恨めぬ子 2
「だから、君は客人だと何度も行っているだろう?」
図書館を出た俺に続き、例の漫画を片手に魔王は追ってきた。あ、字面的に戦闘シーンみたいだな。
「いつも行っているだろう? 『君に何か悪いことする輩は私が消しておく』って。滅多にない待遇だよ?」
「ただの人間に魔王様が何やってんだよ……」
「これでも足りないとさえ思っているさ。君にはその程度で償えないほどのことをしたのだから。どうだ? なんならうちの娘と––––」
「いらん。てか娘に相談しないで約束すると余計に嫌われるぞ」
「おお、それは困るな。では我と」
「蹴っ飛ばすぞ魔王様」
なおもついてくる魔王にイライラながら、俺は目的の場所についていた。
「ほら邪魔だ。奴隷として掃除しなくてはいけないんだ」
「そんなの誰が頼んだのさ」
「俺が決めたんだ。てかここにくる前の魔王城汚ーだろうが」
「ああそうだな。君がきてからすっかり見違えったよ」
実際一年前、俺は汚い魔王城に我慢できず、魔王の反対押し切って掃除をし、今は人間の王城と呼んでも差し支えないくらいピカピカだ。
「なんで人間の王城」を知ってるか? 簡単だ。どう言う経緯か知らんが魔王の娘を取り返しに魔王が単身乗り込んだ時、俺も一緒にいたからだ。どうやら逆に俺を王城に置いていく魂胆だったようだが、ギリギリ派手なマントを掴んでいたからここにいる。ちなみにその娘とは顔を合わせていない。娘は魔王の腕で眠っていて、俺はマントを掴んでいる。つまり見えるわけない。まあ魔王城に着いてから、別に興味なかったから覗こうとはしなかったが。ちなみにその時には城内ピッカピカさ。抜かりはない。
「てか魔界に『重曹』の代替え品が生えているなんて普通あるかよ。ま、お陰で早く綺麗にできたけどな」
「……てかユウマ、お前何故子供ながらにしてそこまで掃除知識あるのだ?」
「……親がどっちも掃除苦手だから、人様の家の中見た時初めて家のあり方を知って、そこから俺一人で家事全般してた。元々ふらっといない両親だったから家事ぐらいこなせるように努力して、なんか褒められて嬉しくて……こうなった」
「なんかすまんな」
「いや、まあ、いいけど……」
俺の親の話題を出すと、やはり今でも重くなる。
「……なあユウマ」
と、突然腰に携えた黒剣を抜き、その柄を俺に突き付けた。
「お前になら魔王の座も、それこそ本当に我が娘もやってもいいと思う。勘違いするな。俺はお前の『人間性』を高く評価したからこそこうしてお前にくれてやる気になっているんだ。これは『贖罪』ではない素直な俺の気持ちだ」
「……で、この剣でどうしろと?」
「俺を斬れ。お前が持つ憎しみの全てで」
「……俺はこれで十分だ」
俺は、たまに流れ着く地球産の、ロッカーから箒と塵取り、そして雑巾とこの地で作った洗剤を入れた容器の入ったバケツを持った。
「俺は奴隷でいい」
「待てユウマ! ……何故そこまで俺を憎まない? お前にとって俺は、お前の最愛の両親を殺した男だぞ?」
「……遺言が『誰も恨むな』だ。どの時代、世界において『憎しみ』と『恨み』は連鎖し続けるんだ。俺がそれやったら今度はあんたの娘にやられそうだしな」
とラノベらしい見解を述べて俺は掃除に取り掛かった。
……綺麗事を言っては見たが、正直に言えばもっとひどい理由で俺は剣を掴まなかった。俺に『憎む心』が分からない。本来この歳で理解できている方がおかしいが、しかしなんの感情も抱かないのだ。それは負だけではなく、正の感情さえも––––もう一年経つが、その心が日を重ねることになくなっている気がする。唯一の感情は、その事への『恐怖』だけだった。




