「突然ですが、女神さまに感謝したい」
なぜかストックにあったこの話を投稿し忘れていました……
どうして今日まで気づかなかったんだ……orz
「お久しぶりですね。今はレオさん、でしたか?」
どこもかしこも真っ白な空間で、女神様の存在だけが鮮やかな彩りとして映えていた。
転生の時とは異なり、女神さまは夜の海のようなダークブルーのワンピースドレスに身を包んでいた。彼女の金色の髪と四枚の白い翼との組み合わせが、まるで夜の水平線を思い起こさせる美しさだった。
「お久しぶりです。その、なんていうか……今まで忘れてて申し訳ありませんでした」
素直に謝って頭を下げた。
確か転生する際、女神さまと交信するための加護も授かっていたはずだが、完全に頭から抜け落ちていた。
経緯はどうあれ、転生させてくれた相手に日頃の感謝もしないのはまずかった。
だが女神さまは、そんな俺を見てケラケラと笑った。
「いえいえ。転生したばかりの人にそこまで求めませんよ。というかですね、他の転生者さんなんて前世を活かして神童だなんだと持て囃されて調子に乗ってましたから。私を思い出した転生者なんて、今回のレオさんが初ですよ」
それはそれでどうなんだ?
俺と同じタイミングってことは、ほとんどが日本人だろ。
無神論者は多いと思うが、目の前に現れた神様くらいは敬っておくべきじゃないか?
「お祈りを捧げてくれれば、このように夢を介してですがお話ができます。そちらから話しかけることはできませんけどね」
「あのやり方でよかったんですか? もっとちゃんとした作法とか」
「ぶっちゃけますけど、意味ないですよ? 本や教会で広めている作法って、「私がこうしたから神託を得られました。だから皆さんこうしなさい」と言っているだけなので。私たちの方から、「こうしてくれたら神託を得られるよ」と教えたわけじゃないです」
女神さまは「もちろん、ちゃんとした作法が必要な場合もありますよ。お祈りだけが別です」と言った。
「それならいいんですが……俺、名前も知らずに祈ってましたよ?」
「あー……そういえば私、名乗っていませんでしたね」
「転生を司る女神と言ってましたが、それっぽい神様もいませんでしたし」
強いて挙げると『女神 リゼット』が生と死を司る女神だったが、伝えられている外見や特徴はこの女神さまとは似ても似つかない。
髪の色は闇のように深いダークブラウンで、瞳はエメラルドとガーネットの二つの宝石を嵌め込んだかのように美しいオッドアイ。翼の数も最上位の神格であるため八枚翼。
改めて観察してみると、まったく共通点がない。
「仕方ないです、私はマイナーな神様ですから」
「マイナー……?」
「実はですね、アレスガルドに伝わっている神様の情報って、結構正確なんですよ。直接会ってますから」
「会ってる……ていうのは、神様と?」
「そうです。どのくらい昔か忘れましたけど、神託は直接賜るしかないと頭のブッ飛んだ大神官がそんなことを言いだしまして」
この女神さま結構、口悪いな。
「『異界渡り』という大儀式を作り上げて、多くの信者を神界に送り込もうとしたんですよ。文字通り、聖地巡りをしに」
「…………つまり、神様たちのいる神聖な場所に突撃インタビューを決行したと」
「他の信者さんたちはそこまで悪くないので、一人につき一柱が対応して現世に送り返したんですけどね。一歩間違えば集団自殺もんでしたよ! なので当然、そんなこと言いだした大神官様だけ罰を受けてもらいましたが」
その時の情報があるから、神様がより身近なものに感じられたことで信仰心が失われていないんだ。
全部が全部、悪いことではなかったと思う。やったことは非常に過激だが。
「でも、じゃあなんで女神さまの記述はないんですか?」
「私だけじゃないですよ? 集団観光事件以降に生まれる神だって当然います。私はその一柱です」
そうなのか? それにしては、やけに実感がこもった感想だったが……。
「あ、一応言っておきますがそのことは現世の人たちもちゃんと知っています。だから未発見の神様から神託を授かれた人は、その情報を正確に教会に伝えると多額の報奨金が得られますよ」
女神さまは「たれ込んでみます?」と可愛らしく首を傾げた。
扱いが完全にUMAなんだが、神様的にそれでいいのか。
「ちなみにですね、おそらくアレスガルドの人たちは私の神託は受けられません」
「どういうことですか?」
「私が今回のようなケース以外で姿を現す時は、転生する時だけです。異世界からの転生者には当然として、この世界の人が転生するということは……」
既に命が終わり、新しい人生を始める時、すなわち輪廻転生のタイミング。前世を忘れて来世を迎える時。
だからどこにも、誰にも、彼女の情報を残すことができない。
勇者召喚や俺のようにイレギュラーな事態で記憶が残っていない限り、転生を司る女神を覚えていることはできないわけだ。
「ですので、正直に言うとマイナーを通り越して認知すらされていないんじゃないでしょうか? 転生者も勇者召喚くらいじゃないといませんし、その勇者さんたちも何かしらの使命を与えられてますからね。戦いのためにギフト欲しさで別の神様を信仰してしまいますし」
「それは……なんというか、寂しくはないんですか?」
「――――あら。あらあらあら?」
なぜか、女神さまはニマニマと笑みを浮かべ始めた。
俺はそんなに変なことを言ったか?
