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【完結】着物は異世界でも素晴らしい  作者: メリアリリー
八枚目 レース着物
162/181

私……やっぱり帰らない!!

 その夜、私はこの馬小屋でまたしてもひとり震えて泣いた。


 傲慢なゼランとは散々言い争いをしてきたが、彼が聡明叡智であることも十二分に察していた。ましてや、たくさんの人の命を救っている神官という立場である。


 引き換え私はごくごく平凡な女子高生で、今は着物のおかげでなんとなくもてはやされているが、日本に変えれば着付けをできる人はわりといるからどうだということでもない。

 私の今後の人生はゼランの命を踏み台にして成り立つことになる。それほどの価値があるのだろうか?


 前にここで泣いたときは家が恋しくて恋しくて仕方がなかったけれど、今は母の顔よりもスルーフの顔がまぶたに浮かぶ。

 どちらかを一人残さなければいけないのならば、それは……それは……



「わ!? 目が腫れてますけど!?」

「はは……やっぱそう?」

 翌朝、クティが驚くのも想定はしていたが。一晩泣いて、悩んで、思考回路は何度も振り出しに戻り、結局自分の中の答えはでなかった。

 クティはこのままここに残るので、街まではついに私とゼランの二人旅となる。ほんの数時間のことなので、ゼランはブチブチ言いながらも結局は承諾した。

「クティさん、元気でね。がんばってね」

「はい! 精一杯、働かせていただきます!」

 おそらくこの子は大丈夫だろう。しっかりしているし働き者だからすぐにこの家に馴染み、ご夫婦にも可愛がられるに違いない。

 彼女には私物がまったくないので、そのうち何か日用品でも届けてあげられればなぁと思うが、考えたら私はまだまだ負債を抱えている身なのだった。人にほどこしをできる立場ではない。



 背の高い草の中をほぼ機械的に歩き、淡々と家路へ。ゼランが私と二人きりの時間をなるべく短くしたいのは分かっていた。私も彼になんと声をかけていいかわからず、終始無言となっていた。

 心のなかで色んな気持ちがぐちゃぐちゃと絡み合って、自分自身でも一体何がベストなのか、判断をつけれずにいた。



 だから、もやはランドマークとなった街の噴水が見えてきたときには心から安堵したし、そして近づくにつれて

「あっ!? スルーフ!」

水汲みに着ていたあの懐かしい妖艶のあシルエットが見えたときには心躍るほどテンションが上がった。

「サクラコ!?」スルーフも驚いて顔をあげる。「帰ってたの!?」

「たった今だよ! ただいま!」

「おかえりなさい!」

 スルーフは水瓶を投げ出し、私達は抱き合って帰国を喜んだ。

 テンションが上がってドラマのような熱いハグをしたので、横でゼランの顔が引きつっている。

「間違いなく送り届けたからな」

と、吐き捨ているように言い、王宮への道筋を歩こうとする。その後姿に、

「あの! これからのスケジュールはどうなりますか!?」

と問いかけると、

「お前の身辺整理が済み次第、遂行だ」

とシンプルに言った。実に淡々と仕事の内容を伝えるように。だけどそうしたらゼランは……

 スルーフが察して聞いてきた。

「……もしかして、本当に帰還方法が見つかったの?」

「うん……」

 身辺整理なんて終わらない方がいいのかな。現実問題、借金が返し終えていない。



 帰宅後にゼランの思惑を話して聞かせると、スルーフもやはり絶句した。

「思いもしななかった……あの傲慢な神官様が、まさか自分の命を投げうってサクラコに尽くすなんて……」

「……うん」

「……エイバイは分かっていたのかもしれないわね」

 おそらくそうだろう。

 だが私は噴水でスルーフと再会し、そしてともにこの家に帰ってきたことによって、あるはっきりとした感情を感じていた。

「あの……私……やっぱり……」

「なぁに?」

「私……やっぱり帰らない!!」

「えぇっ!?」

 私の決意にスルーフが目を丸くした。

「このままここでスルーフと暮らす!」

「なっ……何を言っているの!?」

「さっき帰ってきてすごく思ったの、『ここ、私の家だなぁ』って。ここにいてすごく安心するし、自分にしっくりくる。スルーフがここを選んだように、私も自分でここを選ぶ!」

「安易にものを言わないで! あなたは国にご家族がいるんでしょ!?」

「でもここだって私の家だよ! それに私が帰らないことでゼランも死ななくて済むし、これからもスルーフと一緒にいられる」


 この瞬間まで、私はスルーフが手放しでこの提案を喜んでくれるものだと信じていた。

 彼女も同じ気持ちだと。これからも二人で仲良く共同生活を送っていけることに感謝さえしてくれるのだろうと。

 だが。


「だめよ!! あなたは帰るのよ!!」

 返ってきた言葉は、私が想定していたものとは全くの逆だった。

 私は勝手に彼女も同じ気持ちで、この選択を喜んでくれるものと思っていたので、裏切られた気持ちになった。

「なんでぇ……?」

「ここにはあなたの好きなものがないからよ」

「……っ!!」

 そうだ……

 私はもっと着物が着たい。着物の勉強ももっともっとしたい。古今東西の着物を見て、できれば新しい着物も思案したい。

 生涯のすみかを決めるにはあまりにも若すぎるし、生き別れの両親が気になったのもまた事実である。


 急激に悟った。

 あぁ、もうダメなんだ。この世界にいてもこれ以上成長できない。

 私の異世界ライフは、スルーフとの共同生活は、ここで終わるべきなのだ。

 帰るしかない……。


 胸がつまり、代わりにはらはらと涙が流れ落ちる私の肩をスルーフがぐっと掴んだ。

「いい? よく聞いてサクラコ、今から私の気持ちを話すわ」

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