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【完結】着物は異世界でも素晴らしい  作者: メリアリリー
着物女子のプロローグ
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私、着物が好き

 私は洋服のセンスがない。


 小学六年のことだった。

 成り行きで同クラのカースト上位の女の子たちから一緒に街で遊ぼうと誘われた。普段の私が絶対入らないメンツだ。

「みんなでおしゃれしてこようね!」

という合言葉を全員で唱えていたので、私もそれなりにクローゼットから服を並べてとっかえひっかえした。

 しかし当日に待ち合わせ場所でいの一番に聞かされた言葉は

「おしゃれしてこようって言ったじゃん……」


 そうか。私の最大限のおしゃれは、おしゃれじゃないのか。

 ちなみに詳しいコーディネートの明記は当時の私の名誉のために伏せさせていただくが、その日着用していたデニムジャケットは私の手持ちで最も高額の商品だった。


 もちろんそのグループから遊びのお誘いが来ることは二度となく、寂しいようなほっとしたような気持ちで小学校を卒業した。


 世の中にはがんばってもどうしようもないことは山のようにある。どうトレーニングしたってオリンピック選手にはなれないし、どう勉強してもノーベル物理学賞は取れないし、どう食生活を変えても九頭身モデルにはなれない。

 ファッションも同じなのだな。センスというのは持って生まれた才能があってこそ。ハンサム服とは一体何だ。エッジの効いた小物とは何者ぞ。

 少女時代に悟りを開き、ある意味では諦め、私はこのまま一生地味に生きていくのだと思っていた。



 中学一年にあがった頃、祖母が亡くなった。


 すると、形見分けと称して私の前にドサッと着物が山積みにされた。

 祖母は着付け講師をしていた上に、日常的にも常に着物を着ていて、私の時代にはなかなか珍しい『おばあちゃんらしいおばあちゃん』であった。

 着物……着物かぁ……どうしたものか。


 その瞬間、あるアイディアがひらめいた。

 着物を着れば、洋服を着なくてもすむんじゃない?


 祖母はゴリゴリの昭和の人間ででちょっとでも着物の基本から逸脱すると「なってへん!」と見知らぬ人にも文句をいう、俗に言う恐怖の着物警察だったからだ。大河ドラマにでさえ文句をつける様子に私は祖母を誇らしいよりも恥ずかしい気持ちで遠巻きに接していた。


 しかし祖母が亡くなった今なら?

 襦袢(じゅばん)ワンピース、ポリエステル着物、レース帯締(おびじ)め、ビジュウの帯留(おびど)め、髪にはボンネにミニハット。

 今や便利で安くてかわいいアイテムが山のようにある。ひょうたんや扇じゃなく、猫とか花とかリボンとかかわいいものでいっぱいにすることも可能なのだ!

 口うるさい祖母が亡くなった今なら令和の着物ファッションを楽しむ事ができる! 足りないものは作ればいい。


 着付けは祖母の仕草を見てなんとなく理解はしていたが自信はなかったので、無料動画で再勉強した。昨今、着付け講師の人が丁寧に解説したものが何本もアップされていてありがたい。


 ネットで調べると近所に着付け教室もあったのでそれも一瞬考えたけれど、別に着付け師になりたいわけではないし、そもそも授業料を払うくらいなら、かわいい小物を買うのにおこづかいは使いたい。自分一人で楽しみながら着たいだけだし、人に怒られながら教えられるよりも自分のペースで練習できる動画が合っていると判断した。

 土日や空き時間に何度も一時停止しながら何時間も着物も帯も練習した。


 おかげで着付けはもちろんのこと、自分の体型に合わせた自分だけの着方ができるようになった。体型は千差万別、ずっと人に教えてもらうだけではなくて自分自身を研究するのが一番綺麗に着付けられる。


 着物を始めてとにかく目から鱗だったのはコーディネートの簡単さである。

 派手色の着物に派手色な帯を合わせてもかっこいいし、柄着物に柄帯を合わせても問題ない。どちらも洋服でやった場合は悲劇だ。


 そしてなんと言っても特筆したいのは、流行に全く左右されないことだ。

 多少の羽織の長い短い、帯の結び方などはあれど、基本はそもそも数百年前の流行なのだ。

 去年のワンピースに一昨年のコートではもう型が古いと白けてしまう洋服とは、気楽加減は雲泥の差だ。


 街の洋服屋を覗く楽しみはなくなったけれど、元々センスが無いから何を買ったところで後悔ばかりだったであろうことは想像に容易く、私の生活に差し支えは全くない。

 着物はとてもおおらかだった。



 さすがに初めての外出の時は勇気がいったが、その一歩さえ踏み出せてしまえば、

「あら、素敵ねー」

「その年齢で珍しいわね!」

「わぁ! かわいい!」

 なんという称賛! なんという注目度!

 日本人が日本の民族衣装を日本で着ているだけなのに羨望の眼差しを一身に受けているのがわかる。ちなみに洋服を着ていて通行人に褒められたことは一度もない。


 幸運にも祖母の様に直接注意してくる失礼な輩は案外おらず、私は生まれて初めて自分のファッションに自信を持って堂々と街を歩いた。卑屈な気持ちが消えなんという清々しさと誇らしさ。まるで芸能人にでもなったような! 世のおしゃれマスターはいつもこんな楽しさを味わっていたのか。

 

 だから改めて思う。

 私、着物が好き。

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