「心配してくれてるんですか? 私を? 四年前はあんなにふてぶてしかったのに」
初対面の時を言ってるのか。
あれは腹が立っていたからと、半ばやけっぱちだったからこその強気だ。
誰彼構わず無愛想に振舞う気はないし、世話になった事実と忘れていた後ろめたさから、いつもより丁寧な対応を心がけている。いるんだが……。
「もっと雑に扱われたいんですか? だったらそうするが」
ジーッと胡乱げに女神さまを見据える。
うっと彼女は胸を抑え、「わ、私の黒歴史が!」と苦悶に満ちた表情を浮かべた。
どうやら四年前の転生事故は、女神さまにとって忘れられない失態だったらしい。
「ふ、フランクなのはいいですが、雑に扱うのはちょっと……」
「わかりました。時と場合で使い分けますね。ところで」
今度は違う意味で、女神さまの全身像を見据えた。
この世のものとは思えない美貌。雅な刺繍と美しい光沢を放つドレス。空をゆくどんな鳥よりも綺麗な翼。黄金の如き輝きを持つブロンドの髪と、エメラルドに匹敵する鮮やかな瞳。どれだけの本を読んでも、彼女の持つ容貌を記述した本はなかった。
それはつまり――――俺はまだ、彼女の名前を知らないということだ。
「俺は女神さまのことを、何と呼べばいいんですか?」
「ああ! そういえばそうでした。いつまでも女神さまでは、他の女神と紛らわしいことになりますね」
女神さまは胸の下で腕組みして、う~んと悩みだした。
標準よりもはるかに大きく豊かな胸が、ドレスからこぼれ落ちないかハラハラする。思わず凝視しそうになり、慌てて目を背けた。
ところで、なんで自分の名前を言うのに、そこまで考え込む必要があるんだ。
「……『マイナ』、なんてどうです? 転生を司る女神『マイナ』様で!」
「なんで今考えたような聞き方をするんです?」
「て、転生の女神として名乗るのが久しぶりだったんです! とりあえず、今から私は『マイナ』です!」
「……わかりました、マイナ様」
「さて、それではここからが本題です」
名前を聞いて満足したが、そういえば女神さま……マイナ様から要件がないと会う機会は得られないんだ。
それはつまり、彼女の方から何か話があるということ。
一体どんな話だろう。四年振りに出会った彼女に、俺は気を引き締めて向き合った。
「奥様に伝言は伝わりましたよ」
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ああ。」
絞り出した言葉と同時に、腰が抜けた。
情けなくその場に座り込み、とてもではないが立ち上がれそうにない。
もう、無理だと思っていた。
死んだ人間が生きている人間に関わるのは、あってはいけないし、ありえないことだと。
それでも、何か一つくらい遺して逝きたかった。
遺して逝ったという事実がほしかった。
ただの気休め、あるいは自己満足。
そんなことに女神さまと妻を巻き込んだことに、転生した直後の俺は気づいてしまった。
ひどい自己嫌悪で涙が止まらなかった。
夜泣きの原因の八割は、罪悪感のせいで情緒不安定になり、夢見が悪かったからだ。
だっていうのに、マイナ様はやってくれたのか?
イレギュラーな転生者が口にした、どうせ叶うことがないと思った願いを、成就させてくれたのか?
