第三一話:パリカーの後継者
玉座に眠るミイラ化した女王の前で、4人の少女と宝石店の魔女が向かい合う。
彼女の名は、アスターナ・ライラックス。暁の魔女団を従えるカトレア・ホルステッジの旧友にして、新星の魔女団の創始者だった。
新星の魔女団は王国で死霊術師の女王、シワピピルティン12世の再誕という奇跡を起こすために、彼女の亡骸を〝不浄の女神〟という信仰の対象へと変貌させるつもりなのだ。
恵まれなかった魔女らが心酔し、流星の魔女団復活に思いを馳せた。惨めな女として生きるよりも、彼女らは命の枷から解き放たれ、死者の楽園を目指す。
まさに700年前の滅亡しながら、栄光の日々を繰り返す王国のように――
社会に捨てられた魔女どもは、不変なる魂の楽園を求めた。そこには痛みもなく、苦しみもない。だが、喜びや満足感も生まれない世界だろう。
社会の暴力に屈し続けた魔女どもは、何もない世界にこそ意味を見出す。
「私の仲間は、そのために命を支払った」
アスターナに従った魔女らはもう存命していない。自らの肉体を代償に、栄光の王国とともに魂へと昇華し、肉体のない幽鬼に堕ちた。
新星の魔女団を導き、トゥルジ・ナスの復活を約束したアスターナは、亡き女王の忘れ形見を依代に、同朋の宿願を果たすつもりなのだ。背中に背負った大鎌を構え、メルが彼女を問い正す。
「貴女は……何を知っているの……?」
「この王国にまつわる伝承の真実だ」
シワピピルティン12世には一人娘がいた。名はエメルフィア・シーマ・プリヴィディエーニ。1000年前に暗君、もしくはその血縁者の側室と一国の王を兼任したメルフィアナ王女が、腹に身籠った子供である。シワテテオスタ王国は戦乱の時代に窮地に立たされていた。
隣国の度重なる進軍と物資の枯渇により、滅亡も時間の問題だと囁かれる。そんな彼女らを救ったのが、暗君の率いる帝国の軍勢だった。
隣国がシワテテオスタに攻め込んだ隙を付き、王国の城が陥落するよりも早く、敵国の王都が暗君に攻め落とされ、争いを嫌う魔女団の王国は間接的に救われることになった。
たとえ、おまけのように助かった国であったとしても、シワテテオスタ王国の住人は暗君に感謝し、メルフィアナ王女自らが帝国に体を差し出して属国となる。
だが、暗君の率いた帝国の栄華も長くは続かなかった。ニフタ以外の大陸が同盟を結び、暗君の討伐軍が結成されたからだ。戦争は暗君の敗北に終わり、彼の血族は一族を根絶やしにするために、反旗を翻した者以外は処断されてしまう。
その中に、メルフィアナ王女の愛娘がいたのだ。暗君の正当な血統にないメルフィアナ王女は見逃されたが、彼女の娘は容赦されなかった。
エメルフィアは母の目の前で魂を壊され、生気のない傀儡になってしまう。
「そして国に帰った彼女は王城の研究室にこもり、死者蘇生の研究に力を入れ始めた。これが女王が死霊術に没頭した理由だな」
「待って……それじゃあ、私は……」
「そうとも。お前はエメルフィア・シーマ・プリヴィディエーニの体を使い、女王が甦らせた彼女の愛娘になれなかった誰かだ。現にお前には名前がない。だから、彼女の旧名を名乗ったのだろう?」
「それは……」
両手に持った大鎌を落とし、メルは戦意を喪失していく。そう、実際に彼女は自分が何者かが分からなかったのだ。彼女の記憶に残っていたものは、メルフィアナと呼ばれた女性の名と、彼女の愛娘が抱いた母国への愛郷の念であり、名も無き少女に残されたのは、断片的な記憶に過ぎなかった。
名も無き少女の体は女王の娘であるが、構築された魂は彼女のものではない。メルフィアナ王女が求め続けた愛娘の面影なのだ。
受け入れたくはなかっただろう。それは彼女の存在を否定するに等しい。
母への愛も、故郷への愛国心も、そして彼女がもつ姫としての誇りすらも、借り物だった。偽物の少女はどうすれば本物になれるというのか。名も無き少女の表情は前髪に隠れ、暗い影に覆われた。
「長話が過ぎたが、そろそろのようだ」
「――えっ? 何!?」
アスターナが笑むと、おびただしい数の亡霊が謁見の間に侵入し、三珠は我が目を疑う。亡霊は依代となる肉体を探し、玉座に座るエメルフィア女王の器に集う。
人間の顔を浮かべた白い霧のような亡霊が、女王のミイラに吸い込まれていく。そして魍魎の願望が詰まったミイラは、不浄を体現する女神に変貌していく。
死者の嘆きに呼応するように、魂の流動に包まれたミイラは浮上し、腐敗したメルフィアナ王女の口や目、あるいは乾いた皮膚の内側から無数の蛆が湧きだした
原生生物の蛆ではない。それは呪術により生まれた腐敗の象徴だ。
触れた者の肉を溶かし、腐食する呪詛を孕んだ邪悪な虫だった。ぽとりぽとりと、白い蛆が床に落ち、床の絨毯を腐られながら蠢く様は、見栄えがよいはずもなく、おぞましい嫌悪感を少女らに抱かせる。
「これ、マジでやばい奴じゃん……最悪」
「私も触りたくはありません」
