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隠しキャラな担任

 軽くなった財布の重さを元に戻そうと、オレは足繁くダンジョンに通った。

 おかげでランクはDにあがり、知力も二桁になった。これで優秀な人材が集まるというこの学園の生徒としての体面は保たれたはず。


 ひょんなことから知り合いになった公爵令嬢の口添えで王侯貴族の子弟で構成されているAクラスになったオレは、いろんな意味で悪目立ちしていた。

 希少な闇属性。

 授業中であっても外さないサングラス。

 常に下を向いて目を合わせずに会話をするマナーの悪さ。

 そしておそらく、マナーのなっていない平民の学生でありながら、何故か王子の婚約者である公爵令嬢に気にかけられていることへの嫉妬。

 不信感と不快感を煮詰めたようなクラスメイトの視線を感じながらの学園生活。

 成り上がって見返すストーリーの序盤の演出としては王道だろうが、我が身に降りかかるとなると洒落にならない。最悪だ。


 さて、そんな最悪な気分のオレは現在宙を舞っていた。

 階段を下りきる寸前で足をとられたのだ。

 転倒を覚悟して目を瞑ったオレは、しかし予想外の感触を頬に受けて目を見開いた。


 上質なシルクの滑らかな肌触り。

 ふかふかと柔らかく、心地よい弾力。

 えもいわれぬ優しい甘い香り。

 これは、なんというか……

「あ、ありがとうございます」

 無意識にオレはカトリーヌ嬢の胸に向かって礼を言っていた。

 (いや、そうじゃないだろ。セクハラだぞ、それ)

「ええ、怪我はないかしら、柚月」

 会話が成立した奇跡に秘かに神に感謝するオレをよそに、カトリーヌは険しい表情をつくった。


「それにしても残念ね。この名誉あるファルサ学園の生徒が、こんなくだらない事をするなんて」

 カトリーヌの視線を追うと、栗色の髪の小柄な少女が青い顔をして震えていた。

「ち、ちがうんです。わ、わたし、その、そんな……つもり、じゃ……」

「それならどういうつもりで、柚月に足を引っ掛けたのかしら」

 (なるほど、さっきオレが躓いたのはあのこの足か)

 (しっかしこんなハムスターみたいな女の子がね……女子って怖いな)

「そ、それは……」

「見間違いではないのかしら?」

 金髪碧眼の見事なまでの長い縦巻きロールを揺らしながら、気品のある少女が人混みの中から出てきた。

「アデリーナ様、それはどういった意味でしょうか」

「そのままの意味ですわ」

 アデリーナ嬢はふぁさっと縦巻きロールをはらうと、そのささやかな胸を張った。

「この気の弱そうなご令嬢に、カトリーヌ様のおっしゃるような大それた真似ができるようには見えませんわ」

 (まあ、確かに)

「だいたい、最近のカトリーヌ様はどうかしていらしてよ!貴女はいずれ王族の一員となられるのです。それですのに、公平であらねばならないお立場でありながら、その平民の生徒に対する贔屓が過ぎますわ!」

「贔屓ではありません。柚月には特殊な事情があって我々Aクラスで保護する必要があると、ゼイ先生に説明を受けたでしょう」

 

 ゼイ先生、Aクラスの担任で銀髪の死んだ魚のような目をしたおっさんだ。

 その正体はとあるルートをクリアすると攻略可能となる隠しキャラだ。

 普段はだるそうにしていて口癖は『めんどくせぇ』だが、高位の魔術師で柚月のスキルに興味を持って近付いてくる。実は王弟であるが普段は名前を変えて教師をしている等、いろいろ設定が多い。

 このルートを選ぶと終盤で王子がヒロインを庇って死亡する。そして王子の最後の願いを聞き届け、苦悩しながらも即位する、というご都合主義なストーリーが用意されている。


 まあ、それはさておき……


「特殊な事情とおっしゃいますが、それこそ眉唾ですわ!事情があるにせよ、柚月様はAクラスの生徒でありながらマナーを身に着ける努力をする様子さえ見受けられません。私、相手の目を見て会話の出来ない方は信用できませんの」

「ですから、柚月はその特殊な事情のせいで俯いているのです!」

 (なんだかヒートアップしてきた)

「はいはいはい、そこまで~」

 場違いに間延びした声でストレートの長い髪で顔の半分が隠れた白衣の男が割って入った。

 我らがAクラス担任ゼイ先生だ。

 何故か黒髪の女生徒の肩を抱き引きずるように歩いている。

 (これはちょっとした案件だな)

「ああ、俺の説明が悪かったみたいだから、ちょっと体験してみようか~」

 ろくでなしの担任はオレに目配せをすると顎をしゃくった。

 (最低だコイツ)

 (誤解解く振りしてるがオレのスキルが見たいだけだろ……)


 いつの間にか人だかりが出来ていた。どよどよとした喧騒と共に刺さる視線が痛い。

 (このおっさんの言いなりになるのは腹立たしいが、そろそろ事態を収拾しないとな)

 オレはため息をつくと足を踏み出した。

 アデリーナの前に立つと徐にサングラスを外す。

 そして、じっとアデリーナの瞳を覗き込んだ。

「ちょっ、いきなり、何を……」

 緑がかった美しい青の、切れ長の目。

 困惑気味に瞳がゆれ、白い頬が上気している。

「あの、その、……な、なんて、なんて可愛らしいのでしょう!」

 腕をぱっと広げて抱きついてこようとするアデリーナをかわして下がると、サングラスをかけカトリーヌの後ろで下を向く。

 (うわ、ヤバかった)

 

「まあ、お待ちになってくださいな」

 なおも追いすがろうとするアデリーナの肩を、ポンッとゼイ先生が叩く。

「はい、そこまで~」

 我に返ったアデリーナ嬢は気の毒なほど動揺して青ざめている。

「こんな感じでスキルの影響はすぐに抜けるからな~。柚月は皆に配慮して下見てんだから、無理に目を見ようとしたらダメだぞ~」

 ゼイ先生は何故か空いてるほうの腕でさっきの小柄な女子生徒の肩を抱くと、両手に花の状態で悠々と歩き去った。

「はい、解散。かいさ~ん」

 (やはり通報するべきか……)


 余談だが、二人の女子生徒はこの後地方の学園に転校したらしい。


 さらに余談だが、この騒動の後オレとカトリーヌはアデリーナにしつこくランチと茶会に誘われることになる。


 (ホントに魅了の効果、抜けてるか?)



 

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