ルァダニア世界砂漠伝説
これはまだ世界に端が存在した頃。
見渡す限りの砂塵、砂漠、砂煙。
その砂漠の世界にひとつ落ちた大きなオアシスの国。サトウキビと酒、舞踊だけが取り柄の国でしたが人々は幸せに暮らしていました。
そんな砂漠のオアシスの国に体が夢でできている悪魔フォリーと嘘を食べる悪魔リアドがいました。
フォリーは国の東側で人々に夢を見せて遊び、リアドは国の西で人々に法螺を吹いて回っていました。
国の人々は面妖な術を使う2人のことを悪魔と呼びましたが、決して嫌っているわけではありませんでした。
悪戯好きな子供として娯楽の少ない国の中では大変面白がられ、何か起こすたびに国の民草や国王は半分楽しみながら解決していたのです。
そんな平和が続いたある時、2人は中央都市にて出会いました。
彼らは初めて見る同じ悪魔に興味が湧き、月の出る夜ごと雲の上で幾度も語り合いました。
これまでしてきた悪戯、みてきた珍しいもの、時には嘘や幻を織り交ぜながらもお互いそれを受け入れ歓迎しました。
意気投合した彼ら2人はいつもの悪戯も2人でやることに決めました。
力のある悪戯悪魔が2人、彼らにとっての悪戯は王国の暗雲でした。
悪魔の力で夢と嘘の交じり合った国は大混乱。
虹色の孔雀、永遠に沸き続ける金の温泉、オーケストラを演奏する天使楽団、ピンクの巨大象が空から見下してくる、まさに夢のようで、嘘のようでした。
彼らの幻の術は国中を巻き込んで、人々を混乱させました。ただ、人々はそれらの面白おかしい幻想を楽しみ、2人に感謝しました。
いつもの悪戯の規模が少し大きくなっただけだと思っていた国民たちは笑って2人を許し、飯を作って捧げました。
これに気を許した2人は羽目を外して遊び倒しまったのです。
最初の頃は人々も許していましたが、徐々にその幻は凶悪さを見せて行き、死んだものの幽霊や竜、頭が二つ目が三つの化け物をかたどりました。
今度こそ本当の意味で国は恐怖し、彼らと彼らの作り出す幻を敵と見做しました。
幻と分かっていても、人々はそれを打ち消すことができませんでした。なぜなら、フォリーが人々の悪夢を見て、それをそのままリアドが再現していたため、人々は己が無意識に一番恐怖しているものを相手取ることになったからです。
この己が一番恐れるものが出る幻を倒せたのは王宮から悪魔を退治するよう命ぜられた3人の勇者でした。
1人目の勇者は王宮に仕える魔術師と呼ばれた男でした。
彼が一番恐怖していたのは死。
幻は彼の名前が彫られた墓になりました。
魔術師は己の死の具現化に大いに恐怖し、進むことを何度も諦めかけましたが、不老不死の秘薬を作り死を克服しました。
2人目の勇者は貧民街で育った暗殺者でした。
彼が一番恐怖していたのは自分。
幻は彼そのものになりました。
暗殺者は自分の行いを悔い、自分という負の存在を嫌って、自ら自分の皮膚を剥ぎ脱ぎ捨て、名前を捨て、誰でもない人物になり、自分を棄てました。
3人目の勇者は国一番の物語師でした。
彼が一番恐怖していたのは想像力の枯渇。
幻は彼の目の前では消え去りました。
人々の想像でできた幻は物語師の恐怖と完全に相反する存在だったために消えるしかなかったのです。
幻を打ち倒した3人は破幻の加護を手に入れ、街に蔓延る幻と恐怖の幻に打ち勝てるようになったのです。
悪魔は月の出る夜に雲の上で語らうために、勇者一行は雲の上に行かねばなりませんでした。
そこで魔術師は空を飛べる砂の竜を魔法で作ることにしました。
魔術師が砂龍を作り上げ、3人が砂龍の背に乗ると、竜は雲の上まで一気に飛んで行きました。
魔術師達が悪魔を討伐しようと空を舞っていた頃、悪魔たちはお茶を飲み、国中から盗んできたお菓子を食べて自堕落に過ごす日々を送っていたのでした。
そんな彼らは雲の下から現れる竜の存在に気づくことはできず、悪魔の片割れであるリアドは突然現れた砂の竜に頭を喰われ喰い殺されてしまいます。
フォリーは突然のことに悲しむ暇もなく、リアドの亡骸に別れを告げることができぬまま、涙をこぼして三勇者から逃げることとなりました。
勇者一行はこれを見て、死した悪魔リアドの亡骸を砂の竜に食わせてひとかけらも残さずに弔ったのでした。
