第三二話:彼女を目覚めさせるために
アディンらに送り出され、フェレスは王城の方に急いでいた。
カトレアが率いる暁の魔女団と、全面衝突をすることになる。そう踏んでいたフェレスは、国主を失った王城の方が安全だと予想していたが、カトレアの話により、状況は一変してしまった。
暁の魔女団以外に、もう1つの――フェレスらの妨害をしてきた魔女団があったとすれば、王城に向かった三珠らの方が危険となる。
地下礼拝堂へのレイスの襲撃も、その魔女団が仕組んだことだろうからだ。
「まったく、最近は走ってばっかりだな」
老化防止につながるだろうか。そんなくだらないことを考えながら、ぜえぜえと息の上がったフェレスは、それでも足を止めることはない。
日々の仕事をただ消化し、明確な目標もないままに、漠然とした1人旅を続けていた男が、ここまで必死になる日が来るとは思いもしなかった。
「間に合わなかったら、送り出してくれた奴らに示しがつかないな」
アディンやユリア、そしてロークはレブナントの軍勢と交戦中だろうし、カトレアの指揮する暁の魔女団だって、決死の思いでレイスの大群を引き留めているはずだ。年だからという言い訳は許されず、王城への道中でへばるわけにもいかない。
フェレスは膝に手をつき、素早く呼吸を整え、また一歩足を踏み出す。
と、その時だった。自分の上空に唐突な魔法陣が出現する。
「なんだ――っ!!」
「ひゃっ!」
魔法陣からは三珠が現れ、フェレスは踏みつけられる。ピスカとリーシャは綺麗に着地したというのに、彼女だけが格好つかない。
三珠に腰を踏みつけられ、地べたに横たわったフェレスは、もっと無様な有様だったが――心配して駆けつけようとしたのに、この仕打ちはないだろう。
苛立つフェレスは苦しげに息を吐き出し、三珠を睨みあげた。
「三珠、どいてくれないか?」
「あっ、ああ! ごめん、フェレスさん!」
慌てて三珠が飛び退き、フェレスはようやく彼女の重みから解放される。三珠は細身であり、十代女子の平均体重よりは軽いのだろうが、だからといって。全体重を背中で受け止めたともなれば、重いものは重いのである。
フェレスが体を起こそうと手を地面につくと、にやにやと意地悪く笑うリーシャが、自分に手を手を差し伸べてきた。
「大丈夫ですか、先輩? もしよければ、次の機会には仰向けになった先輩の上に、あたしが乗ってあげますよ~。気持ちよくなれるかもしれませんね~」
「おい黙れ、エロ狐。調子にのるな!」
リーシャに助け起こされたフェレスは、その勢いに任せて少女の額に頭突きをする。
「あいたっ」と額を擦るリーシャは、「あんまりじゃないですか~?」と抗議的なことを言うが、フェレスは肩を落として聞き流す。
三珠がきっちりとした場所に着地できなかったのは、それだけ切迫した状況に追いやられていたということだ。それにメルの姿が見えない。
問題が起こったのだろう。フェレスは土汚れのついたジャケットを払い、
「王城で何があった? メルは、どうしたんだ?」
「それは――」
三珠が言いかけると、彼女よりも早く魔導書が喋る。
『メルね、おかあさんと会った。でもね、すごく悲しそうだったよ? スィアね、あのメルはきらいー。ますたーと、仲良しになってくれないの』
「んん、そいつは何を言ってんだ? 誰か、解説を頼めないか?」
「はい、私が話します」
要領の得ないスィアの発言に頭を抱えたフェレスに、ピスカが分かりやすく言伝をする。亡きシワピピルティン12世、メルフィアナ王女のミイラをカトレアの親友が持ち出し、彼女の亡骸に国民の想念であった玉響の思念が宿り、トゥルジ・ナスと呼ばれる不浄の女神が召喚されたこと。
そして、母の面影に惑わされたメルが、新星の魔女団創始者であり、カトレアの親友でもあったアスターナの側についたということを。
そう聞いたフェレスは、冷たい瞳で考え込む。もし仮に、メルがトゥルジ・ナスの依代となった母を庇うのであれば、手は抜けないだろう。
