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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第三部:魔術学院編・前篇 青春の影に負け犬は暗躍す
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第二話:アベントゥーラ時報、学院支部

 人通りの多いT字路の交差点――

 アルスファグナ学術研究都市内部への車両の持ち込みは原則禁止であり、学院教員が空間魔術の転移陣によって、所定の場所に保管されるため、都市内には緊急車両か、もしくは戦闘車両以外の車両が通りを通行することはない。

 そもそも、アベントゥーラで自家用の車両を持っているのは、ごく一部の富裕層であり、基本的には街道バスの利用や、タクシー代わりに運び屋に移動の依頼をするのが主流なので、車両の保管庫が圧迫することもないだろう。それだけ車両は高価であり、一般普及していないセレブ商品なのだ。


 山岳に造られた階層都市のオロスと同じく、車両の行き交う交通路はなく、歩行者天国のようなものだった。魔術研究に励む生徒らのざわめく声が、実に賑やかな交通路だったのだが、どことなく張り詰めた空気がある。

 特定のグループ内では仲睦まじく語り合っているが、一度、別のグループをすれ違えば、ライバルを牽制するような鋭い眼光が飛び交い、バチバチと火花を散らす。それもこれも、学院最大のイベントを控え、学生達が別部門の魔術学者に負けまいと、闘争心を剥き出しにしているのだろう。


「若いな、おっさんには眩しすぎる」


 血気盛んな若者の激情を垣間見て、フェレスは精神攻撃を受けたような気分になった。年を取り、特に打ち込むこともなくなって、仕事中毒になった自分には、若者の向上心は眩しすぎる。

 いつの間に、あの日の輝きを失ってしまったのだろう。


 長く生きるものじゃない、死ねないのも考えものだ。


 「枯れちまったな」と、フェレスは改めて自分を見つめ直し、自分に連れ添う少女らを――若者達を眺め、羨ましいもんだ、と爺臭いことを思う。

 だからこそ、彼女らには若い内に経験を積ませてやりたいのだが。


「フェレス、いつまで惚けているんだ? 君待ちだぞ?」


 振り返ったアディンに呼ばれ、ふとフェレスは我に返った。

 T字路の交差点に突き当たりに差し掛かり、目的の新聞社に辿りついていたようなのだ。

 

 アベントゥーラ時報の学院都市支部である。

 三階建ての石造建設で、オフィスの入り口には魔術式のガラスドアがある。結界魔術を結晶化した扉であり、来客がガラスドアに触れることにより、自動的に結晶扉が透過し、すり抜けられる仕組みだ。

 

 見ると、新聞会社の屋根には星マークが等間隔についており、大理石に支えられた玄関庇の下には、少女4人が待機していた。

 どうやら待たせてしまったようだ。フェレスは結晶扉に手を触れ、魔術式の結界障壁を解除し、新聞社へと足を踏み入れる。



       ◇



 新聞社エントランスからは、ガラス越しに事務所が目視でき、魔術式の印刷機の前に立つ職員や資料棚を整理する職員、または書類の散らかった机に座り、魔術無線機の応対に当たる職員と、新聞社の慌ただしい仕事風景が窺えた。

