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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第三部:魔術学院編・前篇 青春の影に負け犬は暗躍す
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第八話:酸液を宿す粘着魔物《スライム》

 森の茂みにしゃがみ込み、身を隠したフェレスらが目撃したのは、全長3メートルになるかという巨大なゼリー状の生物だった。

 呼称はスライム。アメーバのような単細胞生物が変異した魔物と言われ、体の表面は薄く柔軟で透明な甲殻に覆われ、酸性の体液をその身に包み込む。

 両断されれば増殖し、打撃や斬撃の攻撃は通りにくく、たとえ体が傷つけられたとしても、体液表面の甲殻が瞬く間に自己再生してしまう。

 雑食の魔物であり、自ら進んで人間を襲うことはなく、敵対しなければ争いを嫌う温厚な性格であるが、一度でも刃を振るえば激情し、危険な魔物となる。


 体内に取り込んだ武器や防具は一瞬で腐食し、もし生き物がスライムの体内に取り込まれたともなれば、口や耳、鼻の穴といった隙間から酸性の液が人体に注入され、衣服どころか骨の髄まで内側と外側から融解されていく。

 スライムに包み込まれた哀れな犠牲者は、窒息の苦しみを味わいつつ、人体が溶かされていく激痛に脳を焼かれながら、生きたままで殺されるのだ。

 スライムに殺害された者は、無様にも魔物の体内に糞尿を撒き散らし、それさえも栄養として摂取されながら、あまりに惨めな死に体をさらす。


 ゆえに、敵対意志のないスライムは危険度Dランク指定であるが、魔物の逆鱗に触れたのであれば、危険度Bランク指定まで跳ね上がる。

 温厚な時のランクに世間は騙されているが、スライムは決して《《弱い》》魔物ではない。火という明確な弱点があるにせよ、対処を誤れば死に至る。


「あれは……若いな、仲介屋の新米か?」


 スライムに対峙するのは男女4人のグループだった。

 感情が乏しく、まるで人形のような顔つきをした少女2人に、アルスファグナ魔術学院の指定制服であるローブを着た少年2人だ。


 少女らの見た目はそっくりしのまま、生き写しのような顔立ちであり、長い灰髪を三つ編みにしているか、していないかの違いしかない。双子なのだろう。

 少女の1人が剣を中段に構え、もう1人が魔素結晶を埋め込んだ杖を持つ。

 ローブを着た少年2人は、冒険者用の衣服を着た仲介屋の少女らに、身を守ってもらっているのかと思ったが、フェレスの予想は外れたようだ。


 2本角が生え、短い赤髪に褐色肌をした少年は、大振りのハルバートを掲げ、少女2人に肩を並べて立つ。彼は悪霊種の鬼族らしい。

 武術ではなく、魔術研究をする鬼族は珍しいが、それでもフィジカルの高い種族だけあって、近接戦もこなせるのかもしれなかった。

 守られているのはエルフ族の少年だけである。なにやら、彼は地面に魔法陣を展開し、魔術を行使しているようだ。


「フェレス、このままじゃ……」

「ああ、新人どもには荷が重いだろう。アディンの魔術は相性がいい、俺が突っ込むから、お前は詠唱していてくれ」

「ああ、わかった――なっ!」

「あのバカ、早まりやがった」


 フェレスらが助けに入る前に、剣を構えた少女がスライムに突っ込んだのだ。

 スライムの巨体に、傷をつけられるかどうかもわからない刃で、彼女は魔物の斬りかかる。しかし意味はない、分断されたスライムの甲殻は分裂し、剣を持つ少女の両手を包み込んだ。目を見開き、少女は慌てるが、スライムは離さない。

 スライムの体内に飲み込まれた剣は腐食され、少女の腕が溶解されていく。彼女が後方に飛び退いた時には、肘から下の両腕がなくなっていた。


「あの小娘ガキ、まさか――っ!!」


 両手を失ったはずなのに、少女が苦痛に悶えるような声を上げることはなかった。どこまでも淡々と、無くなった腕を見下ろす。

 痛覚が鈍いとか、現実を受け入れられていないとか、そういう問題ではない。腕の溶かされた部分から血が滴ることはなく、代わりに溶解された腕の肌がひび割れ、ぽろぽろと泥が落ちる。

 そう、彼女は女型の自立式人形ゴーレムだったのである。術者はエルフ族の少年であり、彼が2体の愛らしいゴーレムに司令を送っているのだ。


「ゴーレムには悪いが、優先順位は低めだな」


 灰色の長い髪をしたゴーレム少女が、どんなに可愛らしい造形であろうとも、泥人形は少女の姿をした模造品でしかない。再生産すれば済む話なのだから、彼女を助けるために労力を割くには、あまりにリスクが高すぎた。救出を優先すべきは、スライムと対峙する少年2人だ。

