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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第三部:魔術学院編・前篇 青春の影に負け犬は暗躍す
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第七話:学院の裏で負け犬は動く

 三珠達がアルスファグナ魔術学院に向かった同日の朝、フェレスはアディンと共に、学院都市の外にある樹海に足を踏み入れていた。

 青々と茂る草木に埋め尽くされた緑の箱庭。足場をゴツゴツしていて歩きにくく、大樹の根がそこかしこに這い出していた。

 森の空気はひんやりと冷たい。太陽光を遮る葉の間から木漏れ日が鬱蒼とした大森林を照らし、暗くどんよりとした森の中を僅かに賑わす。


 樹木の幹から垂れ出した蜜の如き樹液に、3本角のクワガタが集る。腐葉土の下には粘膜を撒き散らすミミズが這い、フェレスらが脚を踏み出す度に、カサカサと枯れ葉が舞う音が聞こえた。

 密林鳥シルファ・ヒューレーと呼ばれる羽の退化した鳥が、木から木へとムササビのように飛び移る。多くの原生生物が住まう騒々しい森だった。


「これでいいかな?」


 木の幹に色つきの紐をくくり付け、アディンはフェレスの元に戻る。

 方向感覚が曖昧になる森の中で迷わないよう、来た道をわかりやすくするために、彼は一定間隔に目印をつけていたのだ。

 羅針盤は用意したが、森に凝縮した魔素により、マグネタイトのような磁性の強い魔素結晶が形成されることもあり、羅針盤が機能しなくなることもあり、過信は禁物なのだった。

 森を舐めてはいけない、念には念を入れるべきだろう。


「こっちもそれなりの収穫だ」


 樹木の根元にへばりつき、緑色に輝く結晶石を、フェレスはナイフでほじり取る。森に満ちた魔素が樹木の注がれ、吐き出された風属性の結晶石だった。

 フェレスは緑色の宝石を握りしめ、収納袋にしまっていく。そろそろ、結晶繊維で作られた収納袋の亜空間が、重量オーバーになる頃合いだ。

 

 仲介屋で2人が受けた依頼は、数量指定なしの魔素結晶の調達。需要と供給により、相場は各属性ともに時価相場だが、一個単価の平均2000クリュス前後だろうか。

 魔素は人々の魂の欠片であり、感情を持つ存在がいれば、魔素結晶は永遠と採取できるが、利用価値は幅広く、採集には危険を伴うため、数さえ集めれば、仲介屋への売却総額もそれなりになる。

 

 そして、会員から仲介屋が買い取った魔素結晶が各企業に卸され、様々な魔術製品となり、市場に出回る。魔術研究都市の買い手は主に魔術学院だろうが、魔術研究の品評会、ファグナリア祭を控え、物価は急激に高騰している。

 フェレスが朝一番に森に入ったのは、ライバルの冒険者団体の先を越し、より多くの魔術結晶を回収するためだった。

 今も森のどこかでは別団体が精を出し、探索していることだろう。今の所は魔物の気配はないが、森を棲み処とする化け物がいない訳でなく、気は抜けない。


「フェレス、何か聞こえないか?」

「ん? どうした、アディン」


 友人に言われるまま、フェレスは瞳を閉じて耳を澄ませる。すると、微かにだが、流水の音が聞こえた。近くに川があるのだろう。

 水属性魔素結晶の入手するチャンスかもしれない。新米の冒険者は同行しておらず、危険度Aランク指定の魔物に襲われようと、討伐は無理でも逃げ切ることのできる熟練2人での探索だ。

 

 もう少し無理は利くだろう。

 最悪、お互いに自分の身だけを守ればいいし、収納袋の指定重量にもまだ少し余裕があるともなれば、多少は欲もかきたくなる。大黒柱は金銭難なのだ、稼げるときに稼いでおきたい。