うねうねと動く蛆に、リーシャが吐きそうな顔をする。ピスカも一歩後ろに下がり、蛆の群れからは逃げ腰の姿勢だった。実際に気味が悪いのだ。
特に虫嫌いというリーシャには、蛆の存在自体が生理的に無理だろう。
「ようやく彼女は目覚める。これは同朋の犠牲があったからこそだ」
エルデリカ鍾乳洞にあった棺の間、その一方は王女のミイラが安置された場所だった。
そこで彼女ら、新星の魔女団は呪術の儀式を執り行い、棺の封印を解くための生贄も支払って、亡き女王のミイラを王国に運びこんだのだ。暁の魔女団と鉢合わせしないため、念密な計画を練って。
「さあ、お前はどうするんだ? 名も無き姫として捕食されるか?」
さりげなく、アスターナは足元に魔法円を描いた。
腐敗の想念と化した女王のミイラ――腐敗の女神の運ぶ〝死〟に触れないように、パリカーの後継者は魔法円に守護され、自らの身を守る。
ふとトゥルジを見上げた少女に、彼女はうわ言のように呟く。
『エメルフィア……私の、愛しい子。どこに……行ってしまったの?』
ぼとぼとと蛆を撒き散らし、浮遊するミイラが首を振る。女王のミイラに残された記憶を読み取り、不浄の女神が亡きメルフィアナ王女と同調し始める。
『(ますたー、あの人ね……)』
「うん、まだ復活が不完全みたいだね」
「それなら、あたし達のやることは決まってるっしょ?」
「はい! あんな女王様を外に出すわけにはいきません!」
3人が頷き合い、三珠は魔導書を広げ、リーシャは幻惑の弓を生み出し、ピスカは氷晶を作りあげ、無完全な女神を打倒しようとする。
だが、アスターナの口元から笑みが消えることはなかった。まるでこうなることを事前に知っていたみたいに、魔女の余裕は覆らない。
彼女は未来を読む占い師だ。三珠らの数手先を予想しているのかもしれない。そう感じ、三珠が警戒した時だった。
「三珠姉さま、下がってください!」
ピスカの叫び声を響き、三珠は後方に飛び退くと、彼女いた場所に鎌の刃が空を斬る。命を刈り取る一薙ぎ、その大鎌の振るったのは死魔族の少女である。
彼女は手を震わせながらも、長い前髪で顔を隠して三珠に対峙する。少女の装備した防護バングルが悲しげに光る。仲間だった少女の心境の変化に、リーシャが声を荒げた。
「メル! あんた、どういうつもりなわけ!」
「お母様が……私を探してた、から……」
「メル姉さま、あれは女王様ではありません! 王国に残った未練が集まって、腐敗の化身となった女王様の体を使う偽物です!」
「そう、偽物……私も、偽物だった……」
少女が大鎌の柄で床を打ち鳴らすと、まるで地面から生え出すみたいに、王国兵の骸骨が黒い霧に混じり、その姿を現した。
彼女は本気だ。腐敗した母を守るために、死魔族の少女は三珠たちを倒すつもりで、己の死霊術を使ったのだ。三珠は錯乱しているらしい彼女に訴えかけ、
「メル、正気に戻って! どうしちゃったの!?」
「それは……わからない。でも……私はこの人を、助けたいと思った……」
理屈ではなかった。少女は王女のミイラに母の姿を垣間見て、無意識に体が動いてしまったのだ。三珠に鎌を向ける彼女に、王女のミイラは呟く。
『ああ、エメルフィア……貴女は私の、エメルフィアなのね……」
蛆の這う干からびた手で少女を抱きしめ、彼女は娘の肌に頬擦りをする。哀れな姿だった。偽物の王女は宿主の記憶に縋り、愛娘の温かさを感じ取る。
そこにいたのは、偽物の母娘だった。肉体の記憶に縛られ、自らの私欲と混同する。そんな偽物の母に、似た境遇の娘が惹かれるのは当然なのだろう。
殊更に、少女が女王のミイラに同情心を抱く。白く大きな蛆が、青白い少女の肌を腐食せずに滑り落ちたのは、呪詛を振りまく女王のミイラが、本能的に少女を傷つける行為を避けたかったからなのだ。
「2人の王女が触れ合う時、かの楽園はここに至る。そう占いをするのも、オツなものじゃないか?」
時を越えた母娘の再会に大げさな拍手を送り、アスターナが三珠たちを睨む。
母の干からびた手を握り返し、名もない姫君が目を閉じると、彼女が召喚した骸骨は三珠らを取り囲み、腐食の怨嗟を宿した蛆が3人に襲いかかる。
「2人とも、一旦退こう! 私の周りに集まって!」
三珠はピスカとリーシャを呼び、空間転移の魔法を唱え始めるが、彼女の視線は名も無き姫に注がれていた。「絶対に友達の目を覚まさせる」と、決意に満ち溢れた瞳をする三珠と目を合わせた姫君は、彼女から目を逸らした。
王国兵の骸骨と巨大な蛆の接近よりも早く、三珠の転移魔法が発動した。3人の姿が謁見の間から消え失せ、アスターナを目を丸くする。
「あの魔導書の力は、危険かもしれないな」
時に強大な力は運命を覆す。アスターナは三珠にその片鱗見た。
一度は死んだ家族の馴れ合いを眺め、楽園に到達するまで、あと一歩なのだと意気込み、崇拝する死の女神の復活に、アスターナは遠巻きに彼女へ祈る。
そして、彼女は次の襲撃に備えるため、謁見の間を後にした。




