第一一話:狩猟団《ハイエナ》の情報
ガウリウスが軒先に店を出す武器屋に訪れ、フェレスは人目を引く偉丈夫な男を眺める。彼が客の相手をしているようだったからだ。
客は獣人種の男、それも顔に鱗の欠片やトカゲの尻尾が生えているから、蜥蜴族なのは間違いない。
長身の蜥蜴族の男は、長物の長刀を背負い、腰には鞘に納まった脇差に手を当て、ガウスの露店に並ぶ商品を物色していた。長刀がメイン武装のようだし、脇差の買い替えを検討しているのだろう。
「良い品だ、これはドワーフ族の仕込みか?」
「ほう……よく、わかったな……」
腕を組む強面のオーク族は、とても接客業に携わる者とは思えない。たくましい体躯が返って欠点となり、寄り付く客を追い払うまでの凄みがある。
まあ、鍛冶屋の職人というのは体つきがよいものだし、ガウスが特別ということもないのだが。
しかし参ったな、とフェレスは頭をかく。
聞きたいことはあるが、友人の商売まで邪魔をしようとは思わない。
ガウスが接客を終えるまで、フェレスは待つつもりだったが、それでも空気を読まない男が自分の連れにいた。ケージィオ・マイザックス、馴れ馴れしく飄々とした記者である。
「アンさんが、ガウリウス・ローチェルマンか?」
「んん? 貴様は……誰だ……?」
不意に横から声をかけられ、ガウスはケージィオに振り返る。
すると、商談の腰を折られた蜥蜴族の男は、「またの機会に」と日を改めるように動く。
「知り合いのようだな。拙僧もまた、財布を持って出直そう」
「ああ……よろしく、頼む……」
蜥蜴族の男と握手を交わしたガウスは、顧客との約束を取り付け、彼を送り出す。
そして、ガウスはフェレスへと視線を送り、
「何の……用だ? おまけも……いる、ようだが……」
「そこは勘弁してくれ。どうしても、お前に聞きたいことがあったんだ」
「まあ、いいだろう……重要な、案件のようだな……」
「そうでもなければ、僕も君を頼らないと思うけどね」
「……確かに、な……」
ぴくんと、青筋を立てかけたガウスは、瞑想をして心身を落ち着かせていく。
一方のアディンも、ガウスと目を合わせずに会話していた。
「なんや、あの2人は仲が悪いんか?」
「まあな、昔の因縁ってやつさ。男の意地の張り合いだ」
「しょーもないお人らやなぁ、先行きが不安なんやけど」
水と油のような2人の様子に、早くもケージィオは困り顔になる。
子供かよ、とまったく成長しない大人2人には諦めも覚えつつ、フェレスは森で回収した手帳を取り出し、ガウスの意見を聞くことにした。
◇
「成程な……事情は、わかった……」
森でカニバルに襲われたと思しき狩猟団の手帳を握りしめ、ガウスは太い顎に指を擦り合わせる。
客ならば身分を問わず、武具の密売をする武器商人だからこそ、噂くらいは聞いたことがあったのだろう。ガウスには自分の組織した元狩猟団のメンバーとつながりもあり、情報は入っているらしかった。
「お前達の言う、牙狼団だが……残党が集まり、細々と……追いはぎのような行為を、しいたらしいことは……俺の耳にも、入っていた……」
「取り逃がした連中か、懲りないもんだな」
「狩猟団には……身寄りのない者が、多い……。簡単に、生き方は……変えられない、だろう……。放浪者の貴様ならば……納得できるはずだ……」
「まあな、世間の風当たりが冷たいもんな」
もう慣れっこだが、とフェレスに付けたし、肩を上下に揺すっておどけて見せる。一方のガウスは、ふん、とフェレスに共感するように息を吐く。
狩猟団のメンバーだろうと、仲介屋の所属者だったとしても、放浪者は社会からのはみ出し者達なのだ。時に不便な思いもしていて、そこは自分もガウスに通ずるものがあった。
オーク族の友人と気が合うのは、そういった感情論も含まれる。
「狩猟団も……頭が潰されれば、脆いものだ……」
「あの狂人に、そこまでのカリスマ性はなかったと思いたいけどね」
「甘く見るな……あの男は、狂人だったからこそ……人を引き付ける魅力が、あったんだ……」
「どうゆうことや? ワイやったら、ライウルフみたいな犯罪者に、ついて聞きたいとはおもわへんで」
「人により、だな……あの男の狂気に、惹かれる者もいる……」
淡々と語り、ガウスは手帳をフェレスに返した。
狩猟団というのは、行き場のない放浪者のコミュニティの場でもある。類は友を呼ぶと言うが、狂気に満ちた男の元には、彼の思考に似通った者達が集結したに違いない。
