第三十話:砕け散った玉響
レイスの群れが地下礼拝堂の天井に飛び交う。
防護バングルの魔素が切れかけ、床に倒れ伏した女性を魔女団の仲間か囲い、襲いかかって来る亡霊どもに属性系の魔術を放ち、レイスの群れを牽制する。
レイスの放った黒い闇の塊は、魔女たちの火球や水の刃、そして空気の塊などとぶつかり合い、対消滅を繰り返す。
レイスの群れが地下礼拝堂に攻め込んできた時、外の偵察に出ていた魔女団の1人が吹き飛ばされてきて、床や椅子に殴打する体をバングルの結界に守られた彼女、宿屋の女主人は何とか命をつないでいる。
戦闘に参加できないほどに弱った仲間を庇い、魔女団の装飾品担当らしいドワーフ族の少女は、仲間たちの攻防に加わっている。
「持ち堪えるッスよ! 何としても、自分らが玉響を死守するの!」
キャラ作りも曖昧になり、カトレアの威勢の良い声が響く。そこへ、彼女が魔女団のリーダーである見極めたレイスの1体が急降下する。
レイスは悪意を持った人間のなれの果てであり、それゆえに頭も回る。
黒い球体を生み出し、それをカトレアに目掛けて発射したが、醜悪の怨嗟が宿る呪いの弾丸は、1人の男によって発火し、容赦なく消し炭にされる。
アスモデウス・オーディファン――彼の放った黒炎は魔術そのものを対象とし、レイスの闇魔術を防ぐ。それは生半可な呪術すらも寄せ付けず、まるで破壊するかのように焼き払う煉獄の業火である。
「残念だが、今回は僕も退くつもりはないよ」
地下水路の時のように、彼は疲弊していない。
コンディションは万全だ、アディンが腕を薙ぐと、レイスは真っ黒な炎に包みこまれる。
霊体にそのものに炎が点火し、苦しみ悶えて乱れ飛ぶレイスは、やがて蝋燭の火が燃え尽きたかのように、忽然と消失した。魔術は大気中に満ちた人の願望により発動するもの。
ならば、同系統の残留思念である亡霊とぶつかり合い、亡者の未練を浄化する力になり得る。
アディンに黒炎を点火され、亡霊は魂を火炙りにされたのだった。
「ひ、ひいいいい!」
「ローク、お姉さんの後ろに隠れなさい! どっせーい!」
瞑想をしたユリアは符呪された小手に魔素を流し込み、教団より授かった浄化の力を高めると、頭を抱えて蹲ったロークを襲おうとしたレイスに、真正面から拳を突き出した。
彼女に殴りつけられたレイスは、風船が爆散するように弾け飛ぶ。
不浄の者に強力な特攻性を秘めた光の拳は、悪霊の魂を強制的に砕き伏せ、高次元の深淵に送還させてしまう。
「これならいけそうだな」
シリンダーに魔術弾をリロードし、そして撃ち出す。フェレスは発射と再装填を繰り返しつつ、レイスの動きを制限していく。
フェレスの手のひらで踊らされ、誘い込まれたレイスには、アディンの黒炎が放たれる。
こちらが優勢なようだ。
呪術弾を握りしめ、玉響を消失させる準備を進めるフェレスだったが、しかし数が少なくなるにつれ、レイスの動きが変化した。
「マイ……バニシュ……」
片言で言うレイスの言葉は翻訳できないが、彼・もしくは彼女らは思考する怨霊なのだ。
自滅もいとわないというふうに、亡霊は地下礼拝堂に輝く廃都市に残った未練の総体に突っ込み、王国民の願いをつなぎ止める宝玉に体当たりする。
「まずいッス! あれはだけは――」
『我に任せろ、主よ!』
レイスの暴挙を食い止めるため、蛇の魔獣が亡霊の群れに突っ込む。
大蛇の使い魔はレイスを食らい、その魂を刈り取るが、それでも亡霊の数が多すぎた。
まるで深い執念を見せるように、どうあっても地下礼拝堂の玉響を破壊し、蠢きあう魂の集合体を解放しようとしていた。
玉響に累積するのは、おおよそ700年にわたり累積した死者の妄念だ。
それが解き放たれれば、どんな厄災が降りかかるとも限らない。
古来より人の怨念は多くの災いを残してきた。民謡や伝記、歴史書の中には人の犯した過ちの数々が記される。時としてそれは、神などという偶像のシステムなどより、ずっと罪深く救いようもなければ、そして尊くもあった。
この世界に刻む未練を抱え、それを吸収されながらも、旧名も生前の自分自身すらも忘れ、レイスという蔑称で呼ばれる亡霊は、それでも目に見えない力に衝き動かされるように、最期に残った心を使い切って宝玉を破壊する。
『どけえええええええええ!』
大蛇の遠吠えが響いたと同時に、玉響を維持していた宝玉は砕け散り、解き放たれた魂の奔流は、無数の人の顔を象るように分裂し、地下礼拝堂の外に飛んでいく。
死者の執念が、生者の反抗を上回ったのだ。
解き放たれた魂たちと入れ替わるように、もしくは滅びた国の未練を守る兵となるように、レイスの増援が地下礼拝堂を埋め尽くす。
「フェレスさん、あれを追ってくれるッスか?」
「お前らはどうするつもりだ?」
「レイスの大群を相手にするッスよ。このレイスの群れは、きっと自分の古い知人に従った子らの、魂だと思うッスから」
