始まりの物語
死んだ
最初の認識はそれしかなかった。
そりゃそうだ。俺は明らか死を悟っての無謀な策を実行し、結果追い討ちまで喰らった。正直あの氷柱、超尖ってたから当たれば防ぎようがない。……まあどこに当たったかは、痛覚が完全にバカになってたから分からないが。
俺は上体を起こそうとしたが、当然動くわけない。
横に顔を向けると、そこには黒い花、灰色の花、白の花……なんか葬式みたいな花畑だと改めて思ってしまう。花の種類には流石に疎いが……まあ悪くない。
しかしだが、もしかしたらここは既に死後の世界かもしれない。だって痛覚どころか感覚もほぼないし、あくまで首から下がどんなのかもわからない。夢の線も十分ある。
だが、もし夢なら……
「……お前、なんでいるんだ?」
俺を膝枕し、唯一感覚がある頭を撫でるマオに聞く。
見なくてもなんとなくわかる。伝わる感覚が、足の太さ、地面の距離から体型は子供、そして魔界でゴブリン以外に小柄な奴が一人しか思い当たらなかったから。
違ったら赤面ものだが、その回答は正しかった。
「そりゃ、頑張ってたからご褒美だよ」
マオはたぶん笑いながら話した。そういう声音だったから。
「……しかしラキスケの二分の一を外したか」
「らきすけ?」
「なんでもねーよ」
別に同い年の女の体に変な気は起きないが、もし逆を向いていたらどうなってたことやら……まあなかったか。
「……で、同胞殺しの俺を殺しに、って感じじゃないよな?」
「当たり前だよ! ……ユウマは爪が甘いからあのオーク、まだ生きていたんだよ?」
「マジか、それもう死亡確定だと思うんだが」
「まー僕、強いから!」
「そっか……」
別に罪悪感も同情もない。元々あいつは俺の中ではやってはいけない事をした大罪人でしかないのだから。
だが、この世界のルールをいまいち理解などしてない。殺し殺され、犯罪紛いを取り締まる存在のないこの世界で、俺はこれからどう生きればいいだろうか?
だけど、《死ぬ》選択肢はブラックアウトしていた。
俺の嫌いな死に方は《餓死》。……そして死んだ後に残る《未練》も嫌だ。
元々未練などなかった。だって近しい人は両親だけだし、その二人がいない今の俺に生きる理由だけはなかった。だが……
「……なあ」
「なに?」
「お前は………マオは夢あるか?」
「夢かー」
少し唸る声がして、
「……美味しいご飯を毎日食べたい!」
「……安いな、それ」
笑ってしまう。だってこいつは魔王の娘だ。世界征服とか富とか名声とかだろうに。
だが似ているのだろう、俺とマオは。俺だって多くは望まない。ただ暖かい日常を、この心の渇きを潤す平穏を俺は望んで、しかし一度は手に入らないと諦めてしまったものだ。
「…魔王になれば、そんなのいつだって手に入るだろうにな」
「……むりだよ」
上を向くとマオはシュンとした表情をしていた。
「……魔王の娘、って書かれてはいないけど、僕みたいな立場は救われない物語が多いから。僕はいつも悪者で、対極にある人間のお姫様がいつも主役だから。……白馬の王子も、純白の騎士も、きっと僕を殺す側で、救われない側だから––––」
「ブフッ!!」
「ぎゃーー!!」
瞬間抑えきれず俺は吐き、若干唾が飛んでしまって俺は落とされた。
「もー、なんでそこで笑うの! 唾かけたの!?」
「……く、くく……いや悪い。だって……お前なんか男勝りな口調で乙女なこと言うから…クククっ!」
「ちょっとー!!」
笑いすぎて体全体がまた痛い。だが、生きている実感はある。
この女、きっと俺よりも強いし、そんな軟弱な感じの王子や騎士に負けるような魂ではない。
だが、こうも乙女思考な話を聞くと、見た目通りの女の子だってわかる。分かったまった。……分かって良かった。
「……まー確かに、王道ラブストーリーはどの次元でも共通だがなマオ」
俺は怒って目を合わせないマオの頭をポンポンと叩き、
「…しかし俺の世界じゃそんな王道使い古されてるわけよ。今じゃむしろ魔王サイドの戦記も流行るし、下手すれば人間が完全悪側な展開だってあるんだ」
「……ほんと?」
「おうとも!……じゃあさ、こんな物語ってのはどうよ––––」
俺はその日を境に、少しだが、また誰かの笑顔のために頑張ることにした。
きっといつか、俺は生き残ってしまったことで大きな過ちを犯すかもしれない。
「そーだなー。敵サイドに立って考えるとだなー」
世界はバラバラで、一度は一つにしなければマオの未来はない。『魔王』とは、今はそんなにまで嫌われた、恐れられた存在と化しているから。
俺は力がなかったから弾かれ、本来は死んだ人間だ。
「……お前を題材にするなら黒の姫だから『黒姫』だな」
オッサンは「憎んでないか」と聞いた。本当は憎い。
「そして姫にはやっぱり騎士がいい………よし!」
だが憎むべきは勇者でも、魔王でもない。
「闇の騎士といえば《黒騎士》だな。深すぎる忠誠とか、終盤とかまで生きのこれば闇の覚醒とか、結構いいからな! ……だから」
もし憎むなら《異端審問会》だろう。そして裏で勢力を拡大し続けている組織の壊滅には必ず……《世界の敵》のレッテルを貼られるだろう。
いずれにしても、俺はマオと決着をつける時が来る。その時、彼女にたくさんの味方ができるように頑張って、そして……。
「俺が、お前の為の《黒騎士》役になってやるよ!」
……その時は、ただの悪に落ちた俺を、お前が殺してくれ。