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画家と弟子  作者: 三文字
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七月のある日

 岸島が初めて久藤に出会ったのは十一月の寒い夜だったが、時は過ぎ去り、いつの間にか夏の湿気と強い日差しを次第に感じ始める七月も半ばを差し掛かっていた。




 一見代り映えのない静かな日々の中で、ふと久藤は弟子にとって予想だにしない一言を放った。




 「これからは、一旦俺は指導から退く。


 しばらくは自分の責任で絵を学んでおいてくれ。


 一日十時間程度は絵と接する機会を作るように。


 それだけ気を付けておいてくれ。」




 「はい、分かりました。


 ……でも、一体何があったんですか。


 もし手伝えることがあれば、私も…」




 「いや、岸島さんの指導に掛かり切りになっていたけど、そろそろ作品を作らないといけないんだよ。


 そこら辺のことは気にしなくていいから、今までと同じように手を抜かずにやれよ。


 これからは絵の練習は岸島さんが寝泊まりしている部屋でやるようにしてくれ。


 俺がアトリエを使うからね。」




 これらの久藤の発言は、岸島の志の高さを信頼してのものでもあったが、何より彼は自身の苦手としている経済面でのことについて考えていたのだった。


 久藤は今まで絵で稼いだ金の貯金と両親の遺産等を糧に細々と暮らしてきたわけだが、このままでいると共倒れになりかねなかった。


 さすがにそれは分かっていたので、久しぶりに大作に取り掛かろうとしたという顛末だ。




 当時の国内の画壇からは批判的に受け取られることが多い彼の作品だったが、そんな不遇の中でも、若いころに外遊していたフランスの友人の伝手を頼って海外に作品を出したところ、意外なことに一部の芸術愛好家から良い評価を得ることに成功した。


 そういったこともあって、彼はフランスの画廊に絵を出すことで画家として何とか留まることができていた。


 そのフランスのパトロンへの作品を生み出さなくてはならない。


 パトロンからの変わらぬ愛顧に応えるため、そして友人、自分自身、また弟子の将来のためにも。


 彼はそのことで頭がいっぱいだった。




 彼にも不安があった。


 特に彼女の画力や創作力の成長ぶりに関しては、オリジナルを作るという面ではまだ心もとない点が数知れぬほどあった。


 しかしそこは、頃合いを見て本人の自発性に任せたほうがいい部分もあると彼は分かっていた。




 彼は展覧会などに月に数回行く事を岸島に許可し、その金は彼が工面した。


 またそのための自由に外出することも許可した。


 彼は、ささやかな自由を得た彼女とは裏腹に、一人アトリエに籠り切りになるようになった。

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