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遥か永劫の敗北神  作者: 輪叛 宙
第二部:屍の王国編 在りし日の望郷の都
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第三七話:この思いを貴女に伝えたい

 死魔族の少女が振るった大鎌を、幻術で生み出した双小剣を交差させ、リーシャは受け止める。

 リーシャの小剣は幻術であるが、実体化した魔素が物質化した武器ために、鎌と剣の刃は打ち合い、甲高い音が大気を震わせた。

 そんな少女らを眺め、しかし不浄の女神と化した女王のミイラに動く気配はない。彼女はただ腐臭のする蛆を産み落とし、唸り声をあげるばかりだ。

 

 もうじき、不浄なる女神の復活は成される。そうなる前にメルを説得し、3人の少女は700年越しに訪れたシワテテオスタの悲劇に、終止符を打たなければならない。


「あんたね、強情なのも大概にしなさいよ!」

「強情、違う……お母様を救ってあげたい、だけ……」


 華奢な体に似合わない大鎌を軽々と振るい、メルは幻の双剣もろとも、リーシャの体を押し飛ばした。

 メルの振り回す鎌の名はグリムリッパー。生命の死に接続し、世界に漂う魔素に干渉して、魂を呼び起こす符呪がなされたもの。

 シワテテオスタ王国に伝わる王家の秘宝にして、代々王族に受け継がれていく伝説級の武器である。


 肉体をすり抜け、ダイレクトに人の魂を傷つける大鎌は、不老不死者の弱点とする効果があり、それを不死者の王家が管理することに意味があった。〝死〟は何人にもふりかかり、いと尊ぶべき運命である。 と、それは死を神聖視する一族に伝えられた理念だ。ゆえにメルが振り回す大鎌は、シワテテオスタ王国に残る最後の誇りだった。


「リーシャ姉さま、援護します!」


 中級クラスの複合魔術を手早く詠唱したピスカが、体勢を崩したリーシャを援護するために、メルに小さな氷柱を射出する。

 「面倒……」と愚痴を溢したメルは、大鎌をくるくる回し、ピスカの放った氷柱を一掃した。だが、少女が自衛するために足を止めたことにより、三珠の回復魔法がリーシャに注がれ、彼女の失った結界の魔素がバングルに充填されていく。


「……くっ、厄介。三珠から先に……倒させてもらう!」


 支援役の三珠を倒さなければ、メルに勝機はないだろう。少女は自分の髪の毛を引き抜き、それを狼の使い魔に変化させ、三珠を襲わせる。


 まるで飢えた獣のように――


 自らを生み出した主の命令に従い、使い魔の半透明な狼は床のカーペットに爪を立て、魔導書の発した光粒に包まれた三珠に飛びかかる。

 それでも三珠は動じない、少女は1人ではないからだ。ピスカの使用した拘束魔術である光の鎖が、メルが召喚した使い魔の体を締め上げ、動きの封じられた狼を、リーシャの小双剣が切り刻む。

 小剣に横腹を切り裂かれた狼の使い魔は、断末魔の遠吠えを上げて消失する。


「三珠、今がチャンス!」

「行ってください!」


 自分を守ってくれた2人に送り出され、三珠はメルに向けて全速力で走り込む。後方支援に徹していると思われた三珠が、急に走り出したのでメルは驚く。

 咄嗟のことにメルは冷静な対処ができない。三珠へと振り抜かれた大鎌には迷いがあり、腰の入っていない切りこみは、少女を守るバングルの結界に阻まれる。

 結界の盾に受け止められた鎌を引き、メルは後退しながらも、大鎌の柄で床を打ち鳴らす。そして現れたのは、4体の王国兵の骸だった。


 シワテテオスタ王国が敗者の無念に満ちた亡国である限り、王国兵の亡霊は延々と召喚され続ける。4体の鎧を着た骸骨は三珠の四方を囲み、息を合わせて剣を水平に構え、一斉に三珠へ突き抜かれた。

 4体の使い魔の同時攻撃は、バングルの結界に甚大な被害を与え、ガラスのように砕け散った結界の隙間から、三珠を刺し貫く。

 肉体を四方から貫かれ、ぼとぼとと赤い液体を垂らした三珠は、口から血を吐き出した。鉄の錆びたような味が口内に広がり、冷たい痛みに襲われるが、それでも悲しげな表情をしてメルを見る。


「これが、メルの……答えなの?」

「三珠、違う……私に、そんなつもりは……」

「私たちと居た時間は……どうでも、よかったの……?」


 ごほっ、とむせ返り、吐血する三珠がメルを追い込む。彼女だって、初めてできた友達との時間が、大事でないはずがなかったのだ。この時間が永遠に続けばいいと、そう思うことだってあった。

