚の羊皮紙を取り出した。

 そこにはすでに複雑な模様の魔法陣が書かれており、

「いざ迎え祀らん 我が祈りを照らし給え」

呪文を唱えると、その模様は浮き上がり、広間の床にぱぁっと映し出され、さらに十倍もの大きさに広がった。

 いよいよだ。ついに始まるのだ。

 やっと帰れる。だけど……

 私はちらっとゼランの顔を見た。本当に? 本当にこれが正解なのだろうか?

 だが彼は、こちらの視線には気づかないふりをして魔導書を片手にさらに呪文を続けようとした。

 その時だった。

「ちょっと待ったぁ!!」

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