 見知ったローブを着ている彼らは、魔術学院の生徒のようだった。


「――くそっ! ゴーレムの損傷が激しいか!」


 腕を失ったゴーレム少女は修復できず、エルフ族の少年が唇を噛む。

 すると、体を震わせたスライムが跳躍し、魔物の巨体が両腕を欠損したゴーレム少女にのしかかる。ゴーレム少女は後方に飛び退き、スライムの初撃は回避したものの、巨体が着地した時に吹き荒れた風圧で、後方に吹き飛ばされた。

 両足が地面から浮き、風圧に巻き上げられた両腕のないゴーレム少女は、「がはっ!」と声を漏らし、木の幹に叩きつけられた。


 そして再跳躍、2度目の大ジャンプをして見せたスライムは、森の木もとろともにゴーレム少女を体内に含み、溶解していく彼女の栄養を堪能する。ゴーレムの核は加工した魔素結晶なのだ。

 生物に宿る魔素を吸収する魔物には、さぞ美味なことだろう。スライムがゴーレム少女を優先的に狙ったのだって、彼女に胸に埋め込まれた魔晶石が目的だった。

 遥か昔は羊皮紙に『真理』という文字を刻み、土で捏ねあげた人形に張り付けたらしいが、その羊皮紙の代用品として普及したのが、魔晶石だという。


「一号機、僕の指示に従え! くっ、やはり制御が利かないか!」

「任せろ、俺が手を貸す」

「頼む。試作品ではあるが、それを失うのはもったいない」


 エルフ族の少年の叫びに合わせ、ゴーレム少女がもがき苦しむが、彼女がスライムの体外に排出されることはない。

 一方、エルフ族の少年に代わり、彼の願いに応えるよう、鬼族の少年は地面を踏み込み、突進の勢いはそのままに、スライムへ刺突した。


 だが、ハルバートの矛先はスライムに吸収され、腐食してしまう。

 柄だけとなったハルバートを引き抜くと、スライムはゴーレム少女の肉体を溶かし始め、少女を泥の塊に体内で分解すると、次の標的を鬼族の少年に定めた。

 遂にゴーレム少女は魔晶石コアまで溶解され、吸収した大量の魔素で、また一回り大きくなったスライムは、少年にゼリー状の体表膜を伸ばす。


 そこへ撃ち込まれたのは、銃剣により放たれた火球だった。


 衰えることなく、空中を飛び進んだ火球は、スライムの体表面を覆う甲殻に着弾し、爆炎を煙を噴き上げた。物言わぬスライムは、フェレスの放った火炎弾を嫌がり、森の奥へと逃走を開始した。

 スライムは温厚であり臆病な魔物、痛いのが嫌いなのだろう。けれど、一度は暴走したスライムを見逃してやるほど、フェレスは優しい男ではない。


「アディン、頼む!」

「ああ。君に恨みはないが、それ以上成長されても困るからね」


 容赦はなく、体内に着火された黒い炎が、スライムの体を内側から焼き尽くしていく。

 不思議と対象以外に燃え広がらない黒い炎に包まれ、スライムはゼリー状の体を焼かれて、焦げ臭さと大量の湯気を上げる粘膜を、森の地面に残した。

 落ち葉の上に広がったゼリー状の真っ黒な残骸が、スライムの死骸であった。


「何とかなったみたいだな」


 草むらから飛び出してきた2人の男を眺め、学院生達は呆然と立ち尽くした。

 命が助かった安堵もあるだろうが、それよりも見知らぬ男達の登場により、完全に面食らったというのも大きいはずだ。


「あんたらは、いったい……」


 そう鬼族の少年に尋ねられ、フェレス達は名乗りをあげる。



    ◇



「俺達については、そんなところだ」


 自分の素性を語ったフェレスに、鬼族の少年が「助かりました」と頭を下げる。

 なんでも、魔術の深淵に興味を持った彼は、武芸のみを極めようとする鬼族の在り方に疑問を覚え、里の長に無理を言って旅立ったのだとか。道場でいう破門のような形で里を出た彼は、何かしらの功をあげて見せるまで、里には帰れないという話だった。


 先に放浪者の入会試験を受け、放浪者として貯蓄した資金を元に、魔術学院に入学することになったらしい。つまり、彼は仲介屋の会員と魔術学院の生徒を兼任しているということだった。


