act.2
“焦った奴から死んで行く”
お師匠はそう言っていた。焦りは禁物。弾が切れた。リロードしなくちゃいけない。
でも、敵は引っ切り無しに撃ってくる。
M1858の利点は輪胴ごと交換出来る事だ。
「〜♫」
鼻歌交じりにコンクリートの壁に背を預けてリロード。
ラマーを解除すれば輪胴を支える軸が抜ける。それを抜いて、新しい輪胴をセット。元に戻せば直ぐに撃てる。SAAみたいに排莢して装填をしなくても良いのだ。
リロードを終えたところで銃声も止んだ。
「やあ」
チラッと顔を出すと凄まじい勢いで弾が飛んでくる。
人数は3人で、全員がアサルトライフルを持っていた。みんな大好きAKだ。
この未来でもAKは順調にクローンを増やしている。実弾タイプ、レーザータイプ。あの堅牢で余積のデカい機関部のお陰でAKを元に改造発展しまくってるのだ。
しかし、これ以上ここに居るのもダルい事になる。鏡を取り出して通路を視察。誂えた様に3人の上には空調ファンがゆっくり回って硝煙をかき混ぜていた。
あれを撃って落とし、怯んだ隙に片付けてしまおう。壁に背中を預け、銃を反対に持ち、鏡を使って狙う。完全に曲芸撃ちだが、曲芸撃ちでも役に立つ事は多いし、それが出来れば戦闘射撃も出来る。
引き金を引くと、ボンと弾は出る。弾が出ると同時に、素早く銃を持ち直す。バキョっと小粋の良い音がすると同時にファンを留める軸が折れて落下。
クソ!とか何だ!とか言う声に合わせて銃声が止まり、壁から出る。
両手に構えたリボルバー、M1858をそれぞれ構え直し、互いを見合っている3人に向けて撃っていく。11発の36口径。死ぬほど痛い。
喉や胸を中心に満遍なく3人を撃っていく。
「さて、この三人で最後かな?」
慎重に周囲を探索していく。ここは敵地で、味方はいない。
室内おいては拳銃やショットガン、サブマシンガンの方が有利に動く事ができる。
再度輪胴を交換し、背負ったショットガン、M1897を前に持ってくる。弾はダブルオーバックショット。
「えっと、この部屋か」
影に隠れてコンコンと扉をノックするとドガンとドデカイ穴が開く。
その穴を通じて中にスタングレネードを放り込んでボフン。衝撃で扉が吹き飛ぶ。そして中に入ると、一人の子デブが目を抑えて蹲っている。
脇にはガタガタと震える女の子。コチラは目を硬く閉じて耳をふさいでいる。
子デブの手元にある銃を蹴飛ばし、周囲を見た。
脇にあるソファーに腰掛けて、置いてあるシガーケースを開ける。葉巻が入っていた。
「一本貰うね」
確か、吸口と火を付ける口を切る。そして、脇においてあったマッチを擦って火を付ける。
「ゴボッ……うん」
少し噎せたが、うん。
「ああ、畜生!
一体何処のどいつだ!」
そして、視力と聴力が回復したのか子デブが開き直ったように怒鳴っている。
「やぁ、僕はアキ。二丁拳銃のアキ」
「あぁ、糞……ガンマンの弟子」
ガンマンとはお師匠の渾名で、伝説だ。お師匠に仕込まれた僕も伝説の申し子とか言われている。止めて欲しい。
「誰に雇われた」
「ドン・マルコーニ」
「……成程。
ウィンストン側に付いた傘下を殺しに来たのか」
「御名答。
ドン・マルコーニは裏切り者を絶対に許さない。その子は?」
「俺の一人娘さ。
俺の命はどうだって良い!この子には手を出さんでくれ!」
子デブが震えている女の子を庇うように立った。
「んー?
でも、アンタを殺してしまうとその子は僕に逆恨みをするじゃないか。そういう面倒臭いのは嫌いなんだ」
フーッと紫煙を吐く。
「この子はまだ10だ!」
「僕はまだ17だ」
「頼む!金なら幾らでもやる!お願いだ!この子だけは!娘だけは見逃してくれ!」
子デブはその場に土下座をした。女の子は何が何だか分からないと言う感じで子デブ、父親と僕を見ていた。
「んー……じゃあ、その子と話をさせてくれよ」
「分かった。
マリー、この人と話をしてくれ。大丈夫だ。怖い事はない」
「……分かった」
マリーと呼ばれた子デブの娘を向かいのソファーに座らせる。
葉巻を脇に置き、子デブに銃を向けたままお互いに向き合う。
「先ず始めに君には怖い思いをさせてしまった事を謝りたい」
申し訳無いと頭を下げる。
「次に、何故、僕が来て、何故こんな事をしているのかを説明させて欲しい。
聞いて貰えるだろうか?」
「はい」
それから事の経緯を事細かに説明した。10歳でもわかる様に。
30分程掛けて話す。
「パパは、パパのお友達を裏切った。しかも、一番やってはいけない裏切りをした。
パパのお友達はとても怒っている。パパもお友達がとっても怒っている理由も知っているし、殺されてしまうのもわかっている。
そして、パパを殺しに来たのが貴方」
「その通り。
そして、君のお父さんを殺す事は回避不可能な事実なんだ」
「……」
「お父さんは、好きかい?」
「うん」
マリーは頷いた。
父親は泣いている。静かに。
「マリー、君をそう呼んでも構わないかい?」
「うん」
「君に納得しろとは言わない。
だが、理解してほしい。この世界と、君のお父さんのいる世界の事を。
恨むのなら僕では無く、この世界を恨んで欲しい。確かに君の父親を殺したのは僕だ。しかし、そうさせているのはこの世界で、この世界の約束事に反した君のお父さんだ」
「お父さんが、友達を裏切って、それがバレて、お父さんは死んで償わなくちゃ、いけない」
「その通り。君は賢い。
お父さんにお別れの挨拶をして」
「……うん」
マリーは立ち上がって、父親の前に。
二人は別れの挨拶を始めた。暫くして、父親がマリーをこちらに向かわせた。その顔は死を恐れる男ではなかった。
「ガンマンの弟子。二丁拳銃のアキ。
お前に依頼をしたい」
「依頼?
