第四十話:故郷に別れを
廃墟の都市となった旧王国にある宿屋の軒先で、フェレスらは荷造りをしていた。
メルフィアナ女王の埋葬が終わるまでの3日間、自分達が旧王国に訪れた日と同様に、小汚い宿屋を拠点に活動していたのだ。
700年も昔に廃業した宿屋にしては、よくここまでもったなと思う。
カトレアによれば、暁の魔女団が王国に訪れた時点での宿屋は、倒壊してこそいなかったものの、室内は埃の虫、そして小動物の巣窟なっており、とても人の住めるような状態ではなかったらしい。
そんな宿屋を綺麗に掃除し、日常生活に触りないまでにしたのは、宿屋の女主人役を務めた魔女だった。魔女団のメンバーが寝泊まりできる場を確保するために、借金で自分の経営していた宿屋を締め出された女性が担当したとのこと。
宿屋の主人を務めた魔女団のメンバーだが、彼女は遠い昔を懐かしむように宿屋を見上げ、教祖のカトレアと元カルト教団の司祭であった副官、その2人の魔女を待たせ、名残惜しそうにため息を吐く。
恐らく、彼女は宿屋の主人役を遂行する内に、かつての自分の姿を見たのだろう。
宿屋を運営し、酔狂な旅人の話に耳を傾けていた温かな日々を――
他人には人の人生がある。世の不条理に生きがいを奪われ、同じ境遇の者達と身を寄せ合うしかなくなった彼女にだって、それなりの後悔はあるのだ。
「満足、したッスか?」
「ええ、ほどほどには。まるで昔を思い出すような温かな日々でした」
熊耳を持つ魔女の目元には、まだ濃いクマが残ってはいるが、それでも自分の未練と向かい合えた彼女は、幾分か顔色が良くなっていた。
「よーし、これで終わり! どうだあ、お姉さんは頼りになっただろう」
「ああ、うん。ボクは力仕事苦手だし、助かったよ」
「ちょいと、ちょいと。おいらが手助けをしたのも、忘れちゃ困るぜ?」
「君はさ、どさくさに紛れてボディタッチしようとしてきたよね?」
「そそ、そんなことねえぜ? ネエちゃんの勘違いだ!」
ドワーフ族の少女に睨まれ、挙動不審になったロークは目を泳がす。一方のユリアは宿屋から持ち出した家財を一まとめにし、カトレアの前に置く。
「結構あるッスね」と苦笑いをするカトレアは、ポリポリと頬を掻いた。魔女団が宿屋に滞在するために持ち運んだ物品だ。大所帯の一団なのだから、必然的に日用品が多くなったのだろう。
それだけの荷物を、どうやって運んだのか。理由としては簡単だ。
『安心せよ、主よ。荷は我が預かろう』
何でもないように言ってのけたカトレアの使い魔、アポピスは中規模の空間魔術を行使し、黒い次元の裂け目が家財を飲み込んだ。
正しい使い魔の使い方、なんて講義をする必要もないだろうが、戦闘の為だけに使い魔を従えているのではない。膨大な願いの総体である召喚魔は、空間を渡って現世に移動する技術に長け、一定規模の空間操作などは容易くこなす。アポピスは自分の支配領域である亜空間に、物質を一時的に保持したのだ。
『主よ、我は先に還ろう。物資が必要となれば、再び召喚するといい』
「よろしくッスね、アポピス」
『心得た――ではな」
まるで蛇が巣穴に戻るように、次元を切り裂いた使い魔は、黒い穴のような空間の裂け目に入っていく。カトレアは使い魔のアポピスを送り出し、フェレスとアディンに向き直る。
廃墟の王都に残った魔女団のメンバーは、彼女を含めて4人。全員が集合し、いよいよ彼女ら暁の魔女団とはお別れだ。
カトレアはまだ合流できていない少女らを待つように、王城のある方角を見て目を凝らす。と、宿屋の軒下から見える大通りの先に、4つの影が並び歩く。
ドゥルジとの召喚契約に返答するため、女王の棺が完成するまで悩み抜いたメルが、結論を告げてきたのだろう。
「あの時は驚いたよな?」
「確かにね。友人を助けに行ったらしい彼女らが、まさか僕達の予想を上回る《《おまけ》》を連れてくるなんて、流石に度肝を抜かれたよ」
「あいつらの面倒を見るようになって、俺の常識がぶっ壊れまくりだな。おっさんの順応力を考えて欲しいもんだ。俺は若くないんだぞ?」
悪態を吐きつつ、フェレスは気苦労が絶えないと嘆く。仲介屋に預けた資産は減るばかりで、仕事の稼ぎでトントンになったとしても、増える気配はない。
まだまだ伸び盛りの少女達が相手だ。体力のある若者と足並みを揃えなければならず、筋肉痛は酷くなるし、肩こりにも悩まされる。
