第九話:食人鬼《カニバル》は異性を食らう
ゴーレムの少女、二号機に襲いかかったのは、腐りかけの人間だった。森に住まう食人鬼、呪術に冒された人間のなれの果てである。
カニバルは魔物という扱いだが、元人間の意味合いが強い。
仲介屋の危険度指定はAランク、生者よりも知能は低下しており、道徳心は欠片もないが、浅はかな悪知恵は回る。スライムを怒らせ、ニルク達を襲わせたのも、このカニバルかもしれなかった。
カニバルに体液を注がれた者は、体内に流し込まれた呪いの影響を受け、最終的には人体が呪詛に耐えきれず、食人衝動を抑制できなくなるという。腐りながらに動き、性欲と食欲に支配され、小賢しい知恵を回し、嗜虐的な欲求を満たしつつ、人間を食う化け物だった。
雄のカニバルは女をいたぶり、自分の精を人間の女に注ぎ込み、何度か産卵させた後に食らい、雌のカニバルは男の陰茎から精液採取して遊んだ後、自分の子袋に男の精を宿したまま、餌を食らうとされる。
カニバルは群れで行動することが多く、獲物の女は雄に渡し、逆に男は雌に渡すらしいが、はぐれ者だった場合、同性の者は特に何をするわけでもなく、ただ食料として消費するようだ。
カニバルは悍ましい人食いの怪物なのである。二号機を襲ったカニバルは雄であり、性衝動に駆られるまま、その場にいた男達を差し置いて、女型の彼女を襲ったのだろう。
『ハア、ハア、ハア』
「何の、つもりですか? やめな、さい!」
カニバルはゴーレム少女を押さえつけ、息を荒げた唇から臭いのきつい唾液を撒き散らし、鋭い爪で彼女の服を引き裂いた。
羞恥心を持ち合わせていない泥人形の少女は顔色1つ変えないが、眼前の怪物が敵だと判断し、拘束を逃れて撃退しようともがく。
その行動がカニバルの嗜虐心を煽り、ゴーレム少女の胸に食らいついた。
だが、彼女の双丘は泥で作られた偽物だ。血も噴き出さず、肉ではないと判断したカニバルは咳き込み、少女の胸を貫いた。ゴーレムの人形少女は双眸を見開き、胸部より砂埃を吹き上げる。
「まったく、人形と人間の区別もつかなくなったとは、哀れな怪物だな」
アディンは手元に火球を作りあげ、それをカニバルへと放った。
カニバルはのしかかったゴーレム少女の上から退き、人間離れした跳躍力により、青葉に覆われた頭上の枝へと飛び乗り、生い茂った木の葉の中に身を隠す。
カニバルが飛び移る度に木の枝は揺れ、フェレスらは頭上を警戒する。
「おい、お前ら。俺の近くに固まれ」
肉体の破損したゴーレム少女の側に寄ったフェレスらは、カニバルの攻撃を見極めるために、彼女を囲うようにして身構えた。
フェレスは銃剣に魔術弾を装填し、ニルクはゴーレム少女の杖を拾い上げ、アディンは両の拳に黒炎を点火し、カニバルへの応戦の構えとする。
異性が泥の人形と分かった今、残るはカニバルにとって、餌となる男達だけだ。誰を先に食らうとしても、もはや遊戯に興じることはないだろう。
「二号機、損傷はどの程度だ」
「魔晶石の損傷は軽微です。しかし――」
「戦闘継続は不可能、か。修復に時間がかかりそうか」
「申し訳ありません、主よ。不甲斐ないわたくしをお許しください」
「試作機に期待なんてしていないさ。君は所詮、プロトタイプだ」
「はい、感謝します」
「別に君の心配はしていない。道具が壊れたら、損害額に悩まされるのは僕だ。それが嫌なだけさ」
ふん、とゴーレム少女を見下すように言ったマキアルだが、彼女に動くよう強制しなかったあたり、自分の研究品に愛着はあったということだろう。
口の悪い少年だが、マキアルはそこまで小物ではないようだ。ただ素直じゃないだけの、実に面倒そうな性格の少年である。フェレスも人のことを言えないのだが、自分の悪癖は棚にあげておく。
「人形遊びもいいが、今の状況は頭に入れておけ」
「なんだと! 僕の魔術は人形遊びなのでは――」
「マキアル、しゃがめ!」
複数回にわたり、木を飛び移ったカニバルは枝を踏み締め、生い茂った青葉の中から飛び出してくると、真っ先にマキアルを狙う。
彼はよそ見をしていたし、フェレス達4人の中では一番小柄であり、学者らしく細身だった。
