完成直後
庭の梢がだんだんと焦げ茶色を纏い始め、秋の気配が漂い始めてから、九月の終わりごろに久藤の作品は完成した。
完成したその日、岸島は以前から久藤から借りていた画集をダイニングルームで読んでいた。
何の知らせもなく、久藤はアトリエに籠り切りのまま。
師匠のことを心配する弟子としての気持ちが段々と記憶の風化とともに薄れていった頃のことだった。
突然、アトリエの扉が開き、久藤が静かにそっと現れた。
久しぶりに岸島が見たその姿は、以前のものとはすっかり変わり果てた姿であった。
髪の白髪が所々はっきりと見え、染める時間も惜しかったことが分かる。
髪は無造作に伸びきっていて、普段毎日剃っていた髭もかなり伸ばしているようだった。
見た目は以前より幾分か痩せて見え、肌の色も悪い。
猫背でここへやってくる姿は初老の男の雰囲気さえ感じられた。
岸島はひどく驚き、思わず駆け寄って久藤の手を取った。
一方、久藤の魂の抜けたような目は、岸島を思い出したように捉え、どこか呆けているのか疲れ切っているのか分からないような表情が動き、細い目が少し見開かれた。
久藤は一瞬岸島が手を取る意味が分からなかったらしく、
「ああ、大丈夫だよ。作品を作った後はいつもこうなんだ。何も気にすることはない。」
と、やや間が空いた後に呟いた。
久藤はよろよろと歩き、ダイニングルームの椅子に座り、珍しくタバコをゆらゆらとくゆらせ始めた。
さらにしばらくすると、灰皿にタバコを置いて、自分の部屋からウイスキーの瓶を持ってきて酒を注ぎ始めた。
と、岸島はここで師匠の意外な一面を発見したわけだが、それ以上に彼女は久藤の体調が心配になった。
「師匠、昼食はもう食べましたか?」
「……食べてない。」
「じゃあ作りますね、……」
「……いいよいいよまだ食べないから。」
そういわれつつも岸島は、久藤のために料理を作った。
冷蔵庫にある食材を適当に組み合わせた簡素な二人分のペペロンチーノを取り分けて、片方の皿を久藤に差し出した。
「ありがとう、わざわざ気を使ってくれてありがたいね。」
そう言いつつも、久藤は麺をフォークで動かすだけでなかなか食べようとしない。
「体調が悪いんですか?」
「まあちょっとね、あまり食欲がないね。」
久藤は四、五口ほど何とか食べた後、
「ありがとう。」と言って、残った料理の皿にラップをかけて冷蔵庫にしまった。