邪魔だぁ
「どう見えるかしら?」
スルーフはくるりと回り、ふわふわとしたストールの帯の動きを楽しむ。
「えっと、私はまだ若いから男性がどう思うかは分からないんだけど」
「男なんかどうでもいいの。女のあなたから見てどうかしら?」
「とっても綺麗で憧れます!」
彼女はセクシーなドレスとは不釣り合いなくらい、可愛らしくにーっと笑った。
昨日と同じような朝。シンプルなパンと水の朝食。
違うのは気分がさらに深く沈んでること。昨日だけでかなりお金を使っちゃったなぁ……スルーフのおかげで生活がいくらか向上されたとはいえ、お金が減ると不安になる。
やはり早めに収入源を確保しなければ! という決意のもと、早速教えて貰ったギルドというものに行くために、大きな通りを噴水とは逆方向へ歩いていたわけだが、
「ん? 何だあれ」
なぜ道のど真ん中に建物らしきものが? と思ったら馬車だった。
縁取りを豪華な金の装飾、飾り立てられた二頭の白馬、前後に身なりの整った従者、そして護衛らしき長身イケメンの騎士。
こんなの、もうマリー・アントワネットの馬車じゃん。いやマリー・アントワネットの馬車見たことないけど。
……邪魔だぁ……。
大きいのでめちゃくちゃ道を塞いでいる。高貴な方なのか金持ちなのかは知らないが私には関わりがないし、こんな無遠慮な存在はむしろ関わり合いになりたくないので、遠巻きに避けて通った。みんなも同じ気持ちなのか似たような感じだ。
馬車を通り過ぎるとこの街では比較的大きな建物が見えた。木戸はシンプルだが、なんだか妙に活気がある感じはドア越しにも伝わってくる。
これだけ人が集まっているなら、何かしら有益な情報があるかもしれない。
多少期待しつつ、恐る恐る入ると、すぐに女性が待ち構えた受付があり、
「今日はどのようなお仕事をお探しですか?」
と聞かれた。
「あの……初めて来たのですが」
「冒険者登録はお済みですか?」
「冒険者登録?」って何だ?「私は冒険者じゃないんですが」
「ではご依頼をご希望で?」
「いえ、私が働きたいんですが。賃金は安くてもいいので比較的簡単な作業はありませんか?」
本当は賃金にはこだわりたいが、右も左も分からないこの世界ではまず仕事に慣れることが先決だと思ったのだ。こちとらお恥ずかしながら労働自体が初心者だ。
「初心者向けですと低級魔獣の退治、ダンジョンの宝の発掘、ダンジョン自体の発掘などですね。」
「えっ……と、冒険とは関係ない仕事はないですか?」
「それなら剣の錬成職人、魔法士見習い、神官見習いです」
「見習いというのは学校ですか?」
「魔法士と神官はまずは洗礼を受けていただいて、その後に初期魔法の実力を上げる鍛錬となります」
「???」
だめだここは。私が思ってた職業斡旋所とほとんど全部違う。
骨折り損のためすっかりくたびれて帰路につくと、
「ちょっとあんた」
アパートの前でおばさんに呼び止められた。身なりは小綺麗だけどこちらを見る目つきが厳しい。
「ここんとこあのエルフの部屋にいるみたいだけど、あんたも娼婦だっだりしないだろうね?」
「いえ、私は違うのですが……」
「まったくエルフだってだけでもやっかいなのに、実は娼婦だってんだから。バドール男爵の公妾だって言うし、いつも家賃を半年分先払いするから仕方なく置いてるけどさぁ」
なるほど。よくわかった。スルーフのことではなく、このおばさんが。
老若男女、この手の偏見と思い込みで他人をランク付けする人は反論も正論も言ってはいけない。ただひたすらスルースキルを発動させるのがベストだ。
だいたい初対面の人間に悪口をぶっこんでくる人とは仲良くなんてなりたくない。
「そうなんですねーでは」
にっこり笑って相手にしないようにさっと躱して部屋に入る。
それにしても……勝手なイメージかもしれないが、夜の仕事の人は羽振りがよく、生活も豪華で住まいももっとセキュリティのよいところに住んでいるのではないか。
スルーフの私生活があまりにも慎ましやかで、全くそれといった印象がない。クローゼットは確かにすごいが、あれはあくまで商売道具であって普段の服装から彼女は地味好きであるとわかる。
ドラマではよく風俗で働く理由は『借金の返済に』などと聞くが、そういったなにかに追われている感じも彼女からはしなかった。
てゆーか……あぁお金……どうしよう……
娼婦に間違われたことは別に構わないが、もしかして自分もやれば食い扶持を稼げるのでは、という誘惑に心が折れそうになる。
その折れそうな心を支えるのはこの仕事は特に私には向いていないということがはっきりしすぎているからだ。分かってる、分かっているんだ。
寝転がっているだけでお金がもらえる仕事とは思えない。何かサービスをするのだろうが、知識と経験が一切ない私の価値は初回、せいぜい初回から三回目までがピークであとは下る一方だろう。
お給金がいいということは、それだけ精神に負担がかかるということなのだ。