代金
「なんだそれ?」
ニペロは振り向いて首をかしげる。
「ウーバーって車がないとできないでしょ」
リオンも不思議な顔をする。
そういや外国でウーバーといえばタクシー配送サービスのことだと聞くが、もちろん私の想定はそちらではない。
「自転車でレストランからお客さんのところまで料理を運ぶの。その時に配送料をもらう。忙しかったり体が不自由だったりして外出できない人なんかがけっこういて、重宝すると思うよ」
ニペロは熱心に話を聞いては、早速頭の中で何かを三段している様子だった。
「なるほど……それだったらファールラート自体は二台、多くても三台あれば足りる……ロニアスには注文をとってまとめてもらって俺とレーシーとあんたで配達……」
「ぼ、僕が……!?」
「あんたもちろん乗れるんだろ? ファールラートに乗れる人間は重宝したいんだ」
「でも僕は、は……二十歳までしか生きられない……」
「だったら尚更、今のうちに働いて人様の役に立ちな」
HSP気質の人は、一人で黙々とやる仕事が向いていると聞く。ひたすら自転車をこぎ、配達をする仕事なら一人の時間も長いしリオンに向いているに違いない。
「ほんとに……僕も一緒に働いてもいいですか……!?」
「あぁ、弟たちに紹介するよ。新事業なら人でも必要になるからな」
これから彼は自分の人生が充実すれはするほど、軽率な過去の自分を後悔ことになるだろう。それこそが悪魔と契約する呪いとも言える。
若年の身でありながら試練の多い長い人生になってしまったが、残された時間で少しでも自分を好きになってくれることを願う。
「ちょっと待ちなさいヨ!」割って入ったのは、もちろんライズだった。「あんたがいなくなったら、この小屋と畑を管理する人間がいなくなるじゃないの!!」
HSPのリオンにとって困っている人を見捨てるのはとても苦しい決断だったと思う。それでも、
「僕はもう、誰にも利用されたくない」
後悔と後悔が、彼の行動を変えた。
「何ヨ! 住むところも食べるものも世話してやった義理を踏みにじって!」
「僕の足元を見てただけじゃないか!」
「この二日間でいろんな積み重ねがめちゃくちゃになったワ!」ライズは悲鳴のような罵声を上げた。「あんたたち異世界の人間は疫病神だワ! アタシは清濁併せ呑む性分だけどね、毒の方が濃くって害ばかり起こすのヨ!」
なんという八つ当たり。我々の知識で戦争を起こそうとしていた立場のくせに。こうなるともう手のつけようがない。
しかも、
「特に小娘!」
ビシッと私を指差す。
「うへぇ?」
「このままじゃ帰さないわヨ!」
よりにもよって世界一受けたくない指名をされてしまった。
「このままじゃって……」
「あなた、クティからレースを買いたいって言ってたわよネ? 代金を支払え!!」
なるほど、そうきたか。
「……わかりました、いいですよ」
というか、元よりそのためにこんな遠くまで来たのだ。
振り返りザポを見ると、コクリと頷いている。
……――先程拝見したが、実に見事な品でござった。貴殿の値踏みに従おう――……
私はクティの前に進み出た。
「材料費はいかほどでしたか?」
「あの……金貨四枚程度です」
「ではその約五倍、大金貨二枚で買い取らせてください」
原価の五倍、手数料を考えれば妥当だと思っている。
「大金貨二枚……!? そ、そんな大金で……!!」
クティはのけぞったが、あのレースには十二分に価値があると思っていた。彼女の長い時間を使っての労力と美しい技術は、一朝一夕でできるものではない。
だが。
「あら、それだけ?」ライズが口を挟んできた。「これはこの子が資材を投じて時間と労力をつぎ込んで作った努力の結晶ヨ? もう少し上乗せしてもいいじゃない」
「……いいんですか?」
正直、この人がそれを言うとは思わなかった。
「なにが? 当然でしょう? クティも高値で売れたほうがいいわよネェ」
「え、えっと……は、はい……」
「じゃぁ大金貨二枚と、金貨二枚では……」
「それだけ!?」
「大金貨二枚と、金貨五枚ではどうでしょう……?」
「もう少しいけるでしょ」
「大金貨二枚と、金貨六枚とか……」
「さっきからみみっちいわネ! どーんと大金貨三枚にしなさいヨ!」
腹いせに私から金を巻き上げようという意識が伝わる。
しかし……この人は自分で自分を首を締めていることに気づいているのだろうか。
予想よりかなり値がつり上がってしてしまったが、ちらりとザポを見るとコクリと頷いた。スポンサーの許可が降りたならばやぶさかではない。
「分かりました、それでは大金貨三枚お支払い致します」