ゆえに、小賢しい悪知恵が回るカニバルは、敵対者の中にいる弱者を攻撃し、マキアルを守ろうとした男達が隊列を乱したところで、隙に乗じようというのだろう。
だが、カニバルの誤算は、フェレス=エディーダという放浪者が、自分以上に卑劣な手段をいとわない男だったということだ。
カニバルはマキアルを狙ったのではない、狙わされたのだった。
フェレスは意図的にマキアルを挑発し、彼をおとりに使うことにより、カニバルの動きを限定した。魔物の優れた跳躍力があったとしても、来る場所が分かっているのならば、対処は容易である。
光の魔術弾を装填したフェレスは反転し、銃剣の引き金を引くと、眩いフラッシュがカニバルの目を焼いた。鋭利な爪を敵に突き立てるではなく、自らの目を庇ったカニバルは、大きな隙を晒すことになる。
「今だ、ニルク! ぶちかませ!」
「お、押忍!」
ニルクの振り回した杖が、カニバルの頬に食いこみ、腐敗した化け物は地べたを跳ねまわる。だが、ダメージを受けた様子はなかった。
それもそのはず、カニバルが腕に身に着けていたのは、防護バングルだったのだ。理性を失う前の彼が、身を守るために装備していたのだろう。
賢しい化け物はまだ効力の残った腕輪を装備し、最低限の保険をかけていた。
「今の手応えは――ダメだ、結界を殴っただけか!」
「仕方ないな、僕が結界を削り切ろう。フェレス、確実に頼むよ」
「任された、しくるなよ?」
アディンの放った渦巻く龍の如き火焔は、カニバルを包み込むように点火する。腐った化け物は鎮火しようともがくが、破壊の申し子たる男の火は消えない。
継続的に自らの結界を襲う燃焼ダメージ、しかし炎が自分に届かないと悟ったカニバルは、守りを失うよりも早く、術者を食らうとした。
だが、アディンに襲いかかるカニバルの前に、立ち塞がった男が1人――
「俺の気持ちだ、受け取ってくれ」
地と火属性の魔術弾、それを銃剣のシリンダーに入れ込んだフェレスは、大口を開けて襲いかかるカニバルに、刀身を突きつけて引き金を引いた。
銃剣から鋼の複合魔術が撃ち出され、鋼の杭に口の中を串刺しにされたカニバルは血を噴き出し、やがて噴射する血液の量が減ると、怪物の頭は内側から突き出した針によって砕け散る。
地面を弾むように転がったカニバルの胴体は頭を失い、怪物の腐った肉片は、無残にもフェレスの足元に散らばった。
「やった、のか?」
「こんなものだろう。流石はAランク指定の怪物だ、はぐれ者で良かった。集団であれば、かなり手強かっただろうからね」
一難去り、アディンは自分の手に宿した炎を払い、空中に火の粉が舞う。
そしてニルクは杖を地面に突き立て、連戦の疲れと分不相応な敵を相手にした緊張感から解放され、全身の力を抜いていた。
「このカニバルが着た服の刺繍、この手帳と同じだな」
地面に転がったカニバルの遺体を蹴り、フェレスは仰向けに転がした怪物をくまなく観察する。
多少装備は焦げているが、カニバルの死体が来た軽装は、トリミニエオス大陸にある狩猟団が、好んで着用するものだったか。
魔物化した元人間にしては、まだ服が新しいようだったし、手帳の記述から推察するに、彼が日記を書いた張本人なのかもしれない。
狩猟団は非合法な仕事を取り扱うし、魔術学院の研究成果を盗み出し、裏稼業に売るような真似をしていてもおかしくはなかった。ともなれば、専門家に相談するのも一手かもしれない。
「アディン、悪いが――」
「わかっているさ、彼の所に行くんだろう? 僕としては不本意だが、あの男に頼らなければ、事件の全容が見えてきそうもない」
「大人の対応で頼むぞ」
念を押すフェレスに、「承服しかねるな」とアディンは首を縦に振ってはくれない。「仲悪いもんな」と先行きに不安を感じ、フェレスの肩が凝ってくる。と、そこへ――ニルクが意見してきた。
「先輩方は、そこの男が魔物化した理由を探らないのか?」
一学生であり、若者の彼ならば、当たり前の質問かもしれない。英雄願望というか、若気の至りというべきか、危険な魔物は放置できないというのだろう。
そこはフェレスも同意だ。狩猟団の男に呪詛を伝染させた元凶はいる訳で、それを退治しないことには、新しい犠牲者も出るだろう。