 過去と未来、どちらを選ぶのが正解というのか。未来に希望があるならば、そちら側に立ちたい気もするが、メルの存在は過去に塗り固められていた。


 偽物の記憶、偽物の母。偽物の……考えれば考えるだけ、自分が過去の世界に取り残された不要な異分子のようにすら、メルには思えてくる。

 ただ本物が欲しいと、メルは偽りの母に願ってしまった。その結果が、ともに寝食を共にした少女の死だというのだろうか。


 嫌だ、いやだ――友人の死が神聖な出来事か? そんなはずがない。


 そう、そうなのだ。ようやく彼女は理解した。

 三珠の死ぬ瞬間に胸を痛める自分は、友人の死に悲観する自分こそが、偽物ではない彼女自身の心だったのではないか。体が偽物でも、記憶が偽物でも、自分の心は――感情は本物である。


「やめて……やめて、私の友達を殺さないで!」


 気付いた時には、既に少女は自分が召喚した王国兵の亡骸に叫んでいた。召喚者の心の乱れを感じ取った王国兵の亡霊は、困惑するままに三珠から剣を引き抜く。

 しかし、床に崩れ落ちた三珠の体は微動だにせず、赤い血の色に床を染めるばかりだ。止めるのが遅かったのだろうか、友人が自分のせいで死んでしまう。

 ふるふると首を振り、後悔する少女の瞳に涙が浮かぶ。


「やっと、素直な気持ちが聞けたって感じかな?」


 風に乗った三珠の声が、ふわりと少女の耳元に届く――その瞬間、三珠はメルの眼前に現れ、彼女の両肩を掴んで押し倒す。

 三珠が走り出した時点で、リーシャの幻術が彼女を支援していたのだ。メルの召喚した王国兵の亡霊が刺し貫いたのは、三珠によく似た幻影である。

 少女の分身が消えた瞬間に、4体の骸骨の頭上から光属性の上級魔術、ラディウス・ラーカビナの光が降り注ぎ、亡者の使い魔は清めらていく。

 そして王国兵の骸骨は姿を消し、仰向けになった少女に三珠は覆い被さる。


「ちょっと荒療治になっちゃったけど、私はメルには未来を見てほしかったから。メルと一緒に旅、私としてはかなり楽しかったんだよ?」

「だからって……なんなの、見せなくてよかった。ズルい……」

「それはほら、私のお師匠様がああいう人だからかな? メルが大事そうに腕輪をしてくれていたのを見て、賭けてみたくなったんだよね」


 たはは、と照れくさそうに笑う三珠を見上げ、メルの口元が僅かに緩む。

 そして彼女は「ごめんなさい」と謝罪し、シワテテオスタ王国の姫の偽物ではなく、1人の少女、メルとして生まれ直す決意を固めたようだ。友人が改心し、気を緩めかけた三珠だったが――


「三珠姉さま、逃げてください!」


 そう言ったピスカの声が届くよりも早く、三珠は目の前に佇むミイラの姿に、ぞっとするような恐怖心が駆り立てられた。

 安心するのが早かった。まだ彼女がいたからだ。体の表面に蠢く蛆を床に落とし、不浄の女神の力を得た女王のミイラは、憎き怨敵と見定めるように、目玉の抜け落ちた真っ黒な眼で、三珠を見下ろす。


『貴女は……私から娘を奪うの……?』


 伸び出したミイラの手が、三珠の顔面を握り潰すみたいに掴みあげる。

 顔はバングルの結界に守られ、痛みこそ感じていないが、三珠がミイラの腕を叩いたり、体を蹴りつけたりと、どんなにもがき抗っても離してもらえない。

 このまま結界を破壊し、腐食をもたらす蛆を三珠に植え付け、女王は自分を腐らせようというのだろうか。三珠は女王のミイラから逃れる術を考える。


「お母様……お願い、三珠を離して……」


 ミイラの手を掴み、母の暴挙を止めようと動いたメルだったが、彼女の言い分は聞いてもらえず、蛆の群れに包まれ、少女は蛆を追い払うように後退せざる負えなくなる。

 メルの振り払った蛆が床に打ち付けられ、ぺしゃんこに潰れた。リーシャは幻術で生み出したナイフを投擲し、ピスカは上級クラス魔術の雷撃を放ち、それぞれ三珠を救出すべく動くが、2人の攻撃は肉壁となった白い蛆の群れに阻まれ、女王のミイラには通らない。


『身どもの名はトゥルジ・ナス。栄えある聖女が身を受け、ここに至った。聞くがいい、身どもの未練を。母の寵愛を』


 まるで複数の人格があるかのように、握りしめた三珠の脳内に王国とともに、滅びを迎えた者達の声が響く。何故に理不尽な粛清を受けなければならないのかと、我々の誇りに差し伸べる手はないのかと、業に滅ぼされた国の人々は嘆く。 

 頭が割れそうなくらいに痛い。三珠は不浄の女神となったミイラの腕を掴み、怨念の精神攻撃に耐えつつ、魔導書スィアに助けを求めた。


『(ますたー、ますたー! スィア、何をすればいい!?』

「(あれを……お願い……)」


 唇を切って血が流れてしまうくらいに強く、三珠は歯を食い縛り、広げた片手の手の平に薬瓶を持つ。 スィアの転送魔法により、亜空間魔法でストックしていた霊薬エリクサーを、少女は取り出したのである。薬の効力は聖水の類、腐敗した女神には効果覿面だろう。


