第三四話:正拳と亡者の軍勢《レブナント》
魔素で構築された結晶の鎧を打ち砕き、彼女の拳はレブナントの1体を殴り伏せる。
もう何体を冥府に還しただろう。多対一の苦境は続き、体力的な限界を感じつつあるユリアは、額に浮かんだ汗を拭うが、レブナントの軍勢は進軍を緩めない。
息を荒げたユリアを取り囲み、統率のとれた連携で彼女を追いこむ。
振り下ろされた刃が小手に受けとめられ、金属音は暗闇の空に高鳴る。レブナントが剣に込めた力を利用し、刃を受け流したユリアは、仲間を突き刺して飛び出してきた2本の槍を掴みとる。
先程からレブナントの軍勢は、ユリアの思いもよらない戦法をとっていた。彼らが普通の軍隊ならば、よほど上司が無能だったりしない限りは、仲間に危害を加えることはないだろう。
だが、レブナントたちは自らが死人であることを利用するのだ。その変則的な攻撃は読みづらく、対人戦闘の経験があるユリアすらも苦戦を強いられた。
「こ、の――っ!! せいやああああああああああ!」
掴んだ長槍を引っ張り、前に飛び出してきた2体のレブナントに、両腕でラリアットをかまし、亡霊の頭蓋を消し飛ばす。そしてタックル――ユリアの乱暴な突進が剣を持つレブナントの胴に入り、死者の兵士は仲間の元に吹き飛ばされる。
ユリアに吹き飛ばされた亡霊が膝をつくと、後方で待機していた別のレブナントどもが、選手交代と言わんばかりに前に出た。
「流石に、これはお姉さんにも辛いかもね」
いかに常人より体力があり、腕っぷしが優れているとはいえ、ユリアも肉体をもつ生者なのだ。
無尽蔵なスタミナを活かし、数の暴力で攻めてくるレブナントには、次第に太刀打ちできなくなっていくだろう。何体倒せば終わりが来るのか。拳を握り直すユリアだが、先の見えない闘争に嫌気が差しつつあり、彼女の持ち前の腕力も落ちていく。
と、苦戦する彼女を見守るように、唇を噛みしめる小人の男がいた。
トロル族の青年、ロークである。ユリアの装備したバングルが発した結界に、補助魔術を駆使した支援を行っていた彼だが、だんだんと己の無力さが悔しくなってくる。
スケベ心を満たそうとする度胸はある癖に、小心者だった彼は、亡霊に住処を荒らされたとしても、立ち向かおうとはせずに、鍾乳洞の壁穴に引きこもった。
今だって、厄介な敵の相手を異性に押し付け、安全な後方で待機しているほどだ。
男の癖に情けない、そういった感情を抱いてはいる。
だが、立ち向かう勇気が出なかった。実力こそ低いが、豊富な経験で柔軟に立ち回るフェレスや、明確な強者であるアディンのことが羨ましいと思う。
自分が自我を失う恐怖さえなくせば、巨人化することができるのに、ロークはまだ迷っていた。
そこへ、「ひゃあ!」とユリアの悲鳴が聞こえた。
「――なっ! ネエちゃん、大丈夫なのか!」
「ええ、問題ないわ。お姉さんの拳は、この程度で折れないもの」
魔術師のレブナントが放った黒球を浴び、後方に吹き飛ばされて地面を滑ったユリアは、足をふらつかせて立ち上がる。
何が彼女をそこまでつき動かすのだろう。バングルの保有する魔素が消えかけ、結界の維持が困難になっているというのに、泥だけになっても立ち上がる。
彼女の勇姿は、英雄願望を実現しようとする戦乙女のよう――
そんな彼女の闘志がロークの心にも火をつけた。弱さに屈して見ているだけなのか、いいや違う。
ロークは自我が希薄になる覚悟を固め、
「おいらだって、やるときはやるんだぜ! 見てやがれえ!」
そう叫んだロークの背中は、ぼこぼこと膨れ上がるように肥大化していく。
肉の膨張は止まることを知らず、やがてロークは1体の巨人となった。
身長は7メートルはあろうかという、男の姿がそこにある。
小人だった頃の彼の面影は微塵も残らない。大きな鼻に逆立った耳を持つ醜い巨人、灰色の皮膚をもつ彼が一歩踏み出す度に、王国の地面は揺れて地鳴りが響く。
精霊種のトロル族が、悪霊種のトロールに反転した姿である。
ぶよぶよとした肉の肌に覆われ、ぽっこりと膨らんだ腹をした巨人は、助走をつけてレブナントの大軍に突っ込んだ。
「オイラ……ネエチャンノテキ、タオス……」
片言で呟いた醜い巨人は、まるでドミノ倒しをするみたいに、レブナントの軍勢を蹴散らしていく。
ロークの巨体にショルダータックルされた亡霊の兵士たちは宙に浮き、彼の巨体に対抗できず、惨めにも吹き飛ばされた。