何かな?」
「この子が17になる迄、お前が信用の置ける者に育てる様頼んで欲しい。
いなければお前が育てて欲しい」
何とも、まぁ……
「何故、僕に?」
「お前が“伊達”の弟子で、仕事に対してのプライドが高い。
報酬は俺の全財産。どうだろうか?」
「ふむ……依頼書を書いて貰おう。契約書だ。
書いた後、達成確認はアンタじゃ出来ないから、マリー本人と言う指定もしてくれ」
「分かった」
落ち着き払った言動だった。
腐ってもヤクザ。いや、マフィア。その下部組織と言えどもマフィアなりの矜持があるのだろう。
執務机に戻り、書類とペンを出すと告げた。引き出しを開けると精緻に細工のなされた二丁の拳銃が現れる。人差し指に掛かる力が大きくなる。
「この銃をマリーが一人前になったら渡してやってくれ。
私の形見だ」
「良いだろう」
出すぞ、と父親は一言言うとゆっくりと丁寧に木箱ごと銃を取り出して机の上に置いた。
改めて父親は紙とペンを取り出して書いて行く。10分程すると父親はそれを書き上げる。
「確認してくれ」
「了解」
契約書を丁寧に読み、その内容に間違いが無いかを確認する。
何度も読み直し、その契約書に意味がある事を認めると父親に返した。
「では、そこに名前を書いて」
「ああ」
お互いに署名し、捺印。
「よし。
これで契約は履行される。僕は彼女が16歳、一人前になるまで保護する。
同時にマリー本人が望めば彼女に僕の技術やその他技術を教える」
「その通りだ。
娘を、よろしく頼む。娘の生活費も先に渡す全財産から出してくれ」
「分かった。
さぁ、マリー。君のお父さんに最後のお別れをして」
「うん」
二人は何かを話し合った。それから熱い抱擁をし、額にキスをし、それからマリーがやって来た。
「私のお父さんのお墓、私のお金で作りたい」
「ならば稼げ。
お父さんを今から殺す。部屋から出ていって」
「一緒に見てる。
パパが死ぬところ。貴方の、私の師匠が仕事をする所を」
なんて子供だ。
「そうか。
強い子だ。アンタは良い子供を育てた様だ」
「ありがとう。
マリー、見てなさい。これが罪を犯した人間の最後だ。父さんは間違った事をした。お前は正しく生きなさい」
「分かった」
マリーは泣いていた。父親もだ。
「感動的だ」
胸を撃ち抜く。父親は一瞬顔を顰めたが満足そうな顔をしていた。そして、目を閉じた。
「パパ……」
「悲しい時は声を出して泣きなさい」
「はい゛……ぅうぅ、パパァ!パパァ!!」
マリーは死体に縋り付き泣き始めた。この仕事は本当に胸糞が悪くなる。
M1858の弾倉を交換し、ホルスターに収める。そして、マリーの父親が残した遺品たる拳銃を見る。これは……なんだろうね?僕は正直銃に付いてはほとんど詳しくない。有名どころは知っているが、そうじゃないなら知らない。
ガバメントって奴に似てるが、どことなく違う。多分、ガバメントの偽物なのだろう。
この時代の火薬式銃は本当に趣味の世界でしかない。安価かつ威力も弾数もあるレーザー系に負けている。軍の主力小銃だってレーザーガンだ。実弾系武器は大口径の機関銃や狙撃銃以外では殆ど見ない。理由は簡単。軍はいわゆるパワーアーマーを呼ばれる奴を纏ってるから。
お師匠や僕、それと同居人は締め付けられるからって言う理由だけで着ていないが、アリスや他の傭兵達はみんな着ている。まぁ、軍用規格はべら棒に高いので廉価版の小口径の実弾を弾き返すのがやっとな装甲を持ったパワーアーマーだけどね。
この小口径ってのはアサルトラフルの話で、拳銃弾なら弱点でも当たらない限りは天と地がひっくり返っても壊れない、貫通なんて夢のまた夢だ。
まぁ、お師匠は軍用パワーアーマーを無効化して隙間から中の人殺すけどね。お師匠は化け物なんだ。
「エマに見せれば分かるかも」
箱を小脇に抱え、マリーを見る。マリーは一頻り泣いた後、ゴシゴシと顔をハンカチで拭いて僕を見た。
「パパのお墓を作りたいの」
「うん。
どういうお墓作る?」
「要らない木の棒で作る」
「ふん?別に普通のお墓や立派なお墓も作れるよ?」
「それは私が働いて作る。だから、今は木の棒で作るの」
成程。感動的だ。
「遺体はどうする?
そのまま埋める?それとも焼いて骨壺に入れる?」
「焼く。骨をダイヤモンドにしてペンダントにするの。ママとお揃い」
人工ダイヤモンドか。マリーは父親の親指に嵌る指輪を引き抜くと自分の首に下げていたネックレスに通した。ママとお揃い、ねぇ。
「良し分かった。
その費用は僕が払おう。香典代わりだ」
「分かった」
それから知り合いの業者を呼び、彼女の父親の骨はダイヤモンドになった。
また、マリーという新たな弟子を我が家に迎える事となった。
修行どうしよう?