 アベントゥーラ時報、学院都市支部のエントランス正面にはカウンターがあり、角の生えた悪霊種の受付嬢がお辞儀をする。

 爽やかな笑顔を浮かべ、仕事をこなす受付嬢の行動に、彼女と話し合っていた2人の職員が反応し、彼らはフェレス達に振り返る。


 1人は額に閉じた瞳を持つ多眼族の女性、仕事着姿のカトレア・ホルステッジだ。そして彼女の隣に立つのは、フェレスも面識のない人間種の青年だった。

 青年の年齢は20代前半といったところだろう。176センチくらいの身の丈はあり、逆立った短い茶髪をした彼は、耳に男物のピアスをつける。

 いかにも軽薄そうな服装をした青年で、首に下げた十字架のペンダントを揺らし、案の上というべきか、馴れ馴れしい口調でフェレスに話しかけてきた。


「なんや? 新聞社にようかいな?」

「いや、俺達は……」


 へらへらと笑う青年は、独特なイントネーションで言葉をつむぐ。

 かなり癖のある訛りだ、大陸出身ではないかもしれない。4つの大陸を分断する海洋には、複数の島国がある。当然、そこで暮らす住人もいるのだ。

 大陸で聞き慣れない言葉遣いであれば、海洋島にある小国の出身だと判断するのが、放浪者ノマッドの通例である。

 「珍しい訛りだな」と、フェレスは思いつつ、自分が新聞社に訪れた理由を話そうとしたが、それは「自分に任せて下さいッス」と自己申告したカトレアに、役割を奪われることとなる。

  

「あー、ケージィオ先輩。その人達が、オロス事件解決の功労者ッスよ?」

「ん? ちゅうことは、カトレアの客かいな」

「そうッスよ、自分がファグナリア祭に招待したッス。断られたッスけど、強引に取材しようとしたわけで、その辺の罪滅ぼしって感じッスね」

「ほな、ワイも挨拶くらいはせなな。あんさんが、フェレス=エディーダはんやろ? カトレアから聞いとるで――ワイは、ケージィオ・マイザックスちゅうもんや。カトレアの2年先輩で、新人教育担当の記者やな、よろしゅう」


 初対面であることなど気に止めることもなく、「ほれ」とケージィオの手を差し出され、フェレスは握手を交わす。たったそれだけの行為だったが、ケージィオが友人認定するのには十分だったらしく、彼はまるで旧知の友のように、フェレスと肩を組む。


「なあ、フェレスはん。ここであったのもなんかの縁や、今度一緒に飲まへんか? 学院都市にも、ええ飲み屋はあるんやで? 学院教職員の行きつけちゅう話や。なんなら、色男はんも一緒にどや?」

「僕かい? それは魅力的な提案だね」

「おい、ガキの前で飲み会の段取り組んでんじゃねえよ。俺達は仕事の話をしに来たんだぞ?」


 自分の肩に手を回したケージィオを、フェレスは突き放す。「つれないなあ」と肩を落とす新聞記者は、マシンガンよろしく口を動かすお喋りな男だった。

 あまりに口が軽いため、逆に胡散臭くも思えてくる。というのも、フェレスの主観ではあるのだが。


「仕事か。フェレス、たまにはそれを切り離して考えてみたらどうだ?」

「色男はんのゆうとおりや、息抜きもええもんやで?」

「いや、違う。俺も飲むのは好きだが、アディンが一緒なのが問題なんだよ」

「色男はんが? どうゆうことや?」

「こいつ、底なし沼みたいに涼しい顔して飲むんだよ。俺が酔い潰れるまでに、アディンの酔った顔を見たことがない。こっちは二日酔いに利く霊薬を飲んであるってのに、次の日にはケロッとしてるしな」


 二日酔いの頭痛に悩むフェレスを甚振るように、仲介屋の依頼に連れ回す気畜な男の澄まし顔を連想した。わざわざ討伐系の依頼を多めに受注するのは、ある種の嫌がらせだったのではないだろうか。

 あの日以来、「二度と一緒に飲んでやるか」と、フェレスは誓ったものだ。今思えば若き日の苦い思い出だが、しかし過去を繰り返したいとは思えない。


 大酒飲みに付き合っていては、フェレスの身が持たないのである。が、ドワーフ族に引けを取らないアディンの酒豪ぶりを知らない記者の男は、彼を甘くみているようだった。

 

