こんなところにいたら命が縮む
第一声がこれかよっ!?
彼の号令とともに複数の男たちが私の着物を引っ張り始めた。
「ぎゃあー!!」
私の悲鳴に何の効果もなく、帯と長着を剥ぎ取られ襦袢姿にされる。
「なんだコイツ!? 服の下から服が!!」
「えぇい! それも全部脱がせろ!」
「やめてっ!! 本当にやめてぇっ!!」
懇願など無視されてあっという間にブラトップとパンツ、補正用タオルだけの姿にされた。
「貴様、このドレスをどこで手に入れた?」
杖の男が見下ろしてくる。
「着物を返して!」
「白状しないなら当ててやろうか」
「着物を返して!」
「ええい! 何か被せろ!」
バサリと投げられたのはゴワゴワした布のワンピース、いやもうほぼ麻袋。臭い! 汚い!
それでもこの状態よりはましなので一応袖を通す。
「貴様は何者だ」
「さ、桜子……」
「ふぅむ。変わった名だな」
三回目。
「あなたこそ誰ですか」
私の言葉に周囲がざわめいた。よほどの有名人らしい。本人も頬が引きつっている。
「よかろう、自己紹介してやる」ふふんと鼻を鳴らす。「私はゼラン・デ・ヴェ・トラウン。公爵でありヤルスト国神官だ」
「どうも初めまして」
一応、首だけの会釈をしておく。
「もっと驚け!」
「そんなこと言われても」
「貴様、このドレスをドアル丘で拾っただろう?」
「丘? ……あ」
「やはり思い当たるふしがあるようだな」
この世界について初めて目覚めたのが丘だった。ミゲルも丘だと言っていた。
「このドレスは私が魔法で生成したものだ」
「はぁ!?」理解できなくて強めの声が出た。「そんなはずない! これは私が祖母から譲り受けたものです!」
「その証拠は?」
「おっおばあちゃんが、京都の弘法市の縁日に旅行で行った時に買ってきて、後から聞いたら二千円だったって」
「よくもまあペラペラとでっち上げが出るものだ。」
「……っ!?」
人から信じてもらえないということがこれほど辛いことだと思わなかった。もしかしたらここに突然来たことよりももっとずっと悲しいかもしれない。
「沙汰は後だ。牢に入れておけ!」
何の弁明もする間もなくあっという間に宮殿の奥の、さらに地下に引きずられ連れ込まれた。
華々しく上品な装飾があったこの宮殿にもこんな場所がと驚くほど、暗く壁も床も湿気で湿り、しかもそこかしこから怪しげなうめき声がするのだ。
「ひひひ……へへへ……」
「うぅ……うぅっ……」
「……おかぁさーん……」
ひぃ! すでに数人の先客ならぬ先捕縛者たちがこっちを見ては謎の言葉を投げてくる。拘禁反応というやつだろうか。明らかに精神状態が不安定だ。
「ほら、入れ」
と投げ込まれた押し込められた一畳ほどの冷たい牢。
まずい。この人たちには申し訳ないが自分だけでもなんとかここから出ないと同じ様に心が壊れてしまう。
そしてさらに
「ぎゃっ!! 何かいる!?」
左隅にグレーっぽい人影がゆらゆらと。
「低級霊だな。こういう場所を好むからな」
「てーきゅーれい!?」
霊だけでもヤバイ響きなのに低級なんて!! いや上級霊でもよくはないけどさぁ! こちらを見ながらなんだかずっともにゃもにゃ言っていて、映画『キャスパー』のように意志疎通できるタイプではなさそうだ。
「後で様子を見に来てやるよ。それまで気を張っといたほうがいい。ここはいるだけで精神が揺らぐからな」
イラールと呼ばれていた女性騎士は先程から一応気遣いの言葉をかけるがそれ以上の対応はしてはくれない。
私はまた世界から見捨てられてしまった。
それにしても……自分のものを自分のものであるという明白なことがこれほど証明が難しいなんて考えもしなかった。
小学生じゃないんだから着るものにいちいち名前なんて書いてないし、仮に書いてあったとしてもそもそも身分証明ができない。擁護してくれる人もおらず、これはもう突破口が見当たらない……。
せめて脱走できる糸口はないかと幽霊が占拠している一箇所を除いた三隅や鉄格子を調べてみたが、どこも頑丈で太刀打ち出来そうにない。そのうち石牢はどんどん冷え込み始め、手先足先の感覚が痛み始めてきた。
このまま一生ここかもしれない。一生というか一日だってこんなところにいたら命が縮む。やばい……、本当に……寒くて……危険が……耳の感覚もないし、手先も足先も動かなく……
だが、予想に反してわずか二時間程度で事態が動いた。
いや二時間は体感で、実際はもっと短かったかもしれない。
バンッと大きな音をたてながら扉が強めに開き、ゼラン神官とやらが例によってお供をたくさん引き連れてやってきた。その顔は苦虫を噛み潰したようである。
「……貴様、あのドレスをどうやって着ていた?」
「へ?」
「どう手を尽くしてもさっき着ていたようにはならないのだ。どこも締まらないしボタンもない。お前は一体どういう手を使って着用していた?」
はぁ~ん。
私は自分の口角がこんなにも上がることを今日はじめて知った。
「これが着れたら、私の物っていう証明になりますよね?」
「……っ!」
ゼランは顔を真っ赤にして言いたいことを飲み込んでいる。
あぁ! この人のこの顔をインスタで流したい!