かつて理想の自分を思い描いていただけに、ニルクの気持ちは痛いほどわかるのだ。
だが、勇気と無謀はまったく違う。
まず、襲われた狩猟団グループの人数がわからない。手帳の記述から推察するに、隠密に運ぶ必要がある約束のようだった。犠牲者の狩猟団が、大人数で行動していたということはないだろう。
組織の下っ端か、もしくは幹部と取り巻きあたりの構成だった可能性は高い。少なくとも5人、多く見積もっても10人弱の人数だったはずだ。
狩猟団のメンバーとの交戦許可が下りるのは、仲介屋のBランカーからであり、且つ敵対組織の推定人数に見合った数の人が集まらなければいけない。
大規模な戦闘も想定し、軍を交えた作戦になるくらいだ。自分が何を言いたいのかと言えば、狩猟団のメンバーは実力的にも粒揃いということ。
狩猟団の弱者は淘汰されるために、生き残りは必然的に精神力と高い戦闘センス、それに知識を兼ね備えていることが多い。
そんな実力者の一団を壊滅させたともなれば、群れを成したカニバルが、森に棲み処を作っているのは確かだ。しかし、巣の拠点まではわからない。
闇雲に森を散策したとしても、それは下策でしかない。「どうぞ殺してください」と、そう怪物どもに言っているようなものなのだ。そしてもう1つ、大きな疑問がフェレスの頭に浮かぶ。
「仮にカニバルが大きな群れを成していたとして、どうやって合流した? 人を襲えるだけの数を揃えたカニバルに、どうして討伐依頼が出ていない」
そこが謎だったのだ。知性が低下したとはいえ、元人間のカニバル達が群れを成すのは、あり得る話だ。しかし、頻繁的に生まれないカニバルが、魔術学院近くの樹海に潜み、好機を窺うみたいに人食いを行わないのは不自然だ。見えざる力により、操られているような悪寒が走る。
杞憂だとよいが――
「とにかくだ、ニルク。相手の規模が分からないのに、深追いをするものじゃない。相手の数が多ければ、こちらも人数を増やす必要がある」
「情報不足ってことか。行動を起こしても、無駄死にする危険がある」
「そうだ、よくわかってるじゃないか。自惚れは身を滅ぼす、どんなに熟練な手練れだったとしても、簡単なミスで命を落とす仕事だ」
「依頼は慎重に、且つ勝算をもって確実に――だったかな?」
「アディン、お前が俺の主義を代弁するな。格好つかないだろう?」
「押忍!」とニルクは武道家らしく頷き、フェレスの調子が狂っていく。遺跡で少女を拾って以来、爺くさい説教が多くなっていないだろうか。
自分のもつ知識を饒舌に語ってしまうのは、年寄りの悪癖だと身に染みた。
「まずは、2人を学術研究都市に送り届けないとな」
これも仕事の縁だろう。金銭的な利益はないが、学生2人を放置するのは後味も悪いし、フェレスは依頼外のサービスをしてやることにした。上着の革ジャケットを脱ぎ、フェレスはマルキスに放り投げる。
「マルキス、これをそこのゴーレムに着せてやれ」
「――なっ! 僕は由緒正しきローベック家の人間だぞ? 口の利き方には――」
「悪いな、俺は国籍をもたない放浪者だ。この国の政情には縛られないし、ここは公的な場所でもない。ケースバイケース、俺は恩人として忠告してる。どんな才子と言われようと、俺から見れば、お前はまだ青くさいガキだよ」
フェレスに言い切られ、「甚だ不本意だ」と不満を顔に出すマルキスだったが、救助されたのは紛れもない事実であり、立場が悪いことを自覚しつつ、彼は舌打ちをしていた。
「それを持ち出すとはね、卑怯な男だ」
「性分なんでな、小物の自覚はしてるさ」
「いいだろう、ジャケットは借り受ける」
フェレスから受け取った革のジャケットを、マルキスは服の引き裂かれたゴーレム少女に手渡す。
ジャケットを受け取ったゴーレム少女は、「感謝します」とフェレスに一礼し、胸元を隠すようにジャケットを羽織る。片胸に食い痕が残り、鳩尾に穴の開いたようなゴーレム少女を、街中で連れては歩けない。上半身裸よりは男物であれ、服は着てもらっていた方がいいのだ。
こうして、フェレスは魔術学院学生会の男メンバーと出会い、2人の男子生徒とゴーレム少女が森を出るまで、彼らを護衛することになるのだった。




