謳歌
その烏にはずっと探している存在がいる。
人、と言っていいのかどうかは分からない。大まかな姿形は似ているが、この大陸で最も幅を利かせている種族でないのは確かだ。
二度も己を助けてくれた存在。
どちらも精霊に示唆されるまでそうとは知らなかった、手助けするだけして、まるで影を残さずに何処かへ行ってしまった存在。
大陸のそこかしこに極たまに現れるらしいが、烏は未だ再会(と言っても烏側は一度も対面していない)が出来ず、礼の一つも言えないでいる。
烏は辜負族による二度の魔法的干渉の影響か、生物としての階位を上げ、魔獣となっていた。
但し、見た目は全く変わっていない。
寿命が飛躍的に伸び、魔力が格段に増え、魔法的能力を得て、ただの烏であった時には出来なかったことが幾つも可能になった。
知能の向上は当人には良く分からない。
ただ、己を助けてくれた存在に礼をしたいと明確に意識するようになった。
その知能で精霊や禁域に相手の居場所も聞いてみたが、教えては貰えなかった。
ただ、烏では行くことの出来ない場所で暮らしている、そこは魔獣となった今でも辿り着けない場所だ、と言うばかり。
礼をするなら、相手がこの大陸に来た時を狙うしかない。
――――それが難しいからこその問いであったのに、上位存在達はただ微笑ましく笑うか揶揄うように笑うか無責任に囃し立てて笑うか。
彼らに悪意がないのは分かっている。そういう存在なのだ。
何度も問いを繰り返してから、そう己を慰めて、彼らの助力は諦めた。
いや、彼らにもどうしようもないことを望んだ己の誤りに気付いた。
居場所へ行けないものはどうしようもない。
こちらに現れた時に知らせて貰ったところで、相手のいる場所へ、相手がいる内に辿り着ける手段がなければどうしようもない。
烏にあるのは、ただの烏であった頃から持っている、二枚の翼だけだ。
その飛行速度は、魔獣となったことで以前とは比較にならない速さを得たが、それでも例えば大陸の端から端へ一瞬で行けはしない。
相手が大陸に現れた時、烏の為に、烏が辿り着くまで待っていて貰うのは何か違う気がした。礼をしようという側に相手を合わせさせてどうする。
それを分かっているのだろう、精霊も禁域も便宜を図るとは決して言わず、烏もそれを願うことは一度も口にしていない。
今はもう、探してはいるけれど、運任せ。
焦ってもしょうがない。がむしゃらになってもしょうがない。
相手がいつまで生きられるか分からないのが難ではあるが、それは上位存在にも分からないらしく、ならば考えてもしょうがない。
ただ、少なくとも烏には幾らでも時間がある。
幅を利かす連中にさえ注意していれば、いつかきっと会えるだろう。
探すことは止めない。
折角取り戻した自由な生を謳歌しながら探し続ける。
それが楽しい。
覚書
かつて隷従を強いていた魔術師の付けた名前は、魔獣化した時点で自己認識からは外れている。