「ここは任せてくれ」と巨人が無言で頷き、ユリアは死者の大軍を少しの間だけロークに頼み、消耗した体力を回復していく。
と、巨人の上空から黒い刃が降り注ぐ。レブナントの魔術師が使用した中級クラス域の魔術だった。漆黒の刃はロークの皮膚を貫き、彼の血が噴き上がる。
「グウアアアアアアアア!」
痛みに耐えるように、ロークが叫んだ。
巨人が膝を付き、真っ赤な鮮血が彼の肩や腕、それに太もも、さらには額からも噴き上がり、まるでコールタールのような赤い液が、真っ新だった地面を汚した。
ロークの窮地にユリアは救援に向かおうとするが、片方の手で額を押さえる彼の余った腕が、彼女の助力を拒んだ。
「コノクライ……ナントモ、ナイゼ……」
ロークの言った通り、黒い闇の刃が傷つけた彼の傷口は、瞬く間に塞がってゆく。そして太い拳を振り上げた彼は、布陣を組むレブナントの魔術師を押し潰す。
舗装された地面の石片が飛び散り、突風に巻き上げられた砂埃が吹き荒れると、クレーターの中に粉砕された骸骨の白粉が残される。
やがて死者が成仏するかのように、骨粉は優しいそよ風に攫われた。レブナントの残党が一斉にロークの足を突き差すが、しかし彼は蚊に刺された程度だと受け流し、レブナントの兵を払い飛ばしていく。
「これは、どうなってるッスか?」
ふと王国の聖堂から飛び出してきたカトレアが、レブナントの大軍を相手取る巨人に面食らい、あんぐりと大口を開けてしまう。
地下礼拝堂に潜入したレイスだが、どうやら彼女らに撃退されたらしい。
仲間に肩を貸してもらう者や、血の滲んだ黒装束を掴み、苦しげな息を吐く少女もいたから、圧勝よりは辛勝といった様子で、それなりに被害はあったようである。
「カトレア? 貴女、大丈夫だったの?」
「まあ、なんとかなったッスよ? 負傷者も出たッスけどね」
「それで、あの巨人は味方なのでしょうか?」
「ええ、ロークよ。彼はトロル族だったの」
「あの小人の? あの姿からは卑しさをまったく感じませんね」
そう感心したのは、山ヤギの角を持つ魔女だった。カトレアの補佐を務め、永遠の楽園に溺れた王国で、聖堂の管理者を代行していた魔女だ。
彼女はまだ動けそうな仲間に声を掛け、負傷者の治療班とレブナントの迎撃班に分担すると、大軍相手に奮戦するロークの加勢に向かわせる。
形勢逆転といったところか。ロークが意地を見せてくれたおかげで、レブナントの軍勢の数と勢いは削がれ、こちらは魔女団の増援によって士気が上がる。
数で言えば五分。しかし、超再生能力を保持するトロールを仕留められる者がおらず、レブナントどもの劣勢は揺るがない。
指揮官らしい亡霊が1軍をまとめあげるが、それもロークを援護する魔女団の助力もあり、勝利の兆しが見えてくる。
「そろそろ頃合いね、お姉さんも戦線復帰しないと!」
「待ってください。その前にバングルの符呪をしましょう」
「構わないの? それじゃあ、お願いするわ」
山ヤギの角を持つ魔女がノーム族の少女を呼び、「ボク?」と自分を指差した彼女は、ユリアのバングルを預かってくれた。
小型符呪台で少女がバングルの魔素充填を済ませると、改めてユリアはレブナントの大軍を睨む。
もうあと一押しあれば、亡霊どもを駆逐できるだろう。
「あとは、私が行けば問題なさそうね」
「もう参加するんッスか? あと少しだけ、体を休めてもいいんッスよ?」
「ダメよ、これはお姉さんである私が、拳に掛けた誓いだもの。カトレア、貴女は自分にできることをしなさい。私がいれば、ここは大丈夫よ?」
ユリアは瞑想を行い、己の意志を小手に宿すと、敵軍へと突っ込んでいく。
そんな彼女に続こうとしたカトレアだったが、ユリアの真意に気付いたヤギ角をもつ魔女が、自分らの教祖を呼び止め――
「待ってください。教祖様には、別に行くところがありませんか?」
「自分ッスか? 自分は……」
「アスターナさんに、言いたいこともあるでしょう? このまま彼に任せ、何も言えなくなってもいいのですか? 彼女は元々、私どもの教祖だったのですよ?」
「そうッスね。やっぱり、逃げちゃダメッスか」
「はい、行ってください。教祖様の代行となるのも、サバト補佐役の務めです」
「じゃあ、ここはお願いするッスよ――行ってくるわ」
こちらの勝利は近い。レブナントの相手はユリアたちに任せ、暁の魔女団の教祖は走り出す。過去に決別した友人がいると思われる王城に――