さらに言えば、腰だって痛むのだ。少女らに隠れ、錬金術師が営む薬剤店に向かい、肩こりや腰痛に利く霊薬を、まとめ買いする自分の身にもなってほしい。
と、フェレスは訴えたくなるが、しかしアディンの見解は違ったようだ。
「言っている割に、君は楽しそうじゃないか?」
「どこがだよ。小娘どもには振り回されてるし、いい迷惑だ」
「フェレス、もう少し素直になったらどうだ?」
「それをお前が言うのかよ?」
「それもそうか、違いないな」
「これは一本取られたね」と、アディンが嘲る。旧友のちょっかいは軽く流し、フェレスは帰還した少女らを受け入れる。
メルが吹っ切れたような晴れ晴れしい表情をしており、彼女を囲う3人娘が召喚術の話題で持ちきりだったから、なんとなく結果を察した。
彼女は召喚術の触媒となった王国の鎌を背に、魂の次元へ一時的に帰還したドゥルジとの契約を果たし、フェレスらの前に戻る。
「おお、メルフィアナ――じゃなくて、メルって呼んだ方がいいんだったわね。ドゥルジとはうまく行ったのかあ、お姉さんが抱きしめてやるぞお」
既に相談を受けていたらしいユリアは、メルの帰還を喜び、大きく両手を広げて走り寄り、死魔族の少女の労を労うように抱きついた。
が、見栄えはよくない。ユリアには悪いが、彼女の身長が低いために、妹をあやす姉ではなく、傍目には姉を抱擁する妹の図にしか見えなかった。
とはいえ、ユリア最大の欠点はそこではなく、
「んん、よくやったなあ」
「ユリア、待っ……苦し……し、死ぬ……」
力加減が不得手なユリアは、ミシミシと背骨が悲鳴をあげるメルの体を、容赦なく締め上げていたのだ。不老不死の少女だが、痛覚は普通に機能しているために、顔が青ざめたメルが意識を手放すのも時間の問題である。「助……けて」と、メルは友人に救援を乞う。しかし――
「メル姉さま、ファイトです!」
「ま、まあ――それも親愛の証って感じだし、いいんじゃない?」
「ご、ごめん。メル、ユリアさんが満足するまで、待ってあげて」
「……無理。みんな……酷い。薄情……もの……」
ユリアの馬鹿力に恐れ慄く仲間に見捨てられ、メルは彼女の腕力任せな責め苦に耐えられず、徐々に彼女の視界が暗転していく。
ふー、と満足げに息を吐き出し、ユリアがメルの拘束を解いた時、ついに意識を失ったメルの体が地面に崩れ落ちる。
苦しげに唸るメルに近寄り、彼女を助け起こしたピスカとリーシャが、気絶した少女を介抱する。
一方で、あら? と言いたげに小首を傾げたユリアは、「鍛え方がなってないからだぞお」と検討違いの指摘をし、メルのだらしなさに苦言を呈す。
被害者のメルにしてみれば、理不尽極まりない要求だっただろうが。
「――ったく、急に賑やかになったな」
「まあ、一段落したしね。みんな、気を緩めちゃってるのかそうな?」
「その感じだと、ドゥルジとはうまくいったみたいだな」
「うん、ちゃんとメルが契約したよ。今は、向こうに帰っちゃったみたいだけど」
ピスカに回復の霊薬を手渡され、ゆっくりと薬瓶に口をつける瀕死のメルを眺めつつ、三珠はフェレスに報告した。故郷の王国が滅びてしまい、メルはこれからどうするつもりなのだろう。
嫌な予感がする。まさか、また自分が引き取らなければいけないのだろうか。
ユリアに抱きしめられ、手負いを負った状態から回復したばかりで悪いが、フェレスは意識を取り戻したメルに手招きをした。
「メル、話がある」
「んっ……心得た……」
まだ足がふらつくらしいメルだったが、今後の自分に関する話だと察したのか、彼女はおとなしくフェレスの指示に従った。
「お前の出身国が滅びていたことは理解してるよな?」
「当然……もう、誤魔化しはきかない……」
「じゃあ、その上で聞くぞ。メルはどうしたい?」
「可能であれば……そちらに、同行したいと考える……私は、今の時代に詳しくない。700年前に比べれば……もう、別次元みたいなもの……」
「そりゃそうか、1人旅は無理そうだな」
フェレスは三珠を一瞥したが、うんうんと、彼女は頷くばかりだった。メルを魔女団に任せるという選択肢もあったのだが、どうやら三珠の説得は難しそうだ。
メルが同行するものと思い込んでいる彼女には、何を言っても失望させる結果にしかならないだろう。さらにメルも追い打ちをかけ、「迷惑なら……考え直す」と捨てられた子犬のような物言いをするので、余計に断り辛い空気がつくられる。
