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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第三部:魔術学院編・前篇 青春の影に負け犬は暗躍す
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第一話:学徒の都市

こちらも漢数字変更に伴い、第二部同様にメルの容姿を改めています

 アベントゥーラで唯一四季のある大陸、トリミニエオス大陸北東のフィールドエリアに、アルスファグナ魔術研究都市は存在した。標高四三二七メートルにもなる霊峰キリエストール山の麓にある街で、都市は魔術的な守護結界に守られていた。

 学徒の街を守護する大結界を発生させる遺物は、学院都市を維持・管理するアルスファグナ魔術学院の中枢にあるという。


 そのアルスファグナ魔術学院だが、実は霊峰キリエストール山の頂上に位置しているのだとか。

 学院に向かうゴンドラはなく、魔術学院の入学希望者は学院への一万階段を登り切り、ようやく入学試験を受ける資格をもつらしい。

 精神修行の一環か、一万階段を登り切らずに挫折した者に、魔術の極致を目指す資格はないとする。


 何故、学院が高い山の頂上にあるかといえば、入学者を選別する意味もあるが、それよりも魔素を練るという精神修行の場に、もっとも適した立地であるということもある。古来より、霊峰と呼ばれる古い山には、濃い魔素が蓄積するという。

 ゆあば、古い高山は霊脈の地になりやすいということ。神々にまつわる心霊現象の類が古山におきやすいのは、魔素の累積が原因である。そんな場所だからこそ、魔術の研究にはうってつけなのだ。


「学院って、どのあたりだろ。全然、見えない」

『(ますたー、スィアの遠見の魔法使うー?)』

「ん~、大丈夫かな? そこまでしてみたかったわけじゃないし」

『(そうなんだー。じゃあ、スィアは良い子にしてるねー)』

「うん、ありがとう」


 キリエストール山を見上げ、雲に隠れた学院の本拠を探そうと、フリル付きのパンツと上着にケープを着た天津三珠が目を凝らすが、しかし彼女が学院の姿を拝めることはない。彼女は独り言を呟くように、自我を持つ魔導書と話し合っていた。


「そんなに目を凝らしても無理だぞ。学院は霊峰の頂上だ」


 三珠に近づいたフェレス=エディーダは、少女の被った帽子を押し付けた。フェレスらは今、魔術研究都市の内部にいた。

 トリミニエオス大陸の港町にある宿屋に到着した一行の元に、暁の魔女団教祖であるカトレア・ホルステッジより、彼女の使者である赤蛇、アポピスがファグナリア祭の招待状を届けてくれたのが、つい数日前のこと。

 学院卒業生には毎年、アルスファグナ魔術学院から品評会への招待状が届くらしいが、その招待状に同封され、卒業生の知人宛のものもあるらしい。

 大抵の仲介屋会員は入場手続きをギルドに頼むのだが、フェレスらにはカトレアからの招待状があり、余計な手間をかける必要はなかった。

 

「普段よりスムーズに事が進んだね」


 そう感慨深く言ったのは、ハイラント傭兵会社所属の仲介屋Sランカー、悪霊種悪魔族のアスモデウス・オーディファンである。緋色の髪をたなびかせる美男子の彼は、学院の女生徒らしき集団の目を引き、こそこそと騒がれていた。

 

 魔術研究都市に入るには、都市を守護する結界をすり抜けなければいけない。そのために、都市の門前に駐屯する番人の彫刻(ガーゴイル)に結界と同期する巫術を使用、または結界同期の符呪が成された装備品を受け取ることになっていた。

 門番のガーゴイルは、魔術学院の教授が管理しているらしい。視覚と聴覚を共有したガーゴイルを操り、担当教授が都市を訪れた旅人を審査するのだ。

 フェレスらは学院都市への入国を受理され、結界同期の装備品ではなく、防護バングルの方に符呪がされ、街中に入ると相成った。


「やっぱ、学生が多い感じ?」


 周囲を見渡した獣人種の少女、リフォルシア・ミーゼンフェルシェ――リーシャは周囲の見回し、狐耳と尻尾をぴくぴくと動かす。

 露出度の高い服を着た少女は、軽い性格に見られがちだが、それなりに芯は強く、仲間思いの弟子なのだった。


 街行く人々は、確かに黒いローブに身を包んだ者が多い。魔術学院の正装である。

 都市内にも学生向けの店が目立ち、女学生人気が出そうなカフェや、杖や剣、魔術道具を扱う露店に、若者向けの服屋まである。

 道端には魔術を披露して意見を聞く男子生徒の一団や、屋台で買ったスムージーを口に付ける女生徒の群れがあった。休日なのだろうか。そう憶測するように、三珠は首を傾げる。


