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理想?と現実

 学園の中庭には花壇があり、貴族の令嬢達が美しい花々を愛でながらお茶を楽しんでいる。

 薔薇の生垣の奥にひっそりとあるベンチは貴女のお気に入りで、お昼休みはよくここで読書をしていた。

 しかし、今日はそんな落ち着いた時間を過ごすことは難しそうだ。


「貴女、少しよろしいかしら?」

 (こういう場合、少しもよろしくない……んだが、逃げれないんだよな)


 鮮やかな赤い巻き毛にきつい緑色の瞳の令嬢が、貴女を睨みつけている。

 彼女の後ろには貴族の令嬢と思われる少女達が付き従っている。


「貴女でしょう?最近ユリウス殿下にご迷惑をおかけしているのは」

『そんなっ、私、ご迷惑をおかけするなんて……』

「では、何故殿下に付き纏って下着を露出したり、身体を押し付けたりなさっているの?」

 (ひどい言われようだな)

『違いますっ!あれは事故なんです!わざとじゃありませんっ』

 (うんうん、わざとやってたら犯罪だよな)

「そうなのですか、ならばご自身の立ち居振る舞いにしっかりと気を配るようになさい。

 貴女の行いはこの学園の品位を汚すものだと、そろそろ理解していただきたいものだわ」


 令嬢たちは貴女を睨みつけると、静かにその場を立ち去った。

 『わざとじゃないんです』と、貴女は力なく呟いた。

 けれど、その声を聞くものは……誰もいなかった。


 (今にして思えば、いや、今にしてでもないけど……このイベントって婚約者と仲良くなった主人公への牽制、じゃなくて、変質者への警告、だよな……)


 (確かに王子ルートの序盤って、躓いて王子の前でパンツ丸出しになること数回、すべって抱きつくこと数回──あらぬところへダイブしたことさえある……と、ひどいイベントが多い)


 (どう考えても事故っていうには無理がある)

 (そんな風に思っていたこともありました)

 (固有スキル『ヒロイン』の存在を知るまでは)


 (スマン主人公。オレ、本気でお前のこと、痴女だと思ってたわ)



 (これが本来の入学して二ヵ月後に起こる王子の婚約者、カトリーヌとの初邂逅イベントである)

 (そう、入学式直後の今、会うはずのないキャラクターなのだ)

 (シナリオとは多少違うけど、今後の為にもシナリオにそって進みたいんだよな)



「あ、あのっ、あれは、事故なんです!」

 オレの突然の告白にカトリーヌはそのエメラルドの瞳を驚いたようにまん丸に見開いた。

「あ、当たり前でしょう!

 あんなこと、狙って出来るわけないのだし、仮に出来たとしても、その……風魔法の才能が素晴らしいということでしょう?」


 (いい人だ。そして動揺させてスマン。フォローが変な方いってる)


「あ、いえ、私の属性は風ではなくて……」

 いいよどんだオレに何を思ったのか、カトリーヌが慌てたように話しかけてきた。

「その、突然こんなところに連れてきてしまってごめんなさい。

 びっくりしたでしょう?

 けれど、その、こういうときは同性の私のほうがいいと思って……」

 形のいい眉を八の字にしたカトリーヌが、白いハンカチを差し出してきた。

「気にしないでといっても難しいでしょうが、貴女は何も悪くないの。

 大丈夫、何も心配いらないわ」


 (ああ、本当にいい人だ)

 (悪役令嬢なんてカテゴリーに入れててごめん)


 (……言い訳してもいいか?)


 (いきなりこんな世界に転生?させられて、ホント、わけわかんなくて、不安で)

 (つまり、自分で思ってたよりも限界ぽかったらしくて)

 (そんな時に親身になってくれる人がいたものだから……)


 (まあ、なんていうか、気が付いたら号泣しながら自分の属性やらスキルやら運営の黒服への罵倒やらを全部、ぶちまけていた……)


「なんて、なんて危険なスキルなの」

 カトリーヌの小さな呟きを耳にしたオレは、ようやく自らの失策に気が付いた。

 (ヤバイ、完全に危険人物認定された!)

「目が合った人物を誘惑したり、強制的にハニートラップを引き起こすスキルを所持しているなんて!」

 (スパイに仕立てられるのか、このまま捕まって投獄されるのか……)

 逃走ルートを探して視線をさまよわせるオレの肩を、カトリーヌがガシッと掴む。

「そんなの……」

 (逃げ道は……無いのか?)

「そんなの乙女の危機じゃない!」

 (……はい?)


「貴女、このことを誰かに相談したことはあるかしら?」

 真剣な顔のカトリーヌの迫力に押されて、首をぶんぶんと横に振る。

「そう、いずれ対策を立てるにしても、当面、どうにかしてしのぐ必要があるわね」

 きりりとした表情をした彼女はオレの手をぐっと握り締めると、

「安心なさい。私が何とかいたしますわ!さあ、ついておいでなさい」

 そういって、力強く歩き出した。



「柚月ちゃん、いらっしゃい。早速来てくれたんだね。それにカトリーヌ嬢も。今日はまた一段とお美し……

「そういうのはいいわ。それよりも、こういったものはあるかしら?」

「はい、少々お待ちを……」

 口上を遮られたアーサーが奥へと引っ込んでいく。

 そう、オレ達がやって来たのはこれからお馴染みになる学園の購買だ。

 当たり前のようにいたアーサーがカトリーヌのメモを見ながら、なにやら探している。


「こちらでよろしいでしょうか?」

「ええ、結構よ。さあ、柚月、身に着けてごらんなさい」

 (なるほど、『誘惑』対策か……)

 (確かにこれなら目が合いにくいし、スカートが捲れてもパンツが見えることは無い)

 (けど、これ、学生としてはどうなんだろ?)

 (オレのこの見た目じゃあ、不審者感が凄くないか?)


 柚月は『サングラス』を手に入れた。

 柚月は『サングラス』を身に着けた。

 柚月は『レギンス』を手に入れた。

 柚月は『レギンス』を身に着けた。


 柚月の『魅力』が上がった。

 (へ、ウソだろ?)


 柚月の『財布』が軽くなった。

 (余計なお世話だ。というか、やっぱりオレが払うのな)


 チャリンとお馴染みの効果音が、空しく響いた。




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