 彼は自分のことをニルク・ノキリアと名乗る。


 リーシャより少し年上だろうが、ランカーに換算すれば、D判定くらいが妥当だろう。そもそも、フェレスの師事があったとはいえ、齢16歳で幻術の極位クラス魔術が扱えるリーシャが異常なのだ。


 それに、自分の弟子にはSランカーを保持する有名な傭兵会社に、入社できたという幸運もある。

 リーシャの場合は、女性メンバーだけのチームに所属したらしいが、戦闘経験が豊富な者達と仕事をこなせるというのは、己の成長を促す利点もあった。

 傭兵会社に所属した者は、先輩から学ぶ機会も多く、実力をあげやすいということだ。


 ともあれ、リーシャの強さは特異な幻術魔術ありきのもの。純粋な武芸と腕力であれば、ニルクの足元にも及ばないだろうが。


「まさか、スライムがあそこまで手強いとは思わなかったな」

「通常時のランク指定のせいで、弱く見られがちだからな。その辺り、新人がよく誤解するところだ。気をつけろ」

「お、押忍!」


 鬼族が武道に精通しているためか、ニルクは脇を締めて拳を固め、まるで門弟のような返事をする。

 これは参った、フェレスも彼の師になったつもりはないのだが。


「なんで、新人と依頼主だけで森に入ろうと思った?」

「それは――こいつ、マキアル・トゥル・ローベッタって言うんだが、どうしても魔晶石の追加が欲しかったらしくてな。ダチの付き合いみたいなもんです」

「あのなあ、学生2人なのは問題だろ? 仲介屋で護衛を雇えなかったのか?」

「それはダメだ、僕の研究を他人に公表したくはない」


 プライドが高そうなエルフ族の少年、マキアル・トゥル・ローベッタは意固地になって言う。彼はミルファリア王国の7第公爵の一家、ローベッタ家の嫡男だという。下々の者に頼るなど、由緒正しき高潔な貴族の名が許さなかったようだ。

 「僕の研究を口外されたらどうする?」と、彼は親しい者以外を容易く信じない堅物だったらしく、人間不信の気もあった。


「まあ、今となっては厳しいか」


 彼は自分の操るゴーレム少女を見る。彼女は魔素結晶の埋め込まれた杖を握ったまま、彼の目の前に佇み、首を傾げて声を発する。


「主よ、一号機が破壊されました。彼女の冥福を祈りたく存じます」

「好きにするといい。溶かされた彼女は、壊れてしまっただろうからね」

「謝辞します、主よ」


 杖を脇に抱えたゴーレム少女は、燃え尽きたスライムの残骸に黙祷を捧げる。その行動を見た瞬間に、フェレスは唖然としてしまった。

 ただの泥人形でしかないゴーレムが、発音のよい言葉を並べ、まるで人間のような行動を自動的に行ったからである。アディンの方も目を丸くしてしまい、マキアルは嫌々ながらに語り出した。


「見ての通り、僕が研究しているのは、人間の思考パターンを模倣したゴーレムだ。旧来のゴーレムの上位互換といっていい」

「思考する人形か。確かに、恐ろしい研究だ」

「完成すれば、軍事利用や職務利用も検討できる。魔術師の歴史が変わるな」

「降霊術とゴーレム生産技術の融合だよ。雪国の錬金術師どもも、盛大に驚くだろう。人工生命体ホムンクルスに引けを取らず、魔術仕掛けの機械人形は出来上がる。これで、錬金術師達の独占市場にメスを入れられるわけだ」


 「だから情報漏洩は避けたかったのに」と、マキアルはフェレスらに自分の研究が露見したことに、落胆を意を隠せないようだった。


「悪いな、先輩方。こいつの言い分もあるし、今回のことは――」

「他言無用か? まあ、俺も若者の努力は無為にしたくないからな」

「本当か? 信じていいんだよね?」

「おいおい、マキアル。命の恩人なんだぜ、その対応は冷たいんじゃないか?」

「――くっ! 感謝は、しているさ」


 自分が死ねば、研究の意味はなくなる。それは理解しているらしく、プライドの高い少年は泣く泣く折れるみたいに、悔し紛れの感謝をする。

 やれやれだ、と気難しい少年に頭を抱え、アディンは首を振る。と、その時だった――


「主よ。何かが、います」


 スライムの亡骸に祈り終えたゴーレム少女、二号機が真上にある木の枝を指差した。

 すると、ゴーレム少女の見上げた樹木、生い茂った青葉はざわめき、やがて一匹の化け物が現れ、その化け物は二号機に飛びかかる。

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