 〝異界の民(アンヴァイスール)〟である彼女は、自分の世界にあった教育機関の実態しか知らず、こちらの学校文化には不慣れなのだろう。

 まだまだ、彼女がアべントゥーラの文化に馴染むには時間がかかりそうだった。


「んっ……これなら、目立たない……」


 黒装束を着た青白い肌に色艶のよい水色の長髪、悪魔とも堕天使とも取れそうな漆黒の羽が腰に生えた死魔族の少女、メル=エディーダは自信満々に言う。

 彼女の普段着が黒装束のローブなために、服装だけならば、確かに彼女は目立ちはしない。けれど、少女の背負う大鎌が人の目を引かないとは言えないが。


 先のシワテテオスタ王国の件により、フェレスの庇護下に入ったメルには、仮名として自分の姓を名乗らせることにした。

 「先輩とメルが結婚したみたいじゃないですか?」と、リーシャには断固として反対されたが、名前がないのは不都合なことが多い。戸籍をもたない者、放浪者ノマッドとしてやっていくにしても、やはり仮名は必要なのだ。合理的に判断した結界であり、フェレスは後輩の言を聞き流した。


「まずはアベントゥーラ時報の学院支部に行くんでしたか?」

「そうだな、カトレアの奴に挨拶しておかないと」

「招待してくれたお礼を言わないといけませんしね。不義理を通しては、私も腹を切らなければいけなくなります」


 などと物騒なことを言ったのは、褐色の肌をしたハイダークエルフ族の神官少女、ピスティリカ・ラルデンバークだった。修道服に身を包んだ彼女、ピスカは尖った耳を触り、腰の短剣に片手を添える。

 どうしても切腹したがる少女だが、人身売買における商品だった過去を持つ彼女は、飼い主に命令されれば自分の命をも絶てと、そう教育された弊害なのかもしれなかった。ピスカには自分を軽視する節があり、少し心配ではある。ともあれ、三珠達がいれば間違いはおきまいと、フェレスも信頼しているが。


「ねえ、フェレスさん。あの人――」

 

 不意に立ち止まった三珠は、武器屋の前で立地を確認する大男の姿を見つけた。緑色の肌に筋骨隆々なオーク族の男、太い顎に二本の牙を生やす彼は、三珠の見知った男の姿であった。

 フェレスはオーク族の男を一目見るなり、


「お前、ガウスか!?」


 オーク族の巨漢の名を呼び、フェレスは目を見開く。



     ◇



「んん? この声は……フェレス、か……?」


 寡黙なオーク族の男はサングラスを黒光りさせ、フェレスらに振り返る。荒野の都市で武器屋を営んでいた彼だが、実はあの店の店主ではない。

 ガウリウス・ローチェルマンは〝流れ〟の武器商人であり、自分の経営する店を持たないのだ。もともとが戸籍をもたない放浪者であり、旅人の金品を奪う狩猟団ハイエナとして活動していた彼は、国の法律に縛られた生き方が似合わなかった。

 自分の率いた狩猟団が解散され、ガウスが選んだのは放浪の武器商人となることだ。鍛工に長けたドワーフ族の男から直接的な指導を受けた彼は、鍛冶師としての技量を磨き、優秀な武器屋として生計を立てている。


「誰……?」

「ああ、メルは知らないっけ? 先輩がお世話になってる鍛冶屋の人」

「私も教会の用事で、何度かお世話になったことがあります」

「そう……なんか、軽いシンパシー……感じた」


 口数の少ない少女がゆえに、メルは寡黙な男に共感でもしたのだろう。口下手の気持ちは、口下手な人間ほどよくわかるのだ。

 ガウスにはリーシャもピスカも面識がある。リーシャはフェレスの紹介で防護バングルをオーダーした時に、ピスカは巡礼信徒になる前にオロスの大聖堂の使いで、それぞれ彼とは顔を合わせていたのだ。

