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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第三部:魔術学院編・前篇 青春の影に負け犬は暗躍す
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第十話:転移門《クリスタル》の設置された中央広場

 学院都市近郊の森を抜け、ようやくフェレスらは、街中の中央広場に辿り着く。

 学院指定のローブを着た少年少女が行き交う街で、中央広場に建つ3メートル四方の角柱に上に、光り輝く巨大なクリスタルが設置されていた。

 極めて透明度の高いクリスタルは、白銀の光を放つかのように発光し、それが少しだけ眩しく、フェレスは強すぎる輝きから目を守る。

 そのクリスタルが設置された柱の前に、学生2人と付き添いのゴーレム少女が並び立つ。


「悪いな、先輩方。ここまで付き合ってもらっちまって」

「別にいいさ、俺達も仲介屋に帰還するつもりだったしな」


 街中の至る場所に配置されたクリスタルが、アルスファグナ魔術学院へとつながる転移門である。

 大型の魔素結晶であるクリスタルに触れることで、あらかじめ組み込まれた魔術式が発動し、任意の場所に転移する空間魔術が行使される。

 ただし転移門は、同じ術式を組み込まれたクリスタルのある空間にしか接続できず、どこへでも自由に行けるというものではない。

 多少手間だが、学院都市内にある主要機関の付近には高確率で設置されており、歩く必要があるにしても、乗り物感覚で移動用に使うには便利であった。


 本校舎に続く一万階段を毎日上り下りするともなれば、地獄だよな、と老骨に猛威を振るう階段を想像し、学院の生徒や教師でもないはずなのに、転移門の有難味を噛みしめるほどだ。

 若者のパワーに、燃料切れの年寄りはついていけない――が、三珠達に学院取材を任せたのは、階段を登るのが体力的にキツいからとか、そういう理由じゃない。

 依頼主の要望を重視した結果だ、言い訳じゃないぞ、と自分に言い聞かせる。


 そんな年寄りの戯言を心中で呟いた時、ふとマキアルが口を開く。

 

「僕は助けてほしいなんて、頼んでなかったけどね」

「おい、マキアル。そこは素直に感謝しとけよ、だからお前はダチが少ないんだ」

「――ぐぅ、研究に仲間なんて必要はない。僕は1人が好きなんだ」

「やれやれだな、君はとことんまでに素直じゃないみたいだ。似たような性格の男を知っているが、それは損をする素だよ?」

「おい、それは誰のことだ?」


 「さあね」とアディンがしらばっくれ、フェレスは額に青筋を立てた。

 わかっているとも、自分のことなのだろう。アディンの嫌味は今日も冴えわたり、フェレスを威嚇するには十分すぎた。ともあれ、友人の冗談だと聞き流す。

 学生の前で大人気なく、口論を展開するような子供には戻れない。マキアルの刺々しい態度だって、思春期特有の反抗期だと考えれば、可愛げもあるだろう。

 

「そろそろ行くのか?」

「ああ、来客のある予定だったからな。聞き分けのないダチに付き合って、見事に遅刻確定だけどな。我らが会長からのお説教が――怖い、怖い」

「う、うるさいな! 本来なら、お昼までには片付くはずだったんだ。ゴーレムに森の地理は暗記させていたし、遠見の魔術も万全だった」

「視力強化と俯瞰視点の応用、ゴーレムの視覚共用だったか?」

「軽い小技みたいなものさ。才能があれば、そう難しいものじゃない」


 マキアルははっきりと言い切るが、「才能ね」とフェレスは腕を組む。

 彼に悪気はなかったのだろう。けれど、魔術の才能(・・)だけであれば、確実に学生よりも劣る自分がいて、それがどうしようもなく虚しくなってしまう。

 可能性を求めることは諦めたはずなのに、もし自分の魔術適性が高かったならば、と思わずにはいられなかったのだ。無い物ねだりとは、年をとっても変わらないな、とフェレスは思う。


「お世話に、なりました」

「ああ、お前らも気をつけてな」


 ゴーレム少女に頭を下げられ、フェレスは彼女に上着のジャケットを貸したまま、学生達の見送る。

 クリスタルの浮遊する柱に手を触れ、黒い空間の歪みが学生2人を包み込むと、彼らとゴーレム少女の行方はわからなくなった。無事に学院に帰還できたのだろうか。発動した魔術の色合いに不安を覚えるが、天下の魔術学院が欠陥した魔術式を組みはずがないと思い直す。


 予定外の寄り道はあったものの、本日の仕事は終了だ。

 三珠達もいないことだし、「たまには飲み屋でも行こうか」と考えつつ、しかし森から持ち帰った狩猟団の手帳も気掛かりであり、フェレスは先にガウスの店に行くことを検討する。

 まさに、その時だ――


「おっと、フェレスはんらやないかぁ。なんや、仕事は終わりはったんか?」


 偶然にも中央広場を通りかかり、フェレス達に声をかけてきたのは、逆立った茶髪と耳のピアスが印象的な記者、ケージィオ・マイザックスだった。



        ◇



 中央広場の近くにあった服屋に寄り、フェレスは新品のジャケットを購入すると、店の外に待機していたケージィオとアディンの元に戻る。

 数多くの販売店が並ぶストリートは、学院都市の商店街であった。学生達の往来が盛んなのは当たり前として、上品な服で着飾った婦人や、紳士的なスーツに身を包んだ男性の姿も、ちらほらと見当たる。

 

