展覧会
その日、外出先からの帰り道、ふいに訪れた夕立ちに傘を差しながら岸島は久藤の家へ急いで走った。
大きな家が路地に入ってしばらくしてから顔をのぞかせたのを見た途端、岸島は今日一日の自分のした事について、急に後ろめたい気分になって黒い瞳を道端へと向けた。
『先生はこの頃、ずっと家で籠りきりで創作活動に取り組んでいるみたい。
私ばっかりこんなことでいいのかしら。』
途中から重い足取りになり、玄関にようやくたどり着くと、合い鍵をくるりと回してドアを開け、家に入った。
岸島はどういうわけか今日はいつも以上に久藤先生の様子が気になりだした。
そして庭に入ってアトリエの窓をそっと遠くからのぞくと、そこには阿修羅のごとき形相で、血走った目で、自分の目の前の描きかけのキャンバスに、大きくXの字に絵筆で線を引いて、すぐにそのキャンバスを床にたたきつける久藤先生の姿があった。
岸島は恐る恐るその場から立ち去り、自分の部屋へ戻った。
ここ数日、久藤先生は岸島の前に滅多に現れなくなり、リビングルームには一枚のメモが置いてあった。
『これから数か月、私は自分の作品に取り掛かります。
岸島さんは今までと同じような熱意をもって絵の勉強に取り組んでください。
もし、展覧会に行く費用の相談があれば、チケットの料金や展覧会の名前をメモして置いていって下さい。
空いた時間にそのメモを見てお金を渡しておきます。』
この言葉に甘えて遠出をし、展覧会に行ったついでに近くの書店や喫茶店に立ち寄ったりして油を売ってしまった。
先生がどれだけ苦しんでいるのかも考えもせずに。――
岸島はひどく後悔にかられた。
自分は画家に向いていないのかもしれないとまで思いつめたが、自分には画家になる道しか残されていないと思った。
また、今まで自分の創作活動をなおざりにしてまで指導してくれた先生に少しでも喜んでもらえるように、プロの画家になれるよう努力しなければならないと思った。
そうして再び岸島は気を取り直し、絵の修業に取り掛かるのだった。