その夜が明けた次の朝、すべての幻は消え去り国の人々にまた平穏が戻ったのです。
3人の勇者は悪魔リアドを打ち倒したということで、恐怖の幻が消えた祝いに国中が歓喜し、三日三晩続く大宴会を開きました。
太鼓が鳴り響き、舞踊家達が全員集まって踊り、村人達は必ず片手に酒の入った杯を持ちました。
悪魔フォリーは天からこれを見て大いに憤怒し、血の涙を宴会の中心である王宮に零したのでした。
これにより、王宮は血の呪いにかかり、王宮にいたもの達は全て熱病にうなされることになりました。
王宮にいた3勇者のうち、魔術師は秘薬のおかげで、暗殺者は脱ぎ捨てた皮膚の代わりに呪い除けの刺青を施した人皮服を着ていたおかげで助かりましたが、物語師は体が元から弱かったためそのまま死んでしまいます。
悪魔フォリーは王宮で死んだもの達の魂と物語師の魂を喰らうと、巨大な黒い蜘蛛となり、太陽を覆い隠し、国に熱病を流行らせました。
ひとときの平安から絶望に叩き落とされた国の変わりようと物語師の死を大きく嘆いた魔術師と暗殺者は、どうにかして巨大な蜘蛛となったフォリーを倒すべく、幻魔を封印する剣を作ることにしました。
まずは国一番の鍛冶屋に行くとありったけの鉄と石炭を譲ってもらい、その次に王宮地下の遺体安置所に行き、物語師の死体を掘り起こすと、月桂樹と茨で満たされた棺に入れます。
そして最後に溶けた鉄を物語師の死体が入った棺に注ぎ込み、蓋をしました。
魔術師と暗殺者は全ての禁術、呪術、魔術を使って棺の中の鉄を物語師の魂に共鳴する幻魔封印の剣に変成させることに成功したのでした。
そうして生まれた幻魔封印の剣はメルヒェーンと名付けられました。
メルヒェーンには奪われた物語師の魂のかわりにその器と彼が作った何百という物語が込められており、人を不幸にする魔を打ち消すことができたのです。
暗殺者はメルヒェーンを持って魔術師の作った砂龍と共に巨大蜘蛛の悪魔フォリーを倒そうと太陽に向かいました。
しかし、彼の着ていた人皮服が不味かったのです。
彼の人皮服には呪い除けの刺青が施されていましたが、それの素材となった剥ぎ取った人間の皮には彼によって殺された人の怨念が込められていたため、メルヒェーンはこれを魔と見做し、打ち消してしまいます。
呪い除けの効果が跳ねられたことにより、暗殺者は直にフォリーの憤怒の呪いに当てられ、全身が沸騰しながら絶命してしまいます。
魔術師は暗殺者がどこに落ちたかを特定して丁重に弔うことができましたが、落ちたメルヒェーンは真っ二つに折れてしまっていたのでした。
魔術師は折れたメルヒェーンを持ち帰ると、神に祈りの言葉を捧げ、暗殺者の魂を注ぐことで再び剣として再起させます。
これにより、暗殺者の誰でもないという特性と人殺しの穢れを受けてしまったメルヒェーンは人殺しの穢れを祓える選定されし聖人にしか扱うことができない代物になってしまいました。
剣の才がない魔術師にこのメルヒェーンが扱えるわけもなく、困り果てた魔術師はメルヒェーンに見合った穢れなきものを映す鏡を作るために左腕を捧げました。
鏡が写したのは大病の風が吹き荒れる街をただ1人ぼろきれを纏って、人々に向けて祈祷する1人の青年でした。
その青年がひとたび祈り微笑むと、苦しんでいた人たちの魂は解放され、天に向かって飛んで行きました。
その様子を見た魔術師は怪しさと危険を感じましたが背に腹は変えられまいと決心し、その青年に会うことを決意しました。
魔術師がその青年と会い、ことの顛末を見ていたことを告げ、
「あなたは何者なのですか?」
と、尋ねると青年は困惑する様子もなく言います。
「私はマルァ。私は天より降りしもの、全ての苦から魂を解放するもの。ゆえに私はこの盆の上に乗った人間を救い上げ参りました」
青年は宇宙の起源、終点の権能でした。
宇宙の起源と宇宙の終点はいつも繋がっているもの。
この世界においては生きるものが絶えた時が世界の終点でした。
宇宙はなるべくその終点を避けるべく、巨大蜘蛛の悪魔フォリーに魂を吸収されないように熱病の呪いによって死にかけている生命から魂を引き抜くことで世界を再興させようとしていました。