「アディン、行ってみるか?」

「ああ、昔のよしみだ。彼女らへの気苦労は察するし、僕も手は貸そう」

「助かる――まったく、小娘ガキを拾うもんじゃないな」

「そうか。君がそう言うのならば、そういうことにしておこう」


 アディンの見たフェレスの表情は、妙に楽しそうだった。

 フェレスの自然体な顔を黙認すると決め、


「いい顔をするようになったじゃないか。昔の君を見るようだ」


 そう言ったアディンは緋色の長髪をなびかせ、どこか若き日を思い出すかのように、川辺へと進むフェレスの背を追うのだった。



    ◇



 一段と湿っぽくなった森の中に、小さな小川があった。巨大な岩が多く、水の透明度は高い。岩石に覆われた自然の生簀に、小魚は悠々と泳ぐ。

 細い噴流は白い泡となり、水面に飛沫となって飛び散る。フェレスは浅い小川の水底に手を突っ込み、青色の魔素結晶を掴み取る。

 水底に凝縮された水属性の魔素結晶だ。海や川、それに湖や池など、水にまつわる場所の底に、水の魔素結晶は生み出される。

 一説には、まだ見ぬ海の深海に、大量の魔素結晶の岩壁があるのではないか、とそう囁く魔術学院の卒業生もいるらしい。


 靴が濡れないように岩を飛び移り、フェレスが水中の魔素結晶を採取していると、不意にアディンから声がかかる。


「フェレス、ちょっと来てくれないか?」

「んっ、どうした?」


 アディンに呼ばれ、フェレスは小川の岸辺に戻る。フェレスが彼の足元に目を向けると、火をおこしたような焚き木跡があった。

 

 まだ新しい。せいぜい3日経つか、経たないかくらいだ


 折り重なった小枝は真っ黒に変色し、地面には灰が散らかっている。

 周囲にある木の枝が、鋭利な刃物で切断されたかのようになっていて、恐らく、中級クラス程度の風魔術により、高い位置の枝を切り落とされたのだと思われる。

 だが、それよりも生々しかったのが――


「血痕か……」


 そう、木の幹にべったりと張り付いた赤い液体だった。野営していた者達が魔物に襲われ、交戦した結果なのかもしれなかった。

 出血量的に致命傷だろう。死体がないのは、人食いを主とする魔物が持ち去った可能性が高い。一気にフェレスの警戒心が高まる。

 魔物には一定の行動パターン、いわゆる動物的な縄張り意識というものがあり、高確率で被害が出た場所に再び、魔物が現れる危険性がある。


 フェレスは血痕のついた木に近づくが、ふと自分が踏み締めた地面に、足が滑るような違和感を覚える。目を落とすと、そこには血のついた手帳があった。

 被害者の所有物だろう。フェレスは血に汚れた手帳を拾い上げる。


「何かあったのか?」

「ああ、ここで襲われた奴の手帳らしい」


 フェレスが拾ったオオカミのシンボルマークが記載された手帳に、手がかりが残っているかもしれない。そう思い、フェレスは手帳を読み進めた。


『ファグナリア祭を前に、奴らが俺達に取引を持ちかけてきた』

『うまい話だ、研究の一部を俺達に横流してくれるらしい』」

『例年通り、品評会に来訪する客に紛れようという意見もあったが、奴の計画に乗るのならば、そんなリスクは負わなくて済む』


 手帳の最初の部分を読み上げ、「これは……」とフェレスは声を上げる。差し詰め、犯罪の計画書といった所だろう。

 ここ数年のファグナリア祭だが、実は裏社会の方に、「技術の転売が行われているのではないか」と、不穏な噂は耳にしていた。

 

 というのも、裏社会を牛耳るマフィアンコミュニティが元締めを務める会社で、魔術学校が一般非公開しているはずの技術を使い、闇市に商品が出展されているという話を、それこそアディンから聞いたばかりだったからだ。