 

「お前が品評会に顔を出したってことは、つまりあれが目的か」

「ああ……俺の武器の、宣伝だ。オロスの主人は……無事に、腰痛を直して……復帰、したからな」


 品評会には参加者の出店も許可されている。ガウスのような放浪の武器商人が、顧客を手に入れるには申し分のないイベントではあるのだ。

 優良企業の関係者も訪れるので、かなりの宣伝効果も見込める。オーダーメイドの仕事が入れば、流れの武器商人にはよいビジネスとなるだろう。

 ガウスが品評会に参加する理由は、それが本命で間違いない。


「レナの方は――」

「ああ……それならば、安心しろ。義足は……作っておいた。試験運用も……好調、だったのでな。問題は……ない、だろう」

 

 依頼は完遂したとばかりに、オーク族の男は堂々と腕を組む。フェレスは「手間をかけたな」と遅ればせながらに、ガウスに礼を言う。


「しかし、随分と大所帯に……んん?」


 フェレスに背後に立つ四人の少女に目を向けたガウスだったが、彼はアディンと目が合い、露骨に不機嫌そうな口調になった。


「貴様は、アスモデウス、か……よもや、ここで……相見あいまみえるとはな」

「そう警戒しなくてもいいと思うが? 悪鬼、ガウリウス・ローチェルマン」

「何を言う……あの日の、貴様の仕打ち……忘れた、わけではないぞ?」


 明確な敵意を持ち、ガウスはアディンを睨む。彼の所属した〝星屑の傭兵団アステール〟という狩猟団の討伐に、アディンも参加していたのだ。

 アディンは逃げ惑うガウスの部下を容赦なく焼き尽くし、彼に憎悪の意志を刻みつけた。怒り狂った鬼神は炎の悪魔に斬りかかり、己の武技でアディンに一太刀浴びせる。仲間を殺された者と、絶対強者の自信に傷をつけられた者の間柄だ。


 ゆえに、二人の仲はあまりよろしくない。フェレスの境遇を知り、自分だけは受け入れてくれたガウスだったが、十分な力がある癖に姑息な手を使うアディンとは、どうしても馬が合わないようだった。

 二人は犬猿の仲といっても差支えないだろう。既に過去の出来事で直接的な対決には発展しないが、それでも彼らの遺恨は消えそうもなかった。


「おい、お前らやめとけよ。小娘ガキの前だぞ、大人気ないだろ?」

「別に僕は気にしないのだけどね、問題は彼じゃないかい?」

「よく、言う……口だけは、回る男だ……」


 ふん、とガウスは鼻息を荒くし、アディンは澄ました顔をする。二人をまとめられそうもない。フェレスは板挟みにされ、「こいつらは」と深いため息を吐く。

 三珠達が気分を害さないことだけを、フェレスは願う。


「まあいい……礼の品評会に参加するならば、また会うことも……ある、だろう。この店の店主、には……鍛冶場と表を使う、許可を……得た」

「そうか――なら、近い内に銃剣の整備でも頼むか」

「ああ……その時は、仕事を……しよう。ただ、頼まれたとしても……そこの男の依頼を受けるかは……別の、問題だがな」


 フェレスに協力的なガウスは、しかしアディンを牽制して言う。すると、対抗心を燃やしたのか、アディンが嫌味を口にした。


「安心するといい、僕から頼むことはないと思うよ?」

「ふん、勝手にしろ……その方が、俺としても好都合だ……」


 挑発的に言い、ガウスは店内に戻っていく。やれやれ、と肩をすくめたアディンは、ガウスを呼び止めることなく見送った。意地っ張りな男どもだ、フェレスは頭を抱えてしまう。


『(ねー、ますたー。喧嘩なのー?)』

「んんと、あれは一周回って、仲がいいんじゃないかな?」


 年上の男性達に失礼かもしれないが、まるで子供の喧嘩を見守るような気分なり、三珠は苦笑いを浮かべ、スィアに言い聞かせる。

 一方のスィアは、「人間かみさまって難しい」とでも言うように、むう、と可愛らしい声を上げたのだった。 

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