その魂の解脱の使者として宇宙から選ばれたのがマルァでした。
魔術師はマルァの話から素性を把握すると、メルヒェーンを渡し、魂の回収によって宇宙を再興するのではなく、巨大蜘蛛の悪魔フォリーを打倒することによって宇宙を再興するように言いました。
しかし、マルァはこれを拒みます。
拒まれようと魔術師も引き下がることはできません。これまであった悪魔討伐の顛末をマルァに詳らかに教えました。
2人の悪魔の話。最も恐る幻に打ち勝った話。悪魔の1人を殺した話。巨大蜘蛛の誕生の話。死んでいった2人の勇者の話。
魔術師はできるだけ細かく、人間が悪魔に勝つためにしてきたことを話しました。
そして、マルァは全て最後まで聴き終わった後、魔術師から幻魔封印の剣メルヒェーンを受け取り、戦うことを宣言しました。
魔術師はそれを聞くや否や不老不死の秘薬を作る過程で出てきた副産物である不死殺しの毒薬『マルビェンシェ』と、何人もの死者の皮膚に呪い除けの刺青を施して作った人皮服『ヘーグトーラ』と、物語師の肉体と何百の物語の記録と暗殺者の魂を錬成した幻魔封印の剣『メルヒェーン』を宇宙の権能マルァに授け、全ての力を持ってこの世界の端から端までの長さがあるような砂龍を作り上げました。
魔術師はこの時、魔法を起こすのに必要な全てを使い切り、代償として体が砂となって消えてしまいました。
マルァは魔術師の最後の願いである人類を救って欲しいという願いを達成するためにその三宝具を持って砂龍に乗って太陽に向かいました。
飛んでいる最中もフォリーの熱病の呪いがマルァに襲いかかります。
夥しい数の魂を喰らって巨大化に次ぐ巨大化を重ねた巨大蜘蛛の悪魔フォリーの熱病の呪いは強力になっており、あのとき挑んだ暗殺者がメルヒェーンを待たずにヘーグトーラの呪い除けだけを持っていたとしても全身の血が蒸発するほどでした。
しかし、マルァがヘーグトーラを着ると刻まれた刺青が黄金に輝き、呪いの波のことごとくを跳ね返していきました。
これにより蒸発することなく無傷で空を駆け抜け、雲間を抜けることのできたマルァは太陽を覆い隠したフォリーの眼前まで進むことができました。
そこでマルァは気づきました。この悪魔はすでにメルヒェーンの一突きでは到底打ち滅ぼせない大きさになっている、と。
そこでマルァは不死殺しの毒薬マルビェンシェを剣に塗りたくってから、全力を振り絞ってフォリーの眉間に打ち込みました。
フォリーの憤怒の呪いは自分にも巨大な蜘蛛になるという形で働く他に太陽の光を遮るために太陽の前から動けなくなるという制約がありました。
それ故に巨大蜘蛛の悪魔フォリーはマルァが放った三勇者が受け継いできた全身全霊の一撃を交わすことはできませんでした。
マルビェンシェが塗られたメルヒェーンの一撃を喰らったフォリーは頭からゆっくりと黒い砂塵のように消えていき、やがて太陽がその姿を見せました。
フォリーの体が全て消え切ると、中から紅色の巨大な宝玉が姿を表し、そのまま国に落ちて行きました。
紅色の宝玉にはこれまで囚われていた魂が入っており、割れることで解放されました。もちろんその宝玉の中には物語師の魂も入っており、メルヒェーンと共鳴して、最終的にはメルヒェーンと一体化しました。
熱病の呪いによって苦しんでいた人々は解放され、王宮に堕とされた血涙の呪いも消え、王は再び玉座につきました。
太陽がなく、永世続くと思われた夜の世界に終止符を打ったマルァは戦死した勇者達の最後の仲間とされ、四勇者として祀られました。
宇宙の権能であるマルァでしたが、人類が絶滅する可能性が消えたことによって、その権能は自然に消滅しました。その代わりに人類を脅かす脅威を感知する宇宙の加護を手に入れました。
不死殺しの毒薬『マルビェンシェ』、呪い除けの人皮服『ヘーグトーラ』、受け継がれる幻魔特攻の剣『マルァ・メルヒェーン』はオアシスの国の貴重な宝具として王宮の地下にある宝物庫に保管されることとなりました。
こうして果てのある世界、砂漠と小さなオアシスの国は再び平和を取り戻しました。
艶やかな踊りと不思議な砂の香り、摩訶不思議な宝具と伝説の勇者達の話はこれにて一旦は幕を閉じるのでした。