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【完結】着物は異世界でも素晴らしい  作者: メリアリリー
六枚目 男性用着物
133/181

絶望

「あんた『たち』?」

 私は首を傾げた。


 確かに祖母は着付け教室を開いていたけれど、父は中小企業のサラリーマン、母も派遣社員のごくごく一般的な中流の家庭だ。第一、我が家の経済状況をこの男が知っているわけはさすがにない。

 だが、彼の認識は違った。


「知ってるわヨ、ジャパニーズガール。あなたの国は他国に侵略された歴史も奴隷となった民族でもない」

「え……いや、敗戦国だけど」

「アタシたちダーホ国はね、元来は魔原石の発掘でで潤っていたの。それにエルフが魔力を込め、魔方陣での研磨を重ねて魔石に昇格する。だけど、それがあるときからパッタリ採掘がなくなった」

「なんで?」

「単純に尽きたのヨ。自然のものだから。その有限の資源に頼りすぎていた前世代は、財政・労働・循環の全てに崩壊を招く結果になってしまった。それをこのアタシが魔法士として指揮をとりここ数年でやっと持ち直させたのヨ」

「だからって侵略を想定しなくたって……! あなたのことは街中に井戸を作って水を送ってくれる立派な人だと思ってたのに……!!」

「フフッ、立派な人の定義とは何ヨ? アタシは間違いなく井戸を作り街に張り巡らせ、雇った浮浪孤児たちみんなに確かに感謝されているわ」


 この人の強みはここなんだ。ここまで出会った国民のほとんどが彼を信頼し尊敬していた。

 一人では大きな改革は難しい。でも自分を尊敬してくれる人間は百人いたら? 千人いたら?


「アタシ、こう見えて荒育ちなのヨ」

 ライズは誇らしげに言ったが、正直にいえば最初からそう見えていた。

 ファッションがいかにも成金ぽくて、とにかく金の匂いに反応する。彼の見解に照らし合わせるのであれば、ゼランやタースにはないがめつさであった。

「あんたは戦争を知らないからそうやって綺麗事が言えるのヨ。スラムもなく識字率も高く戦争も体験していない。それだけでもう十分生きていける」

「わ、私達の国には復興の苦労があります!!」

「そうネ、よちよち歩きの雛鳥が母鶏に見守られながら懸命に歩く苦労がネ」

 ライズは鼻で笑った。

「私の国を知らないくせに……!!」

「それはこっちのセリフ。アタシの住んでいたドヤ街はゴミが溢れかえっていてネ。戦場から飛んできたたった小さな火の粉だけでも、あっという間に燃え広がったワ」

「えっ……」

「わずかな瞬間であらゆる人とゴミが灰になっていく様を、私はただただ見ているしかなかった。翌朝、人間の内臓が焦げた匂いが充満する焼け野原で、泣きながら友達の骨を拾って歩いたときの気持ち、あなたたちは考えたこともないでしょ」


 なかった。

 それほどむごたらしい光景など、想像するのさえ拒んだ。


「明日生きるために、全てを売った。アタシ自身でさえアタシのものじゃなかった。明日食べるものがないために心の底からくる寒気といったら。『辛いことを糧にして』なんてそんなぬるいもんじゃないワ。糧でも過去でもない、あえていうなら燃料ネ。二度とあんな思いはしてたまるかという、ネ」

「そんな環境からどうやって魔法士に……!?」

 タースがかすれた声を出した。

「その日その日の宿主が疲れ果てて寝た後、自分は寝ないでその家の本を勝手に読みまくったのヨ」

「ど、独学で……!?」

「アタシはアタシを好きになるために、どんな努力もし続けたワ」

 この言葉に、衝撃を通り越して脱力を感じた。


 私はこれほどはっきり自分を好きだと言うことはできないな……。

 着物を着るようになって自分を恥じなくはなったけど、これほどまでに前向きに自分を好きだとはまだ言えない。


「毎晩、金を稼ぎながら本を盗み読んで、やっとの思いで魔法学校へ入学した。だけどまさか、純潔を測る白魔法が発明されていたなんて……! 身体検査で撥ねられて神官試験は受けることさえできなかった。体が汚れていると白魔法の精度が上がらないからって」

「しかし白魔法は体の気流の流れによって生命力を増幅し、他者に癒やしを与えるものだからそれは仕方がない……」

 思わずタースが口を出す。

「それなら体を汚さないと生きてこれなかった人間は一体どうしたらいいというの? この世に生まれた時点ですでに神官の資格がなかったのヨ。あなたのようにいい家に生まれた人と違って、最初から諦めなければいけない夢がある」

 だからこんなにもゼランを敵視するのか。

 ……いや、この人はゼランじゃないんだけどさ!

