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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第三部:魔術学院編・前篇 青春の影に負け犬は暗躍す
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第三話:学院取材の依頼(序章末話)

 アルスファグナ学院都市の仲介屋支部は、盛況な賑わいをみせていた。

 学院スポンサーの来客があるということで、街道の安全確保のために、討伐系や魔物除け街灯修理者を求める企業雑務の依頼書きゅうじんひょう、学生生徒からの納品依頼なども多岐にわたる。

 新着に依頼を張り出した掲示板には長蛇の列ができているし、それは受付の方も変わらず、順番待ちをする傭兵会社の職員や、放浪者の姿に埋め尽くされる。

 仲介屋の会員達に普段の緩い雑談会をするゆとりはなく、依頼をこなすチームも特定のメンバーで固定化されていて、力量を把握し合った身内で結成され、なによりも仕事の効率化を図っているようだった。


 一言で言い表せば、真剣ガチなのである。ガールハントをしようとする男チームも少なく、むさ苦しさの漂う武装を揃えている。

 男女のチームで完全に別れているという雰囲気か。野良でチームを組み、些細な行き違いから口論になるリスクは避け、仕事の効率を落とすくらいならばと、気心の知れた仲間だけで固まっているのだろう。


「基本的に、俺はずっと1人だったけどな」


 仲介屋の賑わうイベント時に、1人旅の人間は不利になってくる。

 暫定的に協力してくれる人間が少ないからだ。単独参加した者には仕事熱心な人間も見当たらず、軽い小遣い稼ぎが前提のため、チームを組みたがらない。

 結局、一人頭の取り分は少なくなるが、チームを組んだ者達の方が仕事を手早く済ませてしまい、稼ぎ(・・)とされる人気の依頼は、あっという間になくなってしまう。


 仲介屋は原則、先着優先の方針だ。最後に残るのは地味な仕事ばかりで、1人で仕事を済ませていくにつれ、哀愁すら感じるようになってくる。

 やはり仲間がいた方が、普段のフェレスみたいに、虚しい仕事をする破目にはならないだろう。

 今回はカトレアの推薦状があり、普段の自分とは違う計画になりそうで、フェレスも少しばかりは期待していた。


「エディーダ氏、こっちに来てもらっていいッスか?」


 くいくいと、カトレアが手招きをしてみせると、彼女の上司である新聞記者のケージィオが頷く。カトレアの用意した依頼に、彼も一枚噛んでいるのだろう。

 受注受付とは異なり、比較的に空いている委託受付に、フェレスは同行者を引き連れて向かった。委託受付は名の通り、企業側の依頼主クライアントが、仕事の人材募集を申し込むカウンターである。

 そこでは企業側の委託者指名も引き受けているらしい。指名された人物の日程調整し、仕事を割り当てるのも、受付嬢の立派な仕事だった。


「ここが空いとるみたいやな」


 手薄な受付を見つけ、早々にケージィオが受付の奥を覗き込む。もうフェレスらが依頼を引き受ける前提の対応だった。断られるはずがないと、そう信じ切っているかのような新聞記者である。

 

 せっかちだな、とフェレスは思う。

 まだ自分達はは依頼の概要すら、耳にしていないというのに――


「あの、ケージィオ先輩? まだ、皆さんに説明してないんッスけど?」

「ええやろ、別に――手続き、ごっつ時間かかんねんから」

「いや、そういう問題ではなく……」

「かまへん、かまへん。ワイが手続きやっとくさかい、カトレアはフェレスはんらに説明しときやぁ」


 するりと、カトレアから依頼書を奪い取ったケージィオは、「よろしゅう頼んますぅ」と、人のいないカウンターの前に立ち、受付嬢を呼び出した。

 ケージィオの呼び掛けに応じたのは、奥で作業をしていたらしい職員である。

 頬や腕に鱗のような紋様が浮かび、毛ではなく鱗に覆われた尻尾を持つ彼女は、爬虫類の遺伝子を組み込まれた獣人種だろう。蜥蜴族とも言われる。蜥蜴族の受付嬢は依頼書を開き、一通り目を通した後に、依頼確認の意味も込め、ケージィオに向き直った。