それゆえに、狩猟団の中でも稀に見る、異常性の高い中規模の一団に勢力拡大し、仲介屋の制圧対象に任命されたのだった。
「なあ、ガウス。手帳に書いてあった奴らだが、お前の方に心当たりはないか? 恐らく、取引相手だと思うが――」
「そうだな……噂程度に耳にした話だが、それでもいいか……?」
「前置きは必要ないよ、心辺りがあるならば言ってくれ」
「オーディファン、貴様に催促はされたくないが……まあ、いいだろう……」
いつまでも私情を優先していては、彼らの話が進まない。
過去の遺恨は抑え込み、ガウスは心当たりのある狩猟団の名をあげた。
「〝爪弾きの魔術師団〟、だったはずだ……方法は分からないが、裏取引の場で……かなり、幅を利かせているらしい……」
「その魔術師団が、今回の件に関わっている可能性はあるかい?」
「何とも言えんな……あくまで噂だ、確証はない……」
「ガウスにも特定できないか、お手上げだな」
「弱小の狩猟団には……徒党を組む者もいる、からな……。手帳の内容からして……もしかすれば、狩猟団合併の話……だったのかもな……」
「仕方ない、ボチボチ警戒していくしかないか」
まるで雲を掴むような思いだ。
手帳の件は保留とし、森に食人鬼が巣を作っている可能性があるとだけ、仲介屋には伝えておこう。
大規模の群れであるのならば、優秀な斥候部隊を仲介屋が派遣し、魔物の数を把握してから、討伐部隊を編成するのが通例なのだ。
余談はさておき、ファグナリア祭も控えていることだし、食人鬼の被害が広がる前に、処理しておきたい問題である。
実力に見合わない行動をとる若者が、あっけなく命を散らさぬよう、仲介屋職員には注意勧告してもらわなければいけない。報告は確実に行おう、フェレスは仕事は抜かりなく行う主義なのだ。
「ところで、ガウリウスはん。露店の後ろの方にあるネックレスなんやけど……」
「ん? ……ああ、これか」
野ざらしになったウェポンラックや、店の主人から借り受けたという、マネキンに着せられた防具、そして小型のナイフなどが展示される屋台の奥に、まるで異質な空気を放つかの如く、綺麗な玉珠のあしらわれたネックレスがある。
無骨な男が取り扱うには、似つかわしくない商品であった。
それも防護バングルのような補助効果のあるものではなく、純粋な着飾り用の装飾品だったからこそ、そう見えたのかもしれない。ネックレスのチェーンを握ったガウスは、自分の手元に玉珠をぶら下げ、物凄く渋い面をするのだった。
「表を貸し出してくれた店主が言うには……どうも、最近の流行りらしいが……」
「流行り? ただのネックレスが、か?」
「ただの、ではないらしい……装飾の宝石に、符呪を施したと聞く……学生達の、ゲン担ぎだろう……実際に効果があるかは、知らないがな……」
半信半疑といったふうに、ガウスはネックレスを屋台の奥に戻す。
すると、訳知り顔をしたケージィオが得意げに語る。
「ワイの調査によれば、それなりに効果があるゆう話やな」
「そんな下らんことも調べてたのか?」
「あきまへんわ、フェレスはん。ジャーナリストたる者、若者の流行には敏感やないと、ええ記事は書けまへんやろ?」
肌身離さず身に着けているらしいメモ帳を取り出し、手元でペンを転がしたケージィオは、フェレスの眼前にペン先を突き立てる。
「そのネックレス、メトロイドブローチゆうねんけど――ワイが学院の女学生に聞いた話やと、大半が精神安定や集中向上に役立った、ゆう回答しとんねんな」
「パワーストーンみたいなもんか?」
「せやろな、人の精神に干渉する符呪がされとるかもしれへん」
「それでバカ売れか。確かに、ファグナリア祭を控えて、生徒達は精神的にピリピリしてるし、頼りたくもなるわけだ」
しかし、精神を安定化させる符呪というのは、どの程度のものなのだろう。
1つ間違えれば、符呪の効果に催眠作用や依存心が芽生え、マインドコントロールの域まで発展しそうだ。巫術は使いようによれば、人の精神を癒す力にもなるし、逆に人を魅了する力にもなり得るのだ。
流行に飛びつき、巫術の本質を忘れる生徒が出ぬよう、フェレスは祈っておく。
「学院の生徒達、か……あいつらが上手く馴染めているといいけどな」
日も傾きかけた空。
夕日の赤に染まった雲を被った霊峰を眺め、キリエストール山の山頂にある魔術学院に赴いた教え子らの顔を思い浮かべ、自分でも呆れるくらいの保護者っぷりで、フェレスは少女達を心配する。