最悪、彼女を殺してでも止める必要がある。不老不死者を手立てがあるとすれば、魂殺しの符呪をした武器や魔術の類となるだろう。
三珠の魔導書であれば、魂殺しの魔法くらいは引き出せそうなものだが、彼女に寝食を共にした少女が切り捨てられるだろうか。
「厳しいな……」
と、フェレスは思う。まだ年端もいかない少女に委ねられる選択ではない。特に三珠は死に関し、フェレスとは違う価値観を持っているようだし、メルに余計な情を抱き、最後の一手で躓く危険がある。
ならば、やはり自分が手を下すべきだろうか。
フェレスの宿す怨念を呪術にのせ、相手の精神に撃ち込めば、妄執の念に常人の精神が耐え切れず、心を壊すことは可能だ。精神が破壊された廃人ともなれば、如何な不老不死者とて、死亡したも当然である。肉体が滅びずとも、魂が死んでしまうのだから。
少女らの批判は覚悟の上だが、実際は殺すよりも生かすことの方が難しいのだ。説得に失敗すれば、やられるのは自分である。
人間の心は簡単に操れない。マインドコントロール系の魔術ですら、時間が経つごとに弱まり、効果を失っていくほどに、人の自我とは強いものなのだ。
人心を掌握できる英雄に、フェレスは手が届かなかった。なるだけ現実的に見通しを立て、リスキーな賭けを避けるべきだろう。
だが、フェレスの考えを読んだのか、三珠がまっすぐな瞳をして主張した。
「フェレスさん。メルのことは、私に任せてくれないかな?」
「どうするつもりだ? 根拠はあるのか?」
「ごめん、そこまでは考えてない。でも、私たちに被害が出ないようにするためなら、フェレスさんはメルを切り捨てちゃうよね?」
「まあ、そうだな。たった1人のために、多くを失うわけにはいかない」
確信をつくような三珠の言葉に、フェレスの胸が疼くように痛むが、けれどそこが自分の限界だった。決して、己を多大評価したりはしない。
現実主義の行き過ぎたフェレスの考えに、三珠は精一杯の反論をした。
「うまくいく保証なんてない。それでも、私は諦めたくはないから!」
「――っ!!」
はは、とフェレスの思わず笑ってしまった。なんて無鉄砲な計画なのだろう。いや、そもそも計画性などはなかったのだ。
若気の至り、その言葉に尽きる。けれど、どこか心が揺さぶられた。この少女にならば、賭けてみてもいいかもしれない。
ああ、その我儘に付き合ってやろうとも――
なにより、フェレスが見てみたかったのだ。三珠が乱暴な独善を突き詰めた先、メルを含めた4人の少女が並び立つ姿を。
「わかった、メルは三珠たちに任せよう」
「ありがとう、フェレスさん」
「いいさ、俺がお膳立てはしてやる。ただし、説得が無理だと判断すれば、俺は躊躇しないからな? そこは理解しておけよ?」
「うん! 安心して、メルは引っ叩いてでも目を覚まさせてやるから!」
そう三珠が宣言すると、『スィアもがんばるー』と魔導書も乗り気になり、「やってやりましょう」とピスカは意気込み、「仕方ないっしょ」とリーシャが文句を垂れながらもやる気を出し、3人と1冊は団結した。気合十分な少女たちを眺め、
「まったく、はしゃぎやがって。嫌でも応援したくなるだろ」
そう悪態を吐くフェレスは、既に死が巣食った王城がある方角を睨む。
◇
色褪せた赤い絨毯が敷かれた階段を、アスターナは下っていく。一段一段、階段を踏む締める度に思うのは、世の不定さであった。
「私の研究は陰湿だとよく言われたな。占いに惑わされた気味の悪い奴だと」
魔術学院の研究において、占術はあまりメジャーな学問ではなかった。
占星術や風水など、年頃の女性の間では占いとしてメジャーだが、あくまでもそれは遊びの範疇であり、魔術的な意味合いが薄い。
占術は思い込みの類なのである。
こういう占い結果があったのだから、こうなるはずだと、無意識の内に術者の魂に自己暗示がかかり、マインドコントロールされてしまう。
つまり、占い通りの結果になったのではなく、本人の先入観が占い通りの結末に導いたというのが正解なのだ。
