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【完結】着物は異世界でも素晴らしい  作者: メリアリリー
六枚目 男性用着物
134/181

戦争と着物

「明るくなったら朝食くらいは届けにきてあげるわヨ」

と言い残し、

 ゴゴゴ……

再び石が擦れあう重たい音がして屋根は閉じられた。



 人生で二度目の投獄。あぁーマジかぁー。

 一応、屋根が閉まった後すぐに一箇所だけある小窓から首を出して除くと、ライズが風魔法で高速移動して小さくなっていくのが見えただけた。

 眼下にはビル五階に相当するであろう高さがそびえ、夜の闇へと塔の根本は消えている。

「油断した。俺の責任だ」

 タースが頭を抱える。

「どっちの責任とかじゃないです。最初からライズさんの手のひらの上だったんだから」

「クソッ……あいつも異世界転生者だったんだな」

 タースは悔しそうに壁を叩いたが、私には確信があった。

「いや、それは絶対に違います」

「違う?」

「知ってるように言ってたけど、たぶん誰かから聞いただけでしょう。あの人の側に転生者か転移者がいるのだと思います」

 当初の彼は他の人と同様『遠くから来た』と認識するだけだった。着物も日本も全く知らない、この世界の人間の反応だ。

 それよりも、いの一番に気にしなければならないのは、

「やっぱり自転車の存在はまずいんだ……」

「そうだろうな。あの兵器の存在を急いで自国に、いや近隣諸国にも伝えなければいけない。ゼランも同じ気持ちだろう」

「そうですね。知識があれば防衛できる」

「防衛では弱い!! あの工場を帰りがけに平らに敷き均してくれる。俺とゼランがいれば十分だ」

「それはだめ!!」

「あぁ?」タースが露骨に眉をひそめる。「何を甘ったれたことを言っている!?」

「甘ったれで結構! 戦争はだめ!! 絶対に!!」


 戦争が起こす悲劇の連鎖は、若輩の私がわざわざ語る必要性もないだろう。


 それに追随して、戦争によってもたらされた着物の悲しい変貌は、戦争を知らない世代の私からでも一言伝えさせて頂きたい。


 太平洋戦争の最中、戦況は悪化の一途をたどり、物資が枯渇していった。繊維や布地は軍用が優先的とし、政府は新しい衣服、こと女性のおしゃれ着を作る点においては資源の無駄であるという方針を取る。


 そのため、女性たちは着物を避難する際に動きやすいもんぺに作り変えていた。

 代々続いてきた大切な絹の着物を、もんぺに作り変えなければいけなかったその時の気持ちはいかばかりだったろうか。


 また、どれほど高額な着物であっても腹を満たすことはできない。疎開先の農家に頼み込み、わずかばかりの食料と交換することも茶飯事であった。



 さらに衝撃的なのは、『戦争柄の着物』の存在である。


 着物の柄は元来、時代や世相を反映した絵画的要素があるものだが、戦時下においてはなんと戦艦柄、軍隊柄、軍人柄、戦車柄、戦闘機柄、極めつけはそのものずばり戦時中柄など、見るだけで胸を締め付けられる悲壮な着物が実在している。


 これを図書館の資料集で見た晩は、ショックでよく眠れなかった。

 二度と、もう二度とこんな悲しい柄の着物を誰かに作らせてはいけないのだ。


 そのことを思い出して、ふいに納得するものがあった。

「……あ、そっか……! あの屋敷の構造……!」

「どうした?」

「あれ、避難所だ!」

「あれとは?」

「ライズさんのあのお屋敷です!」

「避難所だと?」

「あれは難民をかかえこめることが可能な施設なんです!」

 沢山の人を収容できるエントランスホールは、空気が循環する吹き抜けで大人数でも風通しがいい。

 あの大量の長椅子も即席のベッドにするためなら納得がいく。

 重傷者をひとりずつ、かつ、たくさん収容できる個室。

 余計なものが全く無い庭園は、キャンプや炊き出しも可能だ。


 なぜすぐに気づかなかったのか。

 ライズは着々と攻撃をしかけるために自転車の準備をし、かつ自国民は守るための防衛も考慮していたのだ。

 この国はもう準備が整っている。悠長なことは言っていられない。


「ゼランと合流できれば百人力なんだがな……あいつもどこかに隔離されているだろうからな……」

「魔法って人を探したりできないんですか?」

「複雑な魔法陣を使えば多少は。しかしあれだけ部屋数のある屋敷で、特定の位置を示すとなるとむずかしいだろうな……いや、そもそも今の俺は魔法が使えないんだ!」タースは口惜しそうに石壁を叩いた。「魔法石が使えればすぐにでもあの男をつるしあげるのに……っ!!」

 ライズの支持で、クティに割られてしまったあの大きな魔法石。

「魔法って魔法石がないと使えないんですね」

「使えないわけではない」

「うん?」

「制御できなくなるのだ」

「それだけ?」

「それだけなんて言うがな、制御しないとこの牢は軽くふっとぶぞ」

「こんな牢なんか別にふっとばしちゃっていいのに」

「俺の魔力量だと屋根ではなくこの塔を含んだ近所大体が吹っ飛ぶぞ。もちろん孫娘、お前自身もな」

「よし、やめましょう」

「まさか魔法石を物理的に割ってくるなんて手を使うとは……っ! 仮にここから出られらとしても魔法石がないのだから、俺は無力のままだ……!!」

「……んっ?」


 心のなかになにか引っかかるものがある。

 魔法石……?


「なんだ?」

「んんー???」

「どうした? 閉所恐怖症か?」

 私は首をひねるを通り越して体自体をひねって、記憶を絞り出した。

「……私、魔法石持ってるなぁ!」

「何っ!?」

「この前、知り合ったエルフにもらったんです」

「エルフに……魔法石を!?」

「大きさはゼランさんの石と同じくらいで、薄い水色から濃い紫へとグラデーションカラーの……」

「なんという好都合、薄い紫は俺の得意とする水魔法に特化しているものだ!」

「へー、そうなんだ」

「よし、それを俺に渡せ! いや、貸してくれ!……いや、貸して下さい!」

 タースは鼻息荒く私につめよるが……

「私が持ってても宝の持ち腐れなのであげますよ。あげますけど……」


 あれ?

 またしても心に引っかかる。

 ん? 私、お守り代わりに魔法石は持ってきて、ケープに手作りのポケットを……


「あーっ!! 鉄工所の妹ちゃんに貸したケープに入れたままだ!!」

 服が破れていたので思わず着せてしまったんだ! 重量がなかったからすっかり持っていることを失念してしまっていた。

「なんだとっ!? では何の意味もないじゃないか!!」

「仕方ない、遠いけど取りに行ってきますよ」

「取りに行く? 何を言っている!? そもそもここから出るために魔法石が必要なんだろうが!!」

 興奮するタースに、私は言った。

「いや、実はここを出るのは簡単なんです。今は、夜の森が怖いから、夜明けまで待ってるだけの状態です」

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