いよいよ引けなくなった。口論になるのも面倒だし、「扶養費が……」と旅の先行きに頭を抱えつつ、フェレスは覚悟を決めた。
「旅費がかさむが……まあ、仕方ないか」
旅は道連れ、世は情けの精神だ。故郷を失った姫君の面倒くらいは見てやろう。それに人数が増えた方が、少女らにもいい刺激となるはずである。
お互いに高め合う同僚というのは、部下の教育にもつながるのだ。仲介屋の仕事は、あくまで個人営業の何でも屋みたいなものであり、従業員のスキルは高い方がいい。
と、比喩的に会社で例えてみたが、実際に団体の代表を務めるフェレスの口座が報酬を受け取り、少女らに配当金も渡しているのだから、個人経営会社の取締役といってもいいくらいなのだ。
などと強がってみるが、必要な人件費は増え、見事な経営難である。割のいい仕事はないものかと、ついついフェレスは一攫千金の夢を見る。
そこでふと、思い出したように語ったのがカトレアだった。
「あっ! そういえば、エレーミア大陸の魔術学院の方が、そろそろ稼ぎ時じゃないッスか? 仲介屋への依頼も多いはずッスよ?」
「んっ? 何か、イベントでもあったか?」
「アルスファグナ魔術学院。そういえば、あの学院都市はもうじき、魔術研究発表会を控えているはずだ。僕が今回の依頼を断行したのも、アルスファグナの仲介屋に行く予定があったからだしね」
「そういや、もうそんな時期か――逃す手はないな」
困窮したタイミングで、絶好のチャンスを掴んだと言わんばかりに、フェレスの気分は明るくなる。
アルスファグナ魔術学院は、巨大な学院都市の中にあり、エレーミナ大陸にある自治州で、大陸を統べるミルファリア王国の支配を受けない魔術学者の街だ。
その魔術研究者達の学び舎とも言える都市で、1年に一度開かれるという盛大なイベントがある。そのイベントの名がファグナリア祭、エレーミア大陸屈指の魔術学院にて、大陸最高峰の学者達による最先端魔術の品評会は行われるのだった。
わかりやすく言えば、規模が段違いとなった文化祭といったところか。
多くのスポンサー企業が出資するイベントであり、関係会社の重役が集う品評会で、よりよい評価を得ようとする学者達が凌ぎを削り合い、彼らが必要とする物資や素材を調達するために、仲介屋には依頼が殺到する時期なのだ。
ファグナリア祭が始まる前に、おおよそ100万クリュスも稼いだ強者もいる。ぼろ儲けの夢が叶うイベントであり、仲介屋の会員ならば是が非でも参加し、高額の依頼を効率よく回しておきたい。
その結果によっては、今後の活動資金に多大な影響がある。
「一応、自分も魔女団としてではなく、報道員として参加するイベントッスから、学院OGの面通しで、エディーダ氏に高額依頼の確保をしてもいいッスよ?」
「本当か、それは助かるが……」
「まあ、今回はお手を煩わせてしまったッスからね。そのお詫びって感じッス、大賢者様の報復も怖いッスからね――この辺りで、顔を立てておかないと」
ちらりとカトレアの視線が注がれ、三珠はあることを思い出したように、目をしばしばと動かす。
完全にフェレスも忘れていたが、三珠はカトレアの前では、凄腕の大賢者という威厳を示すために、尊大な老女の演技に徹していたのだった。
慌てふためく三珠は、こほん、と咳払いをし、
「ふ、ふん! 情報源には感謝しよう、貴様も気が利くではないか」
「あー、まだ継続中だったんッスか? 演技なのは理解してるんで、もう無理しなくていいッスよ?」
「えっ? まさかカトレアさん、最初から気づいてたの?」
「まあ、記者の勘ってやつッスけど、なんとなくは――」
けらけらと笑い、「申し訳ないッス」とカトレアは頭をかく。必死に取り繕っていただろう三珠には、取り返しのつかない赤っ恥だっただろう。
「先に言ってよ!」と非難したそうに、三珠の体がぷるぷると震えた。やがて、醜態を晒した少女の自尊心は耐えられなくなり、
「もういや、恥ずかしいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
耳の先まで真っ赤になった顔を隠し、膝を折って、地面にしゃがみ込んだ三珠の叫びは、廃墟郡となった都市の路地を走り抜け、周囲一帯に響く渡るのだった。




