意外な人物の訪れ
「しかし、このキモノとやらは所作の大きな振り付けはできそうにないな」
「う、うーん……」歌手というからそういうこともあるのか。「腕は広がりますが、足元は難しいでしょうね」
「動きにくいな」
「内股で、歩幅を小さくしてみてください」
「ふぅむ……二週間後の本番までに、ちょっと練習が必要じゃな」
「えっ二週間後!?」
「あぁ。聖堂を使わせてもらえるよう、ゼラン殿に手配していただいた」
面倒事を頼まれてイラついているゼランの顔が安易に想像付く。
「私、見に行きたいです!」
「うむ、来るが良い。喉の方はすでに状態を整えている最中じゃ」
「楽しみ!」
私とスルーフはわぁっと手を取り合った。
生まれてはじめてのコンサート! それも自分の関わった着物で!!
「しからば、これは報酬じゃ」
そう言ってマダムヴェルはぽとりと私の手のひらに大金貨一枚を置いた。
「あっ……ありがとうございます」あらら、なんだかすっかり忘れていた。「お気に召していただけたのなら、何よりです……!」
「うむ、レースで作るなど想像がつかなかったが、この透け感は実にそそるのう。なぁ、ルゥバや」
そういって振り向くと、ルゥバは後ろで顔を蒸気させていた。
「と、とってもセクシーです……!」
「ふふ、そうか」彼の言葉にマダムヴェルは満足そうに笑う。「ならば、これも追加じゃ」
「えっ!?」そう言ってさらにぽとりと大金貨一枚を握らせられた。「こっこれは貰いすぎです!」
一瞬で二倍になってしまった。さすがに焦る。
「なんの、実のことを言うと渡そうと思っていたのじゃ。ザポが世話になった礼にな」
「そんな! ザポさんは世話どころか私は頼りにさせてもらいました!」
「そもそも、妾のために旅をしてくれたのじゃ、遅くなったがその旅費じゃ」
帰り道、スルーフも喜びというよりは絶句に近い感想を漏らした。
「すごい太っ腹ね、大金貨二枚って」
「うん……」
ザポのお礼? 旅費?
いやいや、これって実際のところ口止め料じゃないかね? ここにルゥバが入り浸っていることをあまり口外してくれるなと。
正直貰いすぎなので最初は戸惑ったのだが、そう考えると別にいいのかなという気もしてきた。旅の準備にお金がかかったのも事実だし、いつだったかストラが『稼げる時に稼ぐ』と言っていたので、そろそろ割り切ることにした。分不相応すぎるということはないだろう。
ここで久しぶりに私の負債についてまとめさせてもらう。
ニブラから借用したのが大金貨五枚。
ダーホ国出発前までの貯蓄が、大金貨の半値にあたる金貨五枚。
ここに、ゼランの着物を仕立てたお代の大金貨一枚、タースから魔法石と交換で得た大金貨一枚、そして今のレース着物のお代が大金貨二枚。
つまり返済までついに残すところ金貨五枚となったのだ。
旅から帰って以降、一気に追い上げた。
ここまでくればあと少し、帰還内に返済できるのではないかと思えそうだが、残り金貨五枚、されど金貨五枚。
日本だって後一ヶ月以内に『残金五万円だよ、あとちょっと』と言われても、その五万円が常識的な高校生の行動範囲では調達できない。
私は完済はすでに諦めていた。スルーフに何か残してあげたかったけれど無い袖は振れない、着物だけに。
そんな期限が数日後に迫った小春日和、昼食を食べ終えた私のもとにある意外な人の訪れがあった。初めて会う人物だった。
コンコン
という控えめなノックがしたので、
「はぁい?」
とドアを開くと、そこには私よりは年上そうな妙齢の女性がぴしっとした服装で立っていた。
「こんにちは、サクラコさん?」
「はい……?」
「初めまして。突然の訪問、失礼いたします」
誰?
間違いなく初対面だし、本人もそう言っているが、なんとなくどこかで見たことのある顔のような気がする。




