恨めぬ子 1
……ユウ………誰も恨む……な……。
異世界に憧れたのはいつだろうか? きっかけは父の持つラノベで、よく母と楽しく談義していたから、まだひらがなも読めなかった俺も興味を持ち、母が読んでくれるうちに字を覚え、いつからか一人で読んでいたりした。
異世界に行く主人公は強く、賢く、優しく、周りに認められるような人間だ。そしてチートみたいな力を神とかからもらい、世界さえ救ったりする。俺はそんな異世界に憧れた……はずだった。
しかし現実、『チート能力』は与えられなかった。それも一人二人ではなく、転移した約十万の人間の誰にも。
現に、父はもう声すらなく、母も虫の息。一人の女性は見開き口を覆い座り込み、一体の魔族は血濡れた剣を震えながら握り見つめ佇む。そんな静かな空間で、響いたのは高い声の少年の、泣き叫んで母を呼ぶ声だけだ。
『恨む』とか分からない。『憎む』とはなんだ? そんな少年の心にあるのは一言『悲痛』だった。
せめて、今まだ喋れる母だけでも生きて欲しかった。だけど母もまた、自身の死を悟り、それを受け入れていた。
真っ赤な手が俺の頰に触れ、なだめるように摩った……。
ゆっくりと目が開く。真っ先に視界に入ったのはいくつもの字。
「……はぁ」
溜息と一緒に、顔にのった一冊の本を持ち上げ、閉じて元の本棚に置く。
ここは大図書館。『この地』では珍しい場所で、とくに誰かいることはない。
ただ、一人除いては……。
「やあユウマ、目が覚めたかい?」
「おっさんの顔でバッチリだ」
ほぼ気配なく座る、立つと長身の男が右手に一冊の漫画を開いて読んでいる。
「……魔王が『らぶふわしすたーず』なんてもん読んでたら嫌でも目が冴えるっての」
「いや〜、娘が冷たいから癒しが欲しいのさ〜!」
……一応、ほんと一応言うが、これでもこの異世界一最恐の魔王だ。今まで何十何百の勇者を難なく撃退する恐ろしい存在で、ここ『魔界』でこの男にケンカを売る奴はいない……少なくとも一年前からいる『魔王の娘』以外は。
「さ、我が息子よ! 我と契約し、共に世界を手にしようではないか!」
パタンと閉じて第一声に、俺はさらに溜息をし、いくつかのツッコミを抑えて一つに絞った。
「誰が息子だ。……俺はおっさんの『奴隷』だよ」