そのまさか
エルフが来ていると聞きつけてゼランが直々に駆けつけた。後方にはイラールが控えている。
「わざわざご足労いただきまして、恐縮至極に存じます」
この横柄な男にしては珍しくかなり丁寧にお辞儀をしたが、
「旧友に会うついでだ。その方のための労力ではない」
とエイバイがけんもほろろなものだから、ゼランの顔がひきつる。
普段は民衆を見下しているゼランがついに差別される側に!
ふふ……あぁいけない、つい愉快な気持になってしまう。
「ん!? そのお召し物は……!?」エイバイのアロハシャツに一瞬ぎょっとしたあと、私をじろりと見る。「サクラコ、またしてもお前の仕業だな」
「私の国にこんな言葉があります、『郷に入っては郷に従え』。ここが人間の町である以上、人間の衣類を着用するのは結果的に良いことであって」
「えぇい、もういい」
ゼランとしてはおそらくエルフに服を仕立ててやるなどそこまで親切にしてやらなくてもいいのに、という意味合いだったろうが、裸で連れてきたらそれはそれで文句を言われただろうし。
室内に通されると、エイバイは案内されるよりも先に上座の三人は座れるであろうソファの真ん中にどっかりと深く座った。
「それで、何か魔導書を探していると聞いたが」
「えぇ。魔界の公爵アスタロトの魔導書はそちらにありますか」
かろうじて対等であろうと誇示するためにゼランが対面に座るが、その意図は通じなかろう。
「ない」
一蹴。話が続かない。こういう人とデートは絶対したくない。
ゼランもがっくりと肩を落とす。
「そうですか、ありませんか……」
「アスタロトといえばルシファーやベールゼブブと力を拮抗させる悪魔の一人で強大な魔力を持っている。神官といえどいち人間が対等に渡り合える相手ではない。それなのになぜ欲する」
「……彼女のためです」ゼランは私を見た。「彼女を元の国に帰還させるためには、最早アスタロトの力しかないでしょう」
「帰還? どういうことだ?」
「彼女は異世界から私が召喚したのです」
「異世界!?」
エイバイが不審な顔でこちらを見るが、私はゼランの言葉に頷いた。
「はい、私は異世界から来ました」
「なるほど……やっとその面妖な衣類も納得がいった」
面妖ではない!
「召喚は古代魔法を解読し、私の独自の呪文も加えまして」
「そんなことはどうでもいい。わざわざ酔狂な真似をして呼び出したのに、帰還させる必要はあるのか」
「彼女を、家族と生き別れにさせ運命を捻じ曲げたのは召喚させたのは私の不徳です。どんな手を使ってでも帰還させたく思案しております」
「どんな手でもとな?」
「……はい」
「何を考えているかはだいたい想像つく……だが」ゼランの話をぶった切ってこう言った。「お前達人間の愚挙とはいえど感心しないな僕は」
「何とでも言ってください。我々人間には、少なくとも私にはこれしか選択肢はないのだ」
「仕方がないな。紙とペンを貸せ」
よくわからない会話をしながら、ゼランの小間使いが素早く用意した。
エイバイはその羊皮紙にさらさらと何やら魔法陣をかいたようだった。フリーハンドでよくもまああんなに細かい模様がかけるものだ。
「追跡魔法で魔導書のおおよその在り処を探そう」
「できますか!?」
「この世にあればな」
魔導書というのはある日突然この世から消えることがあるらしい。魔界に帰っているとも別な時空をさまよっているとも言われているが、真相は一切わからない。
『書』とはいえどもそれ自体が魔力を持っているという話で、私にはなんだかしっくりこない世界観であった。
エイバイは例によって自身の革袋からゼランの杖の宝石と同じくらいの大きな石をとりだした。薄い水色から濃い紫へとグラデーションしている美しい輝きはまるでグリセリンソープ。これはおそらく魔法石だろう。あの手荷物にはこんなものまで入っていたのか。
魔法陣の中心に魔法石を置き、むにゃむにゃと呪文を唱え始めた。ゼランやルゥバが使う祈りのような呪文ではなく、言葉としてもっと複雑で解読できないものだ。バングルの宝石が光り出す。
それに合わせて魔法陣がぼやぁっと光ると、魔石が映写機のように映像を映し出した。
「ふむ……あるようだな」
「ありますか!」
映像はなんだか解像度がとても粗く、森の中で人が動いているなぁという程度しか私にはわからなかったのだが、エイバイにはもっと踏み込んで見えるようだった。
「ダーホ国の西側の森、生い茂った畑と、高い塔のある家に住んでいる男が持っている」
すんげぇ具体的じゃん。
「もう少し具体的には分かりませんか」
これ以上!?
「一人で住んでいる様子だが」
「魔導書を手放す気があるかどうかとか、裕福そうかどうかなど……」
「裕福ではなさそうだが、生活に困っている様子もないな」
「年齢は?」
「かなり若そうだが……しかし人間の見た目年齢は僕にはよく分からないからな」
「よりによってダーホ国か……」
ただでさえ温和とはいえないゼランの顔だが、さらに厳しい表情を見せた。
「ゼラン様、行く気ですか!?」
控えていたイラールが声をあげる。
「何かまずいの?」
私の問にゼランは重たい口調で言った。
「ダーホ国とは現在停戦中で緊迫状態にある」
「あぁ……あの戦争していた国……」
ミゲルが負傷した戦争だ。
「先だっての王女様の婚儀だがな、あればリエッテ国よりも先にダーホ国から申し込みがあったのだ」
「えぇー……それは向こうも怒りますね……」
「しかし王族同士の婚姻となれば先着順ではなく国益を考えるのは当然だ。ダーホ国の国王は年も四十代後半で十代の我が王女様と釣り合わないし、何より有名な暗君で、実権は側付きの魔法士が統べていると情報が入っている。それならば第三王子であろうとリエッテ国の美丈夫で年も近い王子の方が王女様もお幸せだろうが」
あの戦争はそんな意味があったのか……
「しかし、ゼラン様ご本人が行くのは危険です。我が国の神官だとバレたら諜報活動だと思われる!」
「この件は私用であるがゆえに、私自身が行かねばならない」
「ヤルストの人間が潜入しているとバレれば、膠着状態が一気に崩れます!」
「だが他に任せるわけにはいかんのだ。魔導書が本物かどうかも神官の私にしかわからないからな」
「では我々騎士の中から数名が護衛を!」
「私用だと言っただろう。騎士の護衛は国費を使うことになるから駄目だ」
「そんな!」
律儀と言うよりも融通がきかないこの男。日本の政治家もこのくらい金にシビアだったら税金を支払う心持ちも違うのだがなぁ。
「それに暴漢や野盗の程度、私の魔法にかなうわけがない」
「万が一、捕らえられでもしたらどうするんですか!」
「そんなヘマなど、この私がするわけがない」
「あのー……差し出がましいですけど」緊迫した会話の中、私は手を上げた。「この国の人間だとバレなきゃいいと思うのですが」
「それはそうだが、その簡単なことが難しい。出身など見て分かるわけでは……」そこまで言ってゼランがハッとした。「まっまさか……!!」
そう。そのまさかです。