「それ、フェレスはんが酒に弱いだけとちゃうか?」

「むしろ人よりは強い方だ。それでも、化け物の相手は荷が重いんだよ。意識飛んじまうぞ?」

「酷い言いようだな、僕もそこまでじゃないだろう?」

「嘘つけ! 俺が昏睡状態になった後、どれくらい飲んだんだ? 酒場の二階で目が覚めた時の伝表、とんでもない値段だったぞ?」

「それ、まじなんか? ワイも会計押し付けられるんやろか」


 ようやくアディンの恐ろしさに気付いたらしく、ケージィオは彼を誘ったことを後悔し始める。

 一方のアディンは「呼ばれたら参加するよ」と、強気の姿勢を崩さなかった。


 炎使いだからといって、度数の高いアルコールを飲み干し、煮え滾る胃袋まで体制を持たなくてもいいのに、と甦った偏頭痛にフェレスは頭を抱える。

 すると、男3人が盛り上がっているところに、カトレアが口を挟む。


「その辺にしたらどうッスか、ケージィオ先輩。エディーダ氏達に、仕事の話をしたいんッスけど?」

「せやな、もともと仲介屋に行くつもりで、ワイらも準備しとったわけやしなあ」


 後輩に注意され、ケージィオはあっさりと引き下がる。喋りたいだけの男らしく、勝手に満足してしまったのだろう。肝心な部分の説明をおざなりに押し付けられ、カトレアはため息を吐く。

ニフタに立ち寄ったのは、魔女団を支える彼女の単独行動だったようだが、随行役のケージィオも大雑把な性格らしく、一概にどちらが悪いとも言えなかった。

 

「えっと、仕事って例の約束でいいのかな?」

「そうッスよ、天津氏らにも迷惑かけたッスからねえ。そのお詫びッス、極上の依頼ってやつを準備させてもらったッスよ――自分の出世のために、ね」


 ふふ、とカトレアが黒い笑みを浮かべたのが不穏だったが、それは彼女なりのカモフラージュだったようだ。カトレアは4人の少女を集め、


「ええと、自分の魔女団の件はケージィオ先輩に内緒でお願いしたいッス」

「まあ、普通は言えないっしょ。非合法集団だし」

「そう言ってもらえると嬉しいッス。ケージィオ先輩には、巷で噂の美少女英雄達への取材に粘着した結果、マネージャーに弾かれたって伝えてあるッス」


 そう説明したカトレアは、やり切ったように肩肘を張る。何故に威張れるのかは謎だが、王国の一件を包み隠すには仕方のない部分もあるだろう。

 「美少女……」と復唱し、「盛りすぎのような」と否定したくなり、三珠は気恥ずかしそうに頬を掻く。

 

 自分が地味な文系少女なのは自覚しているし、分不相応な肩書だと思う。

  

 確かに、リーシャは美形でスタイルがいい獣人だし、ピスカは褐色肌で顔の整ったエルフ族で、小動物のような可愛らしさがある。

 メルも一目見るには根暗そうな印象だが、精巧に作られた人形のような美しさを持っている。そのため、レベルの高い少女らと自分を比べてしまうと、どうしても三珠は見劣ってしまうのだ。


『(ますたー、スィアね。ますたーは優しいと思うよ?)』

「(ああ、うん。ありがとう、嬉しいよ)」

『(むう、ますたー元気出てない。スィアが皆と違うから、説得力ないの?)』

「(違うちがう、スィアは悪くないよ。これは私の気持ちの問題というか……)」

『(そうかー。でも、スィアが皆と同じなら、ますたーをナデナデできたのに)』


 少しズレてはいたが、スィアの見当違いの励ましには、勇気がもらえるような気がした。カトレアが誇張は我慢しよう、彼女の職業病みたいなものだ。

 と、三珠が畏まっている間もカトレアの話は続き、

  

「マネージャって、もしかしてフェレスさんのことですか?」

「比喩みたいなもんッス。ケージィオ先輩も納得してくれたんで、似たようなもんじゃないッスか?」

「全然、違う……けど、王国の件は……心得た」


 自分が絡んだ事件ということもあり、メルはカトレアに協力的である。「そんな扱いでいいのでしょうか?」と、フェレスをチラ見したピスカは困り顔になった。

 やがて小声を呟くのを止め、カトレアは4人の少女から距離を取る。


「それじゃあ、仲介屋までついて来てくれるッスか?」


 少女らは丸めた依頼書を持つカトレアに手招きされ、フェレスとアディンはケージィオに背中を押されて、新聞社の記者を含めた8人は、新聞社の外に向かう。

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