「依頼主は、アベントゥーラ時報様でよろしいでしょうか?」

「ええで、ワイはそこの社員やからな。総務部がアポを取っとるはずや。確認してくれへんか?」

「かしこまりました、少々お待ちください」


 爬虫類の尻尾を揺らす受付嬢は、再び奥の事務所に戻っていく。依頼内容もわからないまま、トントン拍子に話が進んでしまい、少女らは唖然とした。

 このままでは、断れる雰囲気ではなくなってしまうだろう。少女らは心配になり、王国での恩返しを豪語するカトレアに小声で問いかけ、


「ねえ、カトレアさん。依頼書の内容って何なの?」

「取材ッスよ。天津氏達には魔術学院に仮入学してもらって、ファグナリア祭に挑む学生達の生の映像を、撮ってきてもらいたいんッス」


 ケロッと開き直ったように笑うカトレアに、三珠達は唖然とする。本職の記者が務めるべき仕事の肩代わりをしろというのだ。

 依頼内容からして報酬はよさそうだが、それでも力不足ではないのだろうか。当たり前だが、リーシャは声を高々にカトレアに詰め寄った。


「はあ!? ちょっとあんたら、そんな重要な仕事を他人に任せていいわけ?」

「正直……荷が、重い……」


 リーシャに便乗し、メルも否定的に言う。2人の意見はよくわかる、プロの仕事に素人が挑むべきではないというのだろう。

 写真の技術も低く、取材スケジュールを管理するともなれば、相応のレポート力と忍耐が、4人には求められる。フェレスやアディンは同行してくれるのだろうか。

 実際、その点が重要だった。カトレアの返答によっては、慎重に考えなければいけない。


「いやあ、自分らの仕事なのはごもっともなんッスけどね。やっぱり、ジャーナリストが見学に来るともなれば、学生達も気を張っちゃうじゃないッスか? それに、自分は学院のOGだしね、余計に意識しちゃうでしょ?」

「そうですね。私も姉様方に見られるともなれば、いい恰好をしようとします」

「そう、そういうことッスよ。自分らが撮りたいのは、ありのままの学生の姿なのに、世間体を気にされると困っちゃうんッスよ」


 ポリポリと頭をかき、苦笑いを浮かべるカトレアに、ピスカは頷く。

 彼女の目論みとしては、三珠達にオープン・キャンパスの体で学院へ仮入学してもらい、品評会までの30日間を時給制で過ごしてもらい、生徒達の様子を写真と文書に納めてほしいのだとか。


 ここで太っ腹なのが、陰の刻となる4時間を除く、22時間の時給制であり、単価は一人頭が100クリュス、30日を過ごせば、66000クリュスになる。

 4人合わせれば、264000クリュス(日本円:264万円)の高額報酬となり、未開拓遺跡調査の半額程度ではあるが、それでも仲介屋Bランカーであるリーシャの仕事報酬から計算すれば、割高なのは間違いない。と、そこで疑問を口にしたのがリーシャだった。


「いやでも、それどうするつもりなわけ? 教団の名義で仕事を受けられるピスカと、もともと会員であるあたしは別にしても、三珠とメルが問題っしょ?」

「ん? リーシャ、どういうこと?」

「あー、三珠は知らないっけ? あんた、レティの依頼を受ける時、先輩の名義を使ったっしょ? レポートは先輩から仲介屋に提出すればいいし」

「それと何が違うの?」

「今回のは個人への依頼になんのよ。参加者には全員、仲介屋の名義がいるわけ」

「つまり……私達、参加不可……」

「まあ、そういうことね。だから、あたしも混乱したわけ」


 カトレアに怪訝な眼差しをリーシャだったが、しかし彼女は、チッチッチと片手の人差し指を左右に振り、解決案を口にする。


「そこは仲介屋の仕様を利用するッス。自分達が重複可の依頼として提供することにより、エディーダ氏とオーディファン氏の名義を使うッス」

「えっ? ちょい待ち、それって犯罪……」

「バレなきゃいいんッスよ、バレなきゃ。自分らも協力するッスから」


 悪巧みをするような魔女の顔になったカトレアに、リーシャが冷たい視線を向ける。絶対に断られたくないと、彼女の心証も窺えた。

 学院の生徒代表を務める学生会、現代日本で言う所の生徒会役員と学院長の許可は得ているらしく、後は誰を送り出すかというのが、週刊時報のネタを落とし、上司に叱られたカトレアの課題であり、彼女は三珠らに白羽の矢を立てたのだ。


 何のことはない、高額報酬の依頼を用意するという約束に付けこみ、カトレアは少女らに自分の尻拭いを押し付けたのだった。ちゃっかりしている。


 大人が取材に行けば、生徒達は取り繕ってしまうだろうし、同年代の少年少女の方が、学生達の包み隠した仮面を引きはがせるのではないか、という期待もあるのだろうが、あくまでも三珠は、それらしい理由付けをした建前のような気もした。

 それにカトレアの代案を真に受けるのであれば、フェレスとアディンは参加メンバーから除外されるということ――これはよくない。


 監督者がいないのであれば、4人も了承しかねる。

 少女らの保護者が参入すると、学生達の空気と変え、その場凌ぎの礼儀正しい生徒を演じることになり、彼女が欲しい写真にはならないという気持ちは分かるが。

 

