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画家と弟子  作者: 三文字
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弟子入り

 そして、その日から岸島の画家修業が始まった。




 久藤の家は、若い頃にかつての妻と結婚した際に建てたもので、それなりの広い家だった。


 妻とは五年ほどで離婚し、窮乏ゆえに、画業に必要なもの以外の生活品を次々と売り払ったこともあって、その家の内部は広さをますます感じさせる、がらんとした印象となっていた。


 空き部屋はいくつかあったものの、岸島は以前の妻の寝室で寝泊まりすることになった。

 



 ダイニングルームの奥にある、庭を見渡せるアトリエで、ひたすら絵を描く日々が岸島に続いた。


 久藤の指導は、絵の神経質さに呼応するように、厳しい、挑発的なダメ出しばかりをして、弟子の闘志に火を点けようとするものだった。

 



 「ハイ。全然、ダメ。君は少なくとも俺の絵を最初の目標にしてここに来たんじゃなかったのかい。それじゃあこの程度じゃ全然だよ。


 デッサンの基礎が全くなっていない。


 まず、人物の描き方について学ぶ必要がありそうだが、そもそもデッサンの線に力が感じられない。まるで漫画を描いているような短絡的な線だ。


 何より真剣さが伝わってこない。もっと練習して、モデルの凹凸や複雑な作りを紙面に鉛筆で削り出していくような感覚を身につけることが必要だね。」




 「模写ではあるけれど、やっと油絵までたどり着いたね。


 ただね、のっぺりしている。前にも行ったけどね、現実味が全く感じられない。


 あと、これくらい分かりやすい服装とジェスチャーの人間なんだから、陰影や光彩ももっと精密に再現して、見る者を納得させるような臨場感を出さないとだめだよ。


 その技法については実際に描きながら後で話すけど、はっきり言ってね、この程度じゃ素人のペンキ塗りみたいなのに塗ってもらった方がはるかに手っ取り早いよ。」




 基本的には久藤は岸島をひたすら家で教えていたが、月に二、三回は様々な美術館やら町やらを巡って、模写や習作をさせたりもした。


 その時も久藤の岸島に対する厳しさは変わることがなかった。

 



 「どれ、どんな作品に注目した?君はこの絵のテーマは何だと思う?


 ――ふーん、で、それはなんでテーマとして重要なの?


 それはなんで画題として適していて、人間の本質に迫ったもので、人間の社会にとってそれは何を意味しているんだろうか。そしてそこに君はどんな美学を見出した?」




 「なんだ、そんなことも答えられないのか……


 今まで君は何のために画家を目指していたんだい?画家というものに対する意識をもう少し持ってほしいね。


 本当はこういった絵に関する様々なコンテキストに対して、最低ラインとして五百~千字程度の論述を毎回課したいところだがね。


 そもそも、一言も言えないというのはまずいよ。


 絵は描いてりゃいいってもんじゃないんだよ。絵はね、人なんだよ。生身の人間の生きざま、人生そのものを表すんだよ。


 絵を描く時は、一人の人間から社会の片鱗、哲学の深奥に至るまでの、森羅万象について考えなきゃいけない。」

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