 アディンが魔術都市に出向いた理由も、資金稼ぎの一環であることは勿論のこと、祭日の盛り上がりに潜み、魔術技術の研究成果を盗み出す売人を見つけるためでもある。

 

 トカゲの尻尾を切る程度の行動だが、やらないよりはいいだろう。

 裏社会に潜むマフィア団体に届かないにしても、学院生徒達の血の滲むような努力を、金儲けに使おうとする悪党を摘発することにはなるのだから。


 フェレスの手に持った手帳だが、内容的に魔術技術の密売人のものである可能性は高い。彼らは樹海を集合場所に取り決め、何者かと取引をするつもりだったらしく、手帳にはその旨が書き記されている。

 そして密売人の手帳は、こう続く。


『おかしい、約束の時刻よりも1日遅れている』

『奴は森にでも迷ったというのか、それとも魔物に襲われた?』

『何はともあれ、テントのスクロールはあと僅か、魔物除けの護符の効果は切れかけのようだし、一旦森の外に戻った方がいいのかもしれない』


 その一説を境に、手帳に記述されたメモの様子が一変する。


『ハメられた、ハメられた、ハメられた』

『化け物共に連れ去られた仲間の女も、今頃は奴らに強姦され、食われただろう』

『最初から話がうますぎる思ったのだ、奴の口車に乗るべきではなかった』

『水辺にテントを張り、今は逃げ切ったようだが、俺達もいつまで持つか……』

『血の匂いだ。奴らの徘徊する気配がする度に、噛まれた肩が疼く』

『携帯食料は尽きた。食料の奪い合いをして、仲間を殺してしまった』

『血の臭い、いい匂い。空腹だ、頭がボーッとする』

『腹、減った……何か口に入れたい、あれを食いたい、喰う……クウクウクウ!』


 書き殴られた乱暴な文字の羅列は、次第に歪んでいく。日記に書き手の自我が、徐々に崩壊していくのがよくわかる。もし日記の書き手が存命ならば、かなり危険な状態だ。

 遭遇すれば、迷わず引き金を引くべきかもしれない。


「フェレス、これは……」

「ああ。なるだけ早く、ここを離れた方がいいかもしれない――っ!!」


 唐突に森の木々がざわめき、巨大な地響きが聞こえてくる。

 2つの長い耳を持つ一角ウサギは地面を跳ね、ヤモリのような黒く太い両生類は水辺を這いずり、振動した木々の幹から密林鳥は離脱し、立派な角を持つシカが小川を飛び越え、森の奥からは動物の群れが押し寄せてくる。原生生物の危機感知能力が、強力な魔物の波動を感知したのだろう。


 「隠れるぞ!」とフェレスが叫び、2人は樹木の影に隠れた。動物が走り去った後にできた獣道に立ち、2人は鉄の刃が石の表面に突き立てられたかのような、森に反響する甲高い金属音を耳にする。

 魔物と別の仲介屋ギルドメンバーが交戦中なのかもしれなかった。


「行くかい、フェレス?」

「仮に魔物と交戦中として、どの程度のランクなのかは検討がつかない。正直な所、見捨てて逃げるって選択肢もあるが、手帳の内容が気掛かりだ」

「それなら、こういうのはどうかな? 一度、草かげから魔物を確認し、対処可能なランクならば参戦する。逆に勝ち目がないとすれば……」

「戦闘中の連中をおとりに使って、俺達は撤退するって感じか? 戦ってる奴らには悪いが、俺は英雄じゃないしな。運が悪かったと諦めてもらおう」

「それが堅実だね。僕も無駄死にはしたくない」


 冷徹なことを言っているようだが、仲介屋という職を選んだ時点で、殉職するリスクは避けられない。その覚悟がないのならば、仲介屋に会員登録すべきじゃないのだ。

 これは暗黙の了解、同業の者に見捨てられてもしかたない。

 フェレスとアディンは深入りしないように心掛け、動物達が逃げてきた方角に向かうこととする。

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