 他人に頼ってまで、やたらと手柄を立てたがるのは、カトレアが出世欲たくましい証拠なのだろう。三珠は彼女の気持ちも汲み、先程から聞き耳を立てていたらしいフェレスに、最終確認をとってみた。


「どう思う、フェレスさん? さっきから聞いてたよね?」

「なんだ、気づいてたのか。俺としてはノーだな、お前達が心配なのもあるが、名義の悪用はバレた時に報酬がなくなるリスクもある」

「――なっ! 慎重すぎじゃないッスか?」

「それだけじゃない。明らかに、カトレアが自分の失敗を帳消しにしようとしてるだろ? そういうのはな、自分でやれ。それがお前の仕事じゃにないのか?」


 言い切ったフェレスに、カトレアが押し負けていく。

 正論なのだ、太刀打ちする手段もないだろう。「まったく、近頃の若いもんは」と、親父くさいため息が漏れるが、彼の真っ当な心意気にケージィオが水を差す。


「なんや、やってくれへんのか? 記事の反響によれば、ボーナスも追加する予定やったんやけどなあ。フェレスはんがそこまで頑固やったら、しゃーないなあ」

「はっ? ぼ、ボーナス?」

「せやで。あんじょういきはったら、報酬2倍も夢やなかったんやけどなあ」

「に、2倍……」


 フェレスの心が金に傾きかけていた。依頼料とは別に、企業サイドからの成功報酬ボーナスが出る時が稀にあるが、実に甘美な響きである。

 男としてのプライドか、はたまた養うばかりの環境の打開か。「君の本心に従うといい」とアディンに背中を押され、フェレスは「そうだよな」と自分の誇りは投げ売らない覚悟を決め、


「ケージィオ、その依頼――引き受けよう!」


 きらきらとした瞳で開き直り、フェレスは金欲に屈した――いや、敗北したわけではない。プライドと現実を秤にかけ、現実を選び取ったのだ。

 実に合理的判断、正しい選択と言えるのではないだろうか。男の誇りを投げ捨てはいないと息巻いて、フェレスは自分の決断を全肯定してみせた。


「ええ!? フェレスさん、さっきと言ってることが違う……」

「三珠、あのな――バレなきゃいいんだよ、バレなきゃな」


 悪魔の笑みを浮かべ、フェレスは三珠を諭す。思考回路が出世に目が眩んだ魔女と変わらない。

 「この人、やっぱりダメな大人かも」と三珠が思い直していると、不意を突いたリーシャが、これ見よがしにフェレスに抱きつく。


「流石、あたしの先輩ですね~。その無遠慮さ、大好きですよ~。このまま、結婚してくれません?」

「それは断る。リフォルシア、調子に乗るな」


 そしてリーシャが拳骨を受けるまでが、いつもの流れだ。

 小娘とじゃれ合い、仲介屋の中でも目立ってしまい、なおかつルール違反を助長するような発言をしたのは、果たして大丈夫だったのだろうか。もはや手遅れであり、フェレスは吹っ切れることにした。

 

「やれやれ、僕の名義も貸すことになるんだけどね」

「なんや、アディンはんは協力してくれへんのか?」

「いや、構わないさ。名前くらいは貸そう」

「決まりやな。フェレスはんとアディンはんには、別件で頼みたいことがあるさかい、そっちは後回しにしよか。まずは、そこの鎌っ以外に、学院指定のローブを用意してもらわなな」


 協力的なアディンを余所に、フェレスはケージィオに理不尽な要求をされる。

 てっきり学生ローブは、依頼主が用意してもらえると思っていたから、フェレスは愕然とした。


「そこは実費なのか?」

「サイズが分からへんしなぁ、脱がせて採寸するのもあかんやろ?」

「セクハラだしな、言い訳は聞かない」

「せやから、そっちの準備物にしてもらうで」


 ケージィオがフェレスの両肩を叩くと、「お待たせしました」と言って、蜥蜴族の受付嬢が依頼書と資料を持って戻ってくる。

 あとは依頼参加者の名前を記述するだけである。自分達が会話に参加する間もなく、アベントゥーラ時報の依頼受諾へと進んでしまい、


「今更断れない空気ですよね、メル姉さま?」

「もう、なるように……なるしか、ない……諦めが、肝心……」


 置いてけぼりをくらったピスカとメルは、2人揃ってため息を吐き、少女らは醜い大人達の陰謀に巻き込まれ、学院の取材に赴くことになるのだった。

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