「――なっ! どういうことだ?」
提案したカトレアが諦めたように笑うと、フェレスは驚いて聞き返す。
彼女によれば、シワテテオスタ王国に執着する魔女団は、もう1つあったという。
それが〝新星の魔女団〟、彼女の友人が組織した魔女団だ。かつて栄えたパリカーの意志を継ぐ魔女団だった。
くしくも、古き亡国で暗躍する魔女団は2つあったのだ。
合点がいった。これでフェレスとカトレアの意見が食い違った理由も判明する。フェレスの見た棺の間の遺体は、ノーヴァ・パリカーの所属者だった。
エルデリカ鍾乳洞にはヘオース・ウィッカの見つけた棺の間と、ノーヴァ・パリカーが儀式を行った棺の間、それが別々に存在したのだ。
「わかった、お前の友人を止めればいいんだな。もしかしたら俺は、そいつを殺すかもしれないぞ?」
「いいッスよ。あの子と仲違いした日に、なんとなく予感はあったんッス。いや、もう占いの結果が出てたんッスかね」
「夜明けが訪れた時、古き亡霊たちが凱旋する、か。その夜明けってのは……」
「そうッスね、ずっと日の出と思っていたんッスけど――それがまさか、自分のことだったなんてね。呆れちゃうッスよね?」
夜明け、それは暁と表現できなくもない。彼女の魔女団が王国に入った時点で、この運命は約束されていた。しかし、予言はあくまで予測であり、打ち砕けないことはない。
「任せて、いいんだな?」
「当然ッスね。この落とし前は、自分が付けることッスから」
「わかった。それなら、俺たちは行くぞ?」
フェレスはアディンとユリア、そしてロークの3人に声を掛け、魔女団の面々が必死にレイスに抵抗する中、地下礼拝堂の外に向かう。
彼らの退却を見送り、カトレアは魔女団のメンバーに号令をかけた。
◇
聖堂を抜け出したフェレスらを待ち受けていたのは、鎧を身にまとった亡霊の軍勢だった。〝在りし日の雑兵達〟、本来ならば死んで間もない者が、復讐や強い怨念により甦った姿がそう呼ばれるが、彼らは違う。
ずっと700年もの間、死んだ直後の魂を保ち続け、亡者の軍勢はここにある。
『アタシの名はミレスエナ。あの日より、この地を守護する者だ』
『そして小生がグラシュティンと申す。我らが安息の眠りを妨げた者達よ――その愚行、この地にて償うは必定である』
レブナントの大群を代表するように、骸の首を掲げた女騎士の屍と、首のない水棲馬が前に出た。700年もの年月、永遠に繰り返すネア・セリニの祝祭とともにあり、女王の夢を守り続けた騎士たちだった。
シワピピルティン12世の友であり、彼女の近衛兵の大半が他国に寝返った後も、不死者として屍の王国に残り続けた騎士だった。
肉のついた体を捨て、魂だけの骸の姿になってもなお、彼女は王国への忠義を貫き通す。それは首なし馬となったグラシュティンもそうだった。
「行ってくれ、フェレス。ここは僕に任せてくれないか?」
「いいのか? 全員で当たったほうが勝率は上がるぞ?」
「構わないさ。それに亡霊となってさえも、国に忠を尽くす兵の心が折れる様を、少し見てみたいと思わないか?」
「お前、ほんとに最低な鬼畜野郎だな。もう悪魔じゃないか」
「何を今更、僕はずっと昔から悪魔だよ。君もそうだろう」
「違いない。他人を守る英雄に、俺は手が届かなかったからな」
フェレスはふざけるように言って、アディンに背を向けて走り出す。
しかし、ユリアとロークに離れる気配はなく、アディンは彼女らに問いかけた。
「ユリアティル、君たちは行かなくていいのかい?」
「さしものSランカーでも多勢に無勢よ。ここは教団の騎士として、貴殿に協力させてもらうわ。こう言った方が、お姉さんっぽいでしょう」
「お、おいらだってやるときはやるぜ? ネエちゃんらに守られるだけじゃねえ」
「そこまで言うなら、協力してもらおうかな? 正直な所、流石の僕でも骨が折れそうだったんだ。君らは後ろの奴らを頼むよ」
骸の首なし族に従う雑兵の処理はユリアとロークに任せ、アディンは女騎士の前に立ちはだかる。
首なしの女騎士は、錆びついた王国の剣を自らの顔の前に掲げ、アディンを敵の将と認定した。
彼女の流儀に習うように、アディンは手元に浮かべた火球を握り潰す。
『どけと言っても、貴様は退かなそうだな』
「勿論、フェレスは追わせないさ。あんな男でも、僕の友人ではあるからね」
『ならば、潔く逝け。小生らが死への案内をつかまつろう』
「そう簡単にいくといいけどね――僕は〝破壊と滅び〟の名を冠する者。君らの抱いた楽園に滅びをもたらそう」
そう宣告したアディンは、激しく燃え盛る黒い炎を自分の背後に作り上げ、黒炎の勢いで吹き荒ぶ風に長い緋色の髪をなびかせ、煉獄を統べる皇帝は不敵な笑みを浮かべつつ、死の預言者たる首なし騎士と相対した。