「妻は……あいつは、どうなりましたか?」
「貴方が亡くなってからはすごく憔悴していましたが、夢枕に立ったことと支えとなる存在が現れたことで、なんとか持ち直しましたよ。貴方の三回忌が終わってから良い仲の人が見つかったようですし、七回忌が終わってしばらくすれば、良い報告をしてくれると思いますよ」
「――――――――――――そうかっ」
何度も何度も深呼吸を繰り返し、そうして絞り出した声は震えていた。
悲しくて、悔しくて、涙が出てくる。でも前向きに生きてくれていることが嬉しくて、喜ばしくて、いろんな気持ちがごちゃごちゃになって整理しきれず、とめどなく溢れてくる。
俺よりも年下で、まだ三十になっていない妻だったが、女として新しい幸せを掴もうとしてくれている。
素直にそれを祝福できない自分が、ひどく惨めだった。
生涯を寄り添って歩けなかった自分が、とても不甲斐なさ過ぎた。
四年間もの間、諦めて忘れようとしていた自分に、そう思う資格なんてないと罵倒したかった。
だが、もう俺にそんな資格はない。
今の俺はアレスガルドのレオなのだ。
別人として転生してしまった自分に、彼女の未来に暗い感情を向ける資格なんて、あるはずがない。
「…………ずいぶん、頭の中がぐちゃぐちゃになってますね」
「っ、さすが女神さま……人の考え、わかるんでしたね」
あまりにも醜悪な自分を見られたくなくて、涙と自嘲の笑みで歪んが顔を隠すように、両手で覆った。
妻の顔も、声も、思い出もまだ俺の中に残っていた。
少しずつモヤがかかり、セピア色に染まり、色褪せていっているが、大切な宝物だ。
それが別の誰かのところに行ってしまう。
俺を忘れて別の誰かと幸せを築いてしまう。
願っていたはずなのに、その現実を知って恨みそうになる自分がいて、思わず殴りたくなった。
「ふむ……どうやら、ひとつ勘違いをしているようですね」
「勘、違い……?」
「レオさんは、奥様が憔悴していた頃に助けてくれた人と、良き仲になって嫉妬しているのですよね?」
ズバリ切り込まれ、言葉に詰まった。
ああ、まさにその通りだ。
辛い時にこそ傍にいてくれた、今なお妻を幸せにしてくれるような男。むしろ祝福し、あとを託すべき相手なのに。
「それ、違ってますよ?」
「何が、違うって言うんだ」
「憔悴した奥さんを救ったのは、その男性じゃないです」
「は? じゃあ、誰が」
「貴方のお子さんです」
「葬儀が終わってからしばらくして、親族の方が憔悴した奥様を病院で療養させようとしたところ、妊娠二ヶ月だったそうです。奥様は、貴方のお子さんが宿っていたから生きる気力を取り戻したんですよ」
「ご両親方のサポートもありましたが、シングルマザーとして頑張っているそうですよ? 今年で四歳になる男の子です」
「今、仲の良い男性の方は三回忌のあと仕事場で出会ったみたいですね。真剣なお付き合いする一歩手前といったところですが、息子さんとも仲が良好なようで、そこが決め手となったようですね」
子供が、いる。
何も遺せないと思った俺が、妻に残せた唯一の存在。
大事にしてくれているのか。妻も、その男も……。
彼女は俺を忘れずに、昔の幸せと今の幸せを噛み締めることができるのか。
「それは――――――ああ、とても羨ましいな」
「ひねくれてますねえ」
頭の中は、真っ白だった。
グチャグチャになった悩みは綺麗に流れさり、残ったのはそんな感想一つ。
ただ、暗い気持ちなんかじゃない。
祝福であり、羨望であり、俺も新しい幸せを掴んでもいいんだと、背中を押された気分だった。
『私はもう大丈夫だから。貴方もちゃんと前を向いて』
そんな声が、聞こえた気がした。
少しだけ歳をとった妻と、知らない小さな子供が、遺影の前で合掌している光景が、見えた気がした。
いつも不幸な目に遭い、気分が沈んで背中を丸くして帰ってきた俺に、彼女はよくそう言ってくれた。
前を向いて、と。辛い時こそ前を向かないと、これからやってくる幸せを見逃してしまうから、と。
(――――――そうだな。俺もちゃんと、新しい幸せを見つけないとな)
すべてを割り切れたわけじゃない。
ただ、それでも俺の心に晴れ間が見えた。
無意識の底に刺さった深いトゲが抜けてくれたような、痛くて苦しいのに穏やかな気持ちだった。
「……ありがとうございます、マイナ様」
「いえいえ。こう見えても神様ですよ? お願いの一つくらいは叶えてみせますとも」
得意げに豊満な胸を張る、見た目よりも子供っぽい転生の女神さま。
しかしこの時、俺は……いや、もしかするとマイナ様自身も勘づくことはできなかったのかもしれない。
転生の女神という存在が、俺の人生に大きな影響を与えてしまうことに。