 学院都市の大規模文化祭、ファグナリア祭を数週間後に控え、気の早い富豪層が旅行ついでに、と魔術都市に宿泊しているに違いない。


 仲介屋に属する者達が汗水流して働いているというのに、上流階級の者達は実に優雅なものである。必死に生計を立てる自分が、虚しくなってくるじゃないか。

 商店街には高級宿屋も多く、中心街から外れた安価な宿屋を手配したフェレスは、財力の差をひしひしと見せつけられているかのようだった。

 泣き言は言うまい。連れの少女達が学院の女子寮に宿泊することになり、彼女らの宿泊代は浮いたのだ。仕事中毒者は文句を言わず、せっせと働くとしよう。


「フェレスはん、なかなかに決まっとるやんか」

「安物だけどな、エオス牛のジャケットだ」

「あの放牧牛か、ミルファリア王国産だったね」

「質はB級品もいいところだけどな。上質なジャケットには手が出ない」


 「貯蓄がな」と現実的な悩みに行き当たり、フェレスは金策に苦しむ。伊達に500年間も仕事一筋を貫いておらず、散財するようなことはありえないが、三珠達とは長い付き合いになりそうなのだ。

 

 今は大丈夫、と高をくくり、後先考えずに資金を浪費し、赤字になっては意味がない。

 子育ては面倒だと思う反面、虚無のままに、使い道のない金が溜まることもなくなり、妙な達成感を感じてしまうのも事実だ。

 

「結局、どっちもどっちか」


 充実しているかと問われれば、恐らく、1人旅を続けるよりはいい。

 1日の密度が濃く、自分を待ってくれている弟子達がいると考えるだけで、年老いたオヤジも、奮い立つことができそうではあった。


「ところで、君は僕達に用があったんじゃないのかい?」


 ふと口を挟んだアディンが、ケージィオに問いかける。

 一方のケージィオは、せや、と思い出したかのように、1枚の写真を取り出した。

 

「フェレスはん、この男に見覚えないか?」


 ケージィオに見せられた写真には、無精ひげを生やし、片目に眼帯をした獣人種の男の姿があった。

 耳の形は狼。人相は薄気味悪く、どこかの拘置所で撮影されたかのような写真だ。

 実際、その男は囚人だったのである。


「こいつは……ライウルフ・ドルートマンか!?」

「ご明察や。10年前、フェレスはんとアディンはんが参加した仲介屋の掃討作戦で、見事に掴まえられたっちゅう、中規模狩猟団の頭領やった男やな」

「その彼がどうかしたのかい? まだ豚箱の中にいるはずだが?」

「それがちゃうんよ、数か月前に王国の拘留所を脱走しとるっちゅう話や」

「――なっ! それは本当なのか!?」


 フェレスとアディンは目を見開き、ケージィオからの情報に驚く。

 ライウルフ・ドルートマンという男は、〝風塵の牙狼団(リュコス・スコーン)〟と呼ばれる狩猟団を指揮していた。残忍で快楽主義、情け容赦のない異常者である。


 彼の行った悪行として名高いのは、キャラバンの襲撃だろうか。

 商人一座のリーダーはなぶり殺され、運搬中だった荷は盗まれて、女は心が壊れるまで慰み者として扱った後に、「飽きたから」と街道に捨てたという。

 魔物の餌となった女の遺体が通行人に発見され、山賊の如き行いをする牙狼団討伐に、仲介屋と軍が動き出し、フェレス達の活躍もあって、ライウルフは拘留された。


 あの男の牢は頑強な造りだったはずだ。どうやって突破したというのだろう。考えてもわかるはずがないが、刑期347年の男が自由の身になったのであれば、一大事なのは間違いない。

 それに、彼の片目を抉ったのは、他ならぬフェレスだった。私怨を持たれていたとして、何ら不思議ではない。ただ、重罪犯が脱走したはずなのに、世間が騒いでいないような気もしたが。


「ケージィオ、ライウルフの件を会社は記事にしないのか?」

「まだ噂の類やからな、無理や。デマの可能性があるさかい」

「確証がないわけか。それは確かに、報道はできないね」


 「仮に脱走していたとしても……」とアディンは語る。

 重犯罪者を取り逃がしたともなれば、国の信用にもかかわる問題だ。どうあっても言い逃れできなくなるまで、国の指導者達が黙秘を貫くことも考えられた。

 市民にいらぬ心配をかけないため、と御大層な名目を掲げるまでが既定路線だ。


「それで、ライウルフはどこに消えたんだ? まさかとは思うが――」

「そのまさかや、学院都市にライウルフの目撃情報があるよ」

「誤情報かもしれないけど、それは仲介屋としても捨て置けないね」

「ライウルフ、か……」


 フェレスはズボンのポケットに入れ込んだ手帳に触れる。狼の柄が入ったものだ。獣人種のウェアウルフである囚人に、縁がないとよいのだが。


「ケージィオ、時間はあるか?」

「ワイか? ええで、フェレスはんのお弟子さんらに、記者の仕事を任せたばかりやからなぁ。今は時間あいとんねん」

「それはどうかと思うが……」


 まあいいか、とフェレスは切り替え、ライウルフが学院都市にいると、そう仮定して動くことにする。当初の予定通り、早急にガウスの店に足を運ぶ必要がある。

 すると、真っ先にアディンが歩きだし、


「仕事に私情は禁物だ。行くんだろう、あの男の所へ――」


 そう割り切った彼は、ガウスと性格が合わないという心情は抑え、オーク族の男が店を出している武器屋の前へ、真っ先に向かい始めるのだった。 

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