デート2
自分の思い通りに仕事ができないので、不機嫌のままテーブルにつくゼラン。
『明日までの命の身に食事など、食材も時間も無駄だ』
と、口にこそ出してはいないが、明らかに顔つきがそう言っている。
だが私の気持ちは逆だった。時間が限られているからこそ、おいしい食事をとってほしい。
「いただきます」
「なんのつもりだ」
「食事ってのは命ですからね。それを頂戴しますという意味です」
「よくわからない」
冷めないうちにスープをするっと口に流し入れると、冷えた体にじわーっと熱が入り、震えるほどの暖かさと旨味が染み渡る。
「あったかー! んまー!」
「それはどういう意味だ?」
「失礼しました、温かくて美味しいです」
ゼランも同じようにするりとスープを口にする。
「……まぁ温かいな。スープだからな」
「体の中に熱が入っていくのがわかるでしょう」
「まぁな」
「お腹がぽかぽがして、舌の上には味が残って、おいしいでしょう」
「そういえばそうだな」ゼランはもう一口飲んだ。「こんなふうに意識して食べたことは今まで一度もなかった」
「誰かと会話しながら食事をしたことは」
「それはしょっちゅうあるぞ。会合や晩餐に呼ばれることも多いからな」
「そういう仕事関係じゃなくて」何と言ったら通じるか。「自分が話をしていて楽しい人と一緒に楽しい話題をしながらってことです」
「……?」
「首かしげるなよー」
「食事は栄養補給だろう」
「本質はそうですが、それだけじゃないんです。ほら、メインも食べて!」白身魚のなんやらの皿に互いにナイフを入れる。「身が柔らかくて簡単にほぐれますね」
「ふむ。魚だからな」
「そうは言いますけど、料理の人が上手に作ってくれたんですよ」
「料理人はそういう仕事だろう」
「仕事でも、無感情でやってるわけじゃないんですから。おいしいねって思いながら食べましょう。魚のためにも」
「……まぁうまいな」
「今日はずっとこうして一日この部屋にこもってたんですか?」
「そうだ」
「誰とも会わず?」
「小間使いがいるぞ」
「そういうことではなくてですね……会いたい人と会わなかったんですかという意味です」
「今、会っている」
これにはいささか照れる。こういうときだけ素直に言うな。
「ありがとうございます……来るのが遅くなりまして」
「マダムヴェルの歌会に行っていたんだろう?」
「はい! とっても素敵でした! プロの歌手の生歌なんて初めてだったから!」
「そうか」
「スルーフも『あんな細い声質ですごい声量が出るのね』って関心してて」
「あのエルフか……しかし、マダムヴェルの歌会はこれほど遅くはなかったはずだ。もっと早く来れただろう」
「コンサートってのは、歌を聞いて終わりじゃないんです」
「あん?」
「行く前はどんな内容なのかワクワクして、終わった後は感想を言い合ったりして楽しむんです」
「歌を聞くことが目的じゃない……!?」
「目的じゃないわけではないけど、そのひとつのお題についてどんなふうに考えるのかお互いに語り合うんだよ」
「なぜ」
「だって、相手のことをもっと知りたいじゃない。自分の気持ちも聞いてもらいたいし」
「相手のことを知るというのはそういうことなのか」
「会話しないで一体何を分かり合う気だったの」
「情報収集なら周囲からでもできるぞ」
「ブリキの心臓か」
「今までの私は他者を気遣うことはしなかったし興味がなかったからな……確かに私は人ではなかったかもしれない」
「出会いは最悪でしたもんね」
「最悪だったか?」
「覚えてないんですか?」
「覚えておらんな」
嘘だ。この人の頭だったら覚えている。あの時の行動を恥じるようになったから忘れたふりをしているんだ。
「まぁいいですよ、こうして話をしているだけでも」
「どういう意味だ?」
「誰かとおしゃべりしながら食べるのが食事の美味しさを左右するところだから。もちろん一人で食べてて楽しいならそれでもいいんだけど」
「うまいかまずいかくらい自分の舌でわかるだろう」
「料理はおいしいですよ。でも一人で食べる食事なんて、娯楽じゃなくてただの栄養補給だもん」
「食事が娯楽?」
「もちろん毎食ってわけにはいかないけど、毎日のことだもん、楽しく食べれたら幸せになれるじゃない」
「……サクラコのおかげで、私は人間らしいとは何かを知ることができた」
「まだまだいっぱいありますよ、まだまだ……」
ない。
この人にはもう未来がない。
急に胸が苦しくなった。
死んでほしくない。でも私は帰りたい。彼自身も望んでいる。そうすると彼は死んでしまう。
本当にこれが一番ベストな未来なのか。
デザートのムースを食べながら、ポロポロと涙が落ちた。
だが、ゼランに誤ったり感謝したりするのは彼のプライドを傷つける気がして、何も掛ける言葉がない。
ただひたすら泣きながら食べている私を、ゼランは時折気にしてチラチラと視線を送りつつも黙々と食べ続け、私は私でその視線に気づかないふりをしながら涙味の料理を食べ続けた。
泣き疲れと食べ終わりで、眠たくなってきた。
「あの、本当に寝ててもいいの?」
「好きにしろ。私のベッドを使え。敷布は新品に変えてある」
実際起きててもやることないしなぁ。スマホもないしゲームもないし、字が読めないから読書もできないし。
「ゼランさんは寝ないの?」
「時間が惜しい。まだやりたいことがある」
ゼランはランタンを最小数にして、自分のデスク付近のみにし、眠りやすい環境を作ってくれる。
半幅だけほどいて、気持ち仮紐をゆるめて少しゆったりさせる。
真新しいシーツを用意されていたところを見ると、彼の寝具は私と同様に処分したのだろう。
「おやすみなさい」
「あぁ。ゆっくり寝るがいい」
そうは言っても不慣れな環境でどれだけぐっすり寝れるかなぁ。
案の定、夜中に時折目を冷ましたのだが、そのたびにゼランと目が合った。それを気づかないふりをしてもう一度眠りについていた。




