半年
岸島はひたすら久藤の指導内容の実践と、自身の能力向上に明け暮れる、実に真面目な弟子だった。
そうしたその姿を見守る中で、久藤はあることに気づいた。
それは、岸島の絵に対する情熱が、建前のものではなく、純粋に師匠である自分への憧れから来るものだということだった。
実際、岸島は久藤による指導の意図云々など知る由もなかった。
ただ岸島は、『久藤先生のような画家にになりたい。』という思いだけで、ほとんどがむしゃらに様々なことを一気に学ぼうとしていた。
そもそも、何の不平も言わないどころか、長時間にわたる特訓に加え、余力があれば久藤の目を盗んでまで絵の修業をしようと、寝る前にスケッチを時たまする様子にいち早く感づいたからこそ、久藤は外でも絵を学ぶ機会を作ろうと考えたのだった。
岸島の思いはもはや久藤の意図を超えたものとなっていた。
岸島が弟子となって半年ほど過ぎたころ、久藤はふと、岸島にこう言った。
「人生というものは長い。
今までは全力を出し切って修業に当たってきただろうと思う。
俺も岸島さんのために全力でやってきたつもりだ。
だがこれから岸島さんは俺の目の前で絵を描くなり勉強するなりしていれば自分の中で可としておけばいい。
寝る前までこっそり、俺に隠れて絵を描くことなんか、もうしなくていいぞ。」
「……何で知っているんですか、先生!」
「夜中に薄明かりが付いていたからね。
あと、音で何やら鉛筆でデッサンを描いてると気づいたよ。
俺の親父は音楽家だったから、きっと俺の地獄耳も親譲りなんだろうよ……。
まあとにかく、これからは俺の目の前で頑張ってればそれで良い。
今後のことは俺も多少は考えておく。
あんまり無理しすぎるなよ。」
「……はい……?」
急に優しくなった久藤に、岸島は少し戸惑った様子を見せたが、自分のことを思ってくれていることを改めて感じ、素直に嬉しかった。
そして岸島は拙い笑顔で、こう言った。
「有難うございます、久藤先生。
先生は私にとっての、絵と命の、両方の恩人です。
先生に出会わなければ、私は絵も人生も、捨ててしまう所でした。」
久藤は、
「そんな事ないよ、照れるよ。」
と、恥ずかしそうに笑うだけだった。