 三珠の投げつけた薬瓶は、ミイラの頬を這う蛆虫に当たって割れ砕け、中身の液体がトゥルジ・ナスの顔面にかかる。

 飛び散った液体は彼女の肌を焼き、ジュウジュウと音を上げて煙を拭いた。たまらず、トゥルジ・ナスは三珠を投げ捨て、身を清める霊薬のかかった顔を押さえ、激痛に苦しむように乱れ狂う。


『よくも、よくも、よくも! 身どもの肉体に!』


 憤怒する女神は大量の蛆を召喚し、3人の少女を襲わせる。尻餅をついた三珠を守るように、駆けつけたピスカが教団仕込みの結界魔術を使い、リーシャが鬼火で蛆の群れを焼いていくが、そこまでしても蟲の数が減る気配はなかった。

 むしろ増えているまである。虫の大軍がピスカの張った結界を腐食し、徐々に押し進もうとする。


「ピスカ、やっぱキツイ? キモい虫に腐らされて死ぬとか、あたし的には地獄絵図なんだけど! 絶対に嫌っしょ!」

「それは同感ですが――すいません。蛆の宿す呪詛があまりに強いんです」


 くっ、と片目を閉じ、ジリ貧になりつつ、ピスカは蛆の持つ腐敗の呪詛を魔術の障壁で受け止める。だが、維持できるのは僅かばかりの時間だろう。

 それだけ、蛆の持つ腐敗の呪詛が強すぎるのだ。遂に光の結界にひびが走り――だが、起き上がった三珠がピスカの援護をする。


「スィア、二重に結界を張れる?」

『うん。スィア、ますたー達を守れるなら、どんなことでもできるよー』

「じゃあ、いくよ! 朗読リーディング第27項、アミュス・ファリア」


 ピスカの張った結界の内側を守るように、もう1枚の防御障壁は展開された。

 魔法の障壁は耐久力が高く、破壊できないと分かるや否や、蛆虫は障壁の壁に張り付いて蠢く。退路のない一方的な防衛戦だ。

 障壁が壊れれば最後、3人は腐食の蛆に埋もれてしまう。そうすれば、再誕の条件がある三珠はともかく、ピスカとリーシャは腐った死体になってしまう。

 

 そんな姿は見たくなかった。見たくなかったのに、三珠の体力が尽きていく。


 強大な古代魔法の使用にリスクがないはずがない。魔法の使用には極度の集中状態である必要があり、精神の消耗も激しいため、連続で魔法を使う場面が重なった三珠の精神負荷も、相当のものだったのだ。

 魔法の障壁が消えかけ、しかし再び魔法を力を強めた三珠は、もはや根性だけで戦っていた。窮地に追い込まれた彼女らは――


「お母様……もう終わりに、しよう……」


 そう言って、大鎌を振り下ろしたメルに救われた。それは少女が決意した過去との決別。メルは偽りの姫ではなく、1人の少女として友人を手助けしたのだ。

 魂を斬り伏せる大鎌が、女神の依代となった肉体の背中から胸を貫き、メルは王国民の未練が構築した意志の総体を刈り取る。

 エメルフィナという過去の少女ではなく、友人に囲まれるメルと名乗る召喚士の少女として、未来に生きるという彼女の選択だった。

 

「エメ、ルフィナ……(身どもを、何故……)?」


 母の声を出す《《誰か》》が、悲しげに鎌の刃を擦る。そして、母の亡骸が静かに微笑んだの瞬間を、メルは瞳の網膜に焼きつけた。刃を引き抜き、傷口から大量を蛆を産み出し、女王のミイラは倒れ込む。

 とうに干からびた死体から血があふれることはないが、ゆっくりと消えていく魂を模した蛆達が、特定の地に呪縛された未練の解放を示す。


「これでよかったの、メル?」


 蛆の大軍が冥府オルキヌスに導かれたことにより、魔法の障壁を張り続けなくともよくなった三珠が、過去との別れを告げた少女に問いかける。

 一方のメルは色鮮やかな魔素に変化し、天井に昇っていく光の粒子を眺め、満足したように目を細める。少女は王家の秘宝である鎌の柄を握りしめ、


「これが……私の選択。みんなには……迷惑、かけた」


 そう謝る少女を3人は受け入れる。


「まったくっしょ、反省しなさいよね」

「はい、今回は私もお冠です。なので、これからはメル姉さまに、一生分の恩返ししてもらわないと釣り合いがとれませんね」

「じゃあ、どんなことしてもらおっか?」

「あまり……恥ずかしいことは、やめてほしい……」


 うう、と罰が悪そうな顔になり、立場の低くなったメルを囲むと、少女らは屈託なく笑い合う――が、一息つけたのも束の間だった。


『よもや、身どもを凌ぐとはな。その決意、認めてやらねばなるまい』


 メルの鎌に貫かれたはずの女神が霊体となり、王国民が残した未練の総体であるトゥルジ・ナスは、少女らの前に真の姿を現す。

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