ゆえに、占術のもたらすものは強力な自己暗示による成功だ。矛盾しているようだが、占い結果がよかったから成功するのではなく、先行き好調の兆しが見えたことにより、占いの結果通りに行くように、本人が努力を始めてしまう。
さらに、死者の霊を使った占いの儀式もあり、占術の本質は呪術に近かった。
占術の研究を専門とする者もいるが、どちらかと言えば、批判家的な意味合いで研究する学者が多い。それもこれも、アベントゥーラでは魔術が正道の学問となり、法律的に犯罪となる呪術が、邪道な力という一般的な認識があるからだろう。
魔術学院の学生だった頃、アスターナの研究が理解されず、同世代の者から揶揄され続けたのも、ある意味で必定ではあったのだ。
「けれど、それを認めるわけにはいかなかった」
アスターナの母は不幸な女だった。彼女が惚れた男は裕福で友好関係が広く、女遊びも盛んに行うプレイボーイであり、多くの妻を囲っていた。
一夫多妻や一妻多夫制の法律があるため、モテる男がたくさんの女性に言い寄られるのは普通なのだが、問題だったのは妻側に序列制があったことだろう。
誰が決めたとかではなく、夫が商談に女を連れていくのであれば、必然的に容姿がよく頭が回り、優秀な妻が選ばれるのは仕方がなかった。
アスターナの母は妻の序列最下位、序列上位の妻たちが煌びやかな表舞台にいる中、彼女の母は裏方の仕事ばかりを押し付けられる。
種族的に見栄えの良い容姿じゃなかったのもあり、夫の付き人に選ばれる機会があるとすれば、彼の仕事が休暇の日だけだった。
それでも、博愛主事者の好青年だったアスターナの父は、彼女の母を差別することなく受け入れたのだが、それを面白く思わなかったのが彼の妻たちだ。
アスターナの父はよくできた男性だったと思う。
けれど、よくできた人間であり過ぎたのだ。仕事の日に連れていけない罪滅ぼしとして、彼の休日はアスターナの母のために使われることが多かった。
次第に他の妻子は徒党を組み、アスターナの母が父に特別扱いされていると嫉妬して、序列最下位の彼女の母は激務を強要され、夫に会う時間も制限された。
最愛の人にも会えなくなり、心労と過労に衰弱していく母の姿を見て、アスターナが思いついたのが、母に占いをすることだった。
先天的に未来視の魔術が僅かに使えた彼女は、母の生きる原動力となるように、よく当たる軽い占いをして元気づけた。
今はつらくとも、何時かは報われる日が来る、と。
次第に母は娘の占いの虜になる。
生活環境が追い詰められた彼女は、自分に共感してくれる娘の占いに依存した。もはやアスターナと母の関係は、教祖と信徒に近いものへと歪んでしまう。
アスターナは母の理想となる教祖でいなければいけなくなった。そして彼女は学院で占術の研究を始め、多くの者に認められることを求められる。
母の理想である自分は、間違うわけにはいかない。そんな脅迫観念にも似たような感情に、アスターナは切羽詰まっていく。
「思えば、それがカトレアと喧嘩をした理由だったか」
功を求めるアスターナと過程を大事にするカトレア。
学院では親友であり、一緒に魔女団を立ち上げた2人だったが、両者が袂を分かつのは、時間の問題だったのかもしれない。
けれど、友人と仲違いしたアスターナを母は擁護してくれた。
アスターナの価値観を理解できないカトレアが悪いのだ、と。
そして母は、多くの女性を愛する夫の元を離れ、アスターナを教祖とする魔女団を作る手筈を整えてくれた。彼女の母が選んだのは、愛よりも占いだったのである。それこそが、母の乾いた心を癒してくれたからだろう。
母は自らを供物に捧げ、魔女団結成時の最初の犠牲者となり、教祖であり我が子でもあるアスターナに、強大な使い魔を残した。
「来たか……」
アスターナの耳元でハエが羽音を立てる。そのハエこそが、母の身を生贄に捧げ、彼女が手に入れた使い魔の眷属である。
偵察に出した使い魔のハエが、王城への侵入者を彼女に伝えたのだ。アスターナは亡き母の思いを胸に、大いなる使い魔を召喚する唄を読む。