「俺を幽閉しているのはなんの意味がある!?」

 タースが叫んだが、彼の場合は別に自分だけが助かりたくて言っているわけではないのは分かる。

「あなたには頼みたいことができたのヨ」

「俺に?」

「あなた、血縁関係を調べる白魔法というものの存在を聞いたことがある?」

「血縁を? いや、ないが……」

「じゃあそういう白魔法を開発してちょうだい」

「はぁ!?」

「氷魔法を開発したあなたなら、そういうことも視野に入れれる。どう? 研究しがいがあるでしょう」

「しかし血縁関係を調べるなど、一体何をどうしたら……」

「それはそこのお嬢ちゃんに聞いて頂戴」

 急に指名されてぎょっとする。

「私、そんなこと知りません」

「あんた自身はできなくても、そういう技術の存在は知っているでしょ」

「あ……」そういう狙いか……「DNA鑑定ってのがあります……よく知らないけど」

「それはどういうものだ?」

 タースが聞いてくる。

「私も詳しく説明できないけど、個人を形成する細胞の配列は、親から子供に遺伝するから親子関係が分かるとかそんなん……だったような?」

「人間の細胞配列!?」タースが仰天した。「そんな白魔法など一朝一夕で開発できるものか! 氷魔法だって何年もかかったんだぞ!」

「時間は好きなだけかけてちょうだい。その分、あなたがここで暮らす時間が長くなるだけだから」

「それだって魔法石なしではできない!」

「開発の可能性がでたら、小さな石くらい渡してあげるわヨ」

「……現状では可能性があるかどうか考えてみる、としか言えん……」

 頼みなんか聞いてやることないのに、真面目に答えちゃうタース。

 つか、真っ向から拒絶して怪しまれて本物のゼランでないことがバレたらこの場で用済みとして本当に何をされるかわからないのもあるだろう。

「お嬢ちゃん、協力してネ」

 ライズがバチンとウインクしたので、イラついた。

「私にこれ以上の知識なんてないですよ!」

「あなたが協力的でなくても、ここにいることに変更はないワ」

「私なんてそんな重要人物じゃないですよ。それに近いうちに魔道書を使って元の世界に帰るんです。魔導書はすでに手に入れてしまっているし」

 すると、ライズはウフフフフと高い笑い声を上げた。

「おバカさんね、いくら魔界の公爵でも異世界移動なんて強力な願いをしたら、対価は魂に決まってるわヨ」

「えっ……それってどういう……!?」

「願った瞬間、契約履行と同時に魂を取られるの。あなた、屍だけ帰宅するつもり?」

 仰天して、思わずタースを見上げると、彼は気まずそうに目をそらした。


 彼は知っていたのだ。魔導書だけあっても結局は帰れないということを。

 エイバイも妙に非協力的だったのはこれをわかっていたからだ。


 私はこの状況下でさらに絶望を重ねられ、その場に膝をついた。

「あなたは四きょうだいに学費のために仕事を分け与えてくれて裁量ある人だと思ってたのに……!!」

「……四きょうだいに会ったの?」

「はい。そこで実力ある魔法士が出資していると聞きました」

「……」ライズは一瞬口よどんだが「そうヨ、それもアタシヨ」

 誤魔化す場面ではないと悟ったのだろう、素直に認めた。

「あのきょうだい達も、ただ利用しただけなの……!?」

「あんたどこまで脳みそ蜂蜜漬けなのヨ」

「えっ……」

「あいつら、入学金なんてとうに貯まってるはずヨ。それくらいの仕事は回してる。それでもあの……末っ子を魔法学校に入学させてないのは、あいつらの都合ヨ」

「え……えぇっ……!?」

 あんなにきょうだいで協力しあってがんばっていたのに、それも上辺だけだった……!?

 この国に来てからもう何もかもわからない。いろんな人に